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面接
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それから数日たった。あれからコンビニには日を追うごとに居づらくなっている。このままでは解雇も時間の問題だと思って、僕はハローワークを訪ねてみた。すると非常に好条件の求人があった。正社員の求人で職種はシステムエンジニア。僕は前いた会社でプログラマーをやっていたので、適性はバッチリだ。早速連絡して、面接の予約を取り付けた。
面接会場に行ってみると、既に四人の男性が面接の順番を待っていた。僕は一礼して、彼らと同じようにパイプ椅子に腰掛けた。真新しい床のリノリウムの匂いが、否応なく緊張感を高める。周りをみると、誰もが僕よりも若く、しかも仕事が出来そうだった。もし僕が面接官だったらこの中で誰を採用するか……などと考えたら悲観的になってしまう。
(いけない、ネガティブ思考は顔に出るんだ)
僕は必死で他のことを考える。妻のこと、子どもたちのこと……。そうすると、不思議に朗らかな気持ちになれる。やがて、扉の向こうから声がかかる。
「吉永さん、どうぞお入り下さい」
「はい!」
元気よく返事をする。能力に関係なく誰でも出来るアピール。やらなければ損だ。面接官は三人いた。その真ん中にいる太田という人物が質問をしていく。年齢は僕と変わらないくらいだろうか。度の強い眼鏡の奥にある目がギラついていて気色悪い。相手の欠点を見逃すまいと、小さな目を大きく見開いているのだ。
「早速ですが吉永さん、弊社を志望する理由をお聞かせいただけますか」
「はい。以前にA社でプログラマーとして働いていたのですが、会社の都合で退職いたしまして、今回職種がシステムエンジニアということで応募させていただいた次第です」
「会社都合で退職……まあ平たく言うと、解雇されたということですね。もし差し支えなければ、その理由についてお話いただけませんか?」
嫌なことを訊いてくる。でも、想定内の質問だ。
「入社して最初のころはプログラマーとして働いていたのですが、途中で営業職に異動となりまして、本当は一定期間の後に元の職に戻れるという話だったのですが、その頃会社では、銀行から融資を受けるために大規模なリストラを断固することになり、私も対象となったのです」
「なるほど、つまりあれですか。プログラマーとしてはそこその仕事が出来たのに、営業はまったくダメだったと。それで理不尽な解雇をされたと、そうおっしゃりたいわけですね」
「あ、いえ、その……」
太田の挑発的な言葉に、僕は動揺を抑えられない。何とか取り繕いたかったが、太田はさらに畳み掛けた。
「システムエンジニアという仕事はですね、単に机に座ってキーボードを叩いていればいいというわけじゃないんですよ。クライアントやプロジェクトメンバーとも円滑に意思の疎通をはかり、場合によっては交渉や調整も必要ですから、コミュニケーション能力が絶対不可欠なんですよ。技術畑にいたけど営業をやってみたらダメだった、なんて言う人にはちょっとキツイんじゃないかな……」
それは暗に、不採用を宣告されているようなものだった。僕は膝の上で拳を握りしめながら、その屈辱に耐えた。
面接からの帰り道、最寄りの駅に着くと、妻が子どもたちを連れて待っていた。僕が呆然としていると、
「帰りましょう」
と妻が微笑んだ。子どもたちも、母親を真似て「帰りましょう」と言った。実際には子どもたちの要望で真っ直ぐ家には帰らず、団地の近くの大きな公園で彼らを遊ばせることになった。そこにはとてつもなく大きな滑り台があり、大人の僕が滑っても、案外スリルがあって楽しい。
「こんなに早く、どうしたの?」
僕が訊くと妻は子どもたちから目を離さずに答えた。
「保育園から連絡があったの。輝がお友達と喧嘩して帰りたいって愚図りだしたんですって。それで仕事を切り上げて、子どもたちを引き取ってきたの」
僕は申し訳ない気持ちになった。
「いつも任せっきりですまないね。本当は僕ももっと子どもたちの世話が出来たらいいんだけど……」
妻は軽くかぶりを振る。
「いいのよ、無理なさらないで……私は大丈夫だから。あなたと出会えて、私はとても助けられているのよ」
