記憶喪失の令嬢は皇太子に激執着される

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皇女とマルセル

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「あら。こんな所で何をされているのですか?」
 女性の声がし、2人で声のした方に向く。

 ウェーブのかかった赤毛を靡かせながらコチラに歩いてきたのは皇女だった。
 ドレスを持ち上げ軽く頭を下げる。
 その後ろの4人の侍女らも合わせて深々とお辞儀をする。

「これは、コシャール皇女殿下。
 何って、見て分かりませんか?デート中だったのですが?」

 マルセルが答える後ろで、軽くドレスの裾を持ち上げ会釈程度のお辞儀をする。
 チラッと私を見てすぐにマルセルに視線を戻すのが分かる。

「もぉ。名でお呼びくださいと、数日前にお話ししたではありませんか。マルセル様。」

 コツコツとヒールを鳴らし、笑顔で私達に近づきながら言う。

 “私は眼中にないって感じね。”

 そう思っていると、急に肩を抱かれマルセルとビクッと反応した身体が密着する。
「ちょっ!?」

「お断りしたはずですよ?
 俺はアルヤ以外の女性を名で呼ぶ事はないと。」

 冷たい声とトーン。
 マルセルの顔はいつもの笑顔だが目は明らかに笑っていなかった。

「まぁ。そう仰らずに。ただの名ですよ?
 ねぇ?アルヤ様?」

 コチラも笑顔だが、鋭い目は私を睨む様に見えた。

「私に言われても困りますが…
 断られたのであれば、無理に呼ばせるのも違うと思いますよ。」

 そう言うとすかさずマルセルが言う。
「俺たち見ての通りデート中なんですよ。
 付け入る隙はありませんから。
 俺じゃなくてカレルドの方行ってもらえません?」

 “あ…押し付けてる…。と、言うか皇宮に居ないの知ってるくせに。”

「もちろん、先程楽しくお話しさせて頂きましたわ。」
 笑顔を崩さない皇女。

「はは。それは良かった。アイツと楽しく話せる人は少ない。相性が良いのでは?」

「ありがとうございます。ですが、私的にはマルセル様の方がしっくりきているのですが。」

 腕を後ろに回し、少し腰を屈めマルセルを見上げつつ首を傾げ満面の笑みを見せる皇女。

 “私の前でよくそんな事言えるわね…”

 私の肩に置かれたマルセルの手が少し反応した。

「…よく今の俺達を見て言えますね。
 まぁ。いいですよ。
 俺はついさっきこの国の皇帝になると公言してきました。
 貴女の国に行く気はないので。」

 “そ。そんな事言っていいの?!”
 思わずマルセルの顔を見上げる。

 ギロっとした赤い瞳が皇女を見下ろしていた。
 だが、皇女は動じる事はない。

「お選びになるのはアルヤ様なのでしょ?
 いくら公言されても、選ばれなければ意味ないのでは?」

「俺が選ばれないと言いたいのですか?」
 重々しい雰囲気が一気に広がる。

「いいえ?ですが、可能性はあるでしょ?
 アルヤ様は1週間カレルド様とお出かけなさった仲なのですから」

 マルセルから目線を離さない皇女。
 私の肩に置かれる手に段々と力が入ってくる。

 “この人…何がしたいの?発言の意図が全く読めない…。”

「今、俺の横にいるアルヤが見えないのか?」

「あら。気分を害されました?」
 クスッと皇女は私を見て笑う。

 ピリつく空気。
 ふぅーっと息を吐き、肩に置かれるマルセルの手にソッと手を重ねる。

 ハッとしたマルセルは手を肩から離す。
「ごめん!痛かった!?」

「ふふ。いいえ。ですが大分力が入ってらしたので。」
 ニコリと見上げて言い、皇女に言う。

「何をどう捉えられるのは自由ですが。
 あまり引っ掻き回すのはやめて頂けますか?
 お伝えしたはずですよ?
 凶暴で暴れられると手がつけられない。と。」

「まぁ、そんなつもりではなかったのですけど。
 申し訳ございません。」

 チラッと私の目を見て丁寧にお辞儀をする皇女。

 それを見てマルセルは私の手を掴み、皇女の横通り過ぎる。
 皇女の侍女らもお辞儀をしている。

 “今日は侍女らは静かだったわね。”
 引っ張られ歩きながら後ろを振り向き思う。

 どんどん庭園の奥へと進み、皇女らの姿が完全に見えなくなった頃、マルセルは歩を止め私と向き合う。

「本当にごめん。本当に痛くなかった?」
 少し焦り不安そうな顔をするマルセル。

「え…えぇ。
 大丈夫です。痛くありませんでしたから。」

 そう答えると、大きなため息をつきながらギュッと抱きしめられる。

「わっ!」
 思わず声が出てでる。

「はぁ…本当にごめんね…。」

 顔は見えないが、今見た不安そうな顔をしているのだろうと思う。

「…ふふ。本当に大丈夫ですから。そんな顔しないで下さい。」
 手を伸ばし、マルセルの筋肉質の背中をポンポンと叩く。

 スッと顔を上げるがまだ不安気な顔だった。

「そんなお顔もされるのですね。
 いつもニコやかな表情を作っているのに。
 我慢できなかった分は手に力が入るのですか?」

「なっ!!」
 ビクッとし目を丸くし、マルセルはその場でしゃがみ込み片手で顔を覆う。

「あら、大丈夫ですか?」
 私もしゃがむ。

「はぁ…気づかれたくなかったなぁ。」
 そんなマルセルを見て笑っているとマルセルの後ろの方から声がした。

「おや?」
「あら!まあまぁ!」
 男女1人づつの声。



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