それは僕のいうべき言葉だった。この、絵に描いたような良妻賢母のおかげで、不甲斐ない僕でも人並みに生きていられるのだ。僕は妻の美しい横顔を見ながら、出会った時のことを思い出していた。
面接会場に行ってみると、既に四人の男性が面接の順番を待っていた。僕は一礼して、彼らと同じようにパイプ椅子に腰掛けた。真新しい床のリノリウムの匂いが、否応なく緊張感を高める。周りをみると、誰もが僕よりも若く、しかも仕事が出来そうだった。もし僕が面接官だったらこの中で誰を採用するか……などと考えたら悲観的になってしまう。
(いけない、ネガティブ思考は顔に出るんだ)
僕は必死で他のことを考える。妻のこと、子どもたちのこと……。そうすると、不思議に朗らかな気持ちになれる。やがて、扉の向こうから声がかかる。
「吉永さん、どうぞお入り下さい」
「はい!」
元気よく返事をする。能力に関係なく誰でも出来るアピール。やらなければ損だ。面接官は三人いた。その真ん中にいる太田という人物が質問をしていく。年齢は僕と変わらないくらいだろうか。度の強い眼鏡の奥にある目がギラついていて気色悪い。相手の欠点を見逃すまいと、小さな目を大きく見開いているのだ。
「早速ですが吉永さん、弊社を志望する理由をお聞かせいただけますか」
「はい。以前にA社でプログラマーとして働いていたのですが、会社の都合で退職いたしまして、今回職種がシステムエンジニアということで応募させていただいた次第です」
「会社都合で退職……まあ平たく言うと、解雇されたということですね。もし差し支えなければ、その理由についてお話いただけませんか?」
嫌なことを訊いてくる。でも、想定内の質問だ。
「入社して最初のころはプログラマーとして働いていたのですが、途中で営業職に異動となりまして、本当は一定期間の後に元の職に戻れるという話だったのですが、その頃会社では、銀行から融資を受けるために大規模なリストラを断固することになり、私も対象となったのです」
「なるほど、つまりあれですか。プログラマーとしてはそこその仕事が出来たのに、営業はまったくダメだったと。それで理不尽な解雇をされたと、そうおっしゃりたいわけですね」
「あ、いえ、その……」
太田の挑発的な言葉に、僕は動揺を抑えられない。何とか取り繕いたかったが、太田はさらに畳み掛けた。
「システムエンジニアという仕事はですね、単に机に座ってキーボードを叩いていればいいというわけじゃないんですよ。クライアントやプロジェクトメンバーとも円滑に意思の疎通をはかり、場合によっては交渉や調整も必要ですから、コミュニケーション能力が絶対不可欠なんですよ。技術畑にいたけど営業をやってみたらダメだった、なんて言う人にはちょっとキツイんじゃないかな……」
それは暗に、不採用を宣告されているようなものだった。僕は膝の上で拳を握りしめながら、その屈辱に耐えた。
面接からの帰り道、最寄りの駅に着くと、妻が子どもたちを連れて待っていた。僕が呆然としていると、
「帰りましょう」
と妻が微笑んだ。子どもたちも、母親を真似て「帰りましょう」と言った。実際には子どもたちの要望で真っ直ぐ家には帰らず、団地の近くの大きな公園で彼らを遊ばせることになった。そこにはとてつもなく大きな滑り台があり、大人の僕が滑っても、案外スリルがあって楽しい。
「こんなに早く、どうしたの?」
僕が訊くと妻は子どもたちから目を離さずに答えた。
「保育園から連絡があったの。輝がお友達と喧嘩して帰りたいって愚図りだしたんですって。それで仕事を切り上げて、子どもたちを引き取ってきたの」
僕は申し訳ない気持ちになった。
「いつも任せっきりですまないね。本当は僕ももっと子どもたちの世話が出来たらいいんだけど……」
妻は軽くかぶりを振る。
「いいのよ、無理なさらないで……私は大丈夫だから。あなたと出会えて、私はとても助けられているのよ」
それは僕のいうべき言葉だった。この、絵に描いたような良妻賢母のおかげで、不甲斐ない僕でも人並みに生きていられるのだ。僕は妻の美しい横顔を見ながら、出会った時のことを思い出していた。
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