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4章 茜さす樹、影巣食う街

番外編 ホワイトデー 後

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本日二度目の更新です。

 * * *

「ふわ~幸せです~」

 大きな白い毛皮の兎、ウサギの弟はチョコンと跳ねてから椅子に座りのほほんと店員から水とお手拭きを貰っている。
 どうやら良く来るらしい。
 店員が渡したメニューを即座に指さし、

「この美味しい何時もの水とお野菜の詰め合わせを下さい。あとお土産に何時ものお水と紅茶も。紅茶はプレゼントなので可愛くラッピングお願いします」

 プラプラと白い尻尾と椅子に腰かけて落ち着かないのか無意識に動く兎足に店員の視線が熱い眼差しで注がれていたが、注文を受けると即座に姿勢を正して返事をし、笑みを浮かべて去っていく。

 おっと、店内の視線がウサギの弟に注がれているな。
 夢中になってウサギの弟の仕草を見ている者も居れば少しばかり戸惑うもの、それと良く思って居ないのか訝しんで居る者も居るが誰も咎めない。
 それはそうか、店の入り口に堂々と『この店はウサギ様の御用達。文句ある方は直ちに出入り禁止及び警備員に突き出します(ボコってから)』と不穏な文字部分が小文字で書かれているが、看板の横に目立つ様に掛かっていた。何だかここの店員の意気込みが凄いな。モフモフ好きなのだろうか?カウンターの向こうからも数名の熱視線がウサギの弟に注がれている。

「お土産の方はお帰りの際にレジにてお渡しいたしますので、もし店員が忘れていたらお言いつけ下さい」

「はい、わかりました」

 何だかコッソリ「あの不躾なのは後程躾致しますので」等と聞こえた気がする。

 …何か怖いぞその台詞。

 不躾というのは表にある看板をみても無視して良く思って居ないらしく訝しんでいる者達か、それともカウンターの向こうから熱視線を注いでいる店員たちだろうか。
 案外両方だったりしてな。

「所でレノさん、何で僕の後ろの座席に隠れているんです?」

 どうやらバレバレだったらしい。
 ま、隠れる気もあまりなかったのだけど。
 多少の隠蔽魔法程度で私の存在を認識しない程度にしていたのだがな。

「ばれたか」

「はい、御主人が先程から教えてくれてましたし」

「む?ハク(弟の主人の名前)がか?」

「外見て下さい」

 白いウサギが座っているオープンカフェのテーブルの向こう。ウサギの前足(手?)が指す方向を見ると、店の前で幾つか並んでいる露店で購入したモノを頬張りながらハクが此方に手を振って来る。

「成程な」

「僕ご主人と同じ物食べられないんでこっちにお昼を食べに来たんです」

 ご主人はあの店のご飯好きですから~と、呟いた後に「懐かしい故郷の味に似てるらしいですよ」とコッソリ教えてくれた。

「ほう、故郷の」

「う~ん何でもコナモノ?とか言ってました」

 ふむ、コナモノ。
 何処かで聞いたような気がするが思い出せん。

「ミトラさんも好きらしいので後で買っていきます~」

 僕はころっけと言うのは食べられるのでご主人にお願いしておきました!と、何処か誇らしげに言うその姿にほっこりする。
 ――ウサギが兎の姿のままならこう言った感じだろうか?
 大きさは違うだろうなと思いつつ、許可を得てから弟の向かい側の席に移動する。

「頼んでたの来ました~ここのお野菜ほんとーに美味しいんですよ」

「ほう」

 確かに新鮮な野菜達が綺麗に洗われて食べやすい様にカットされている。
 スティック状の人参等オレンジ色や黄色に黒っぽいモノ、それに白っぽいモノまである。

「人参大好物なので色んな種類が食べられて嬉しいです」

 店員にお礼を言って手を振るウサギの弟のモチはカウンターから此方を見ている店員達にも手を振り、振り返して貰っている。
 うん?何故だろう。先程まで渋い顔をして此方を如何って居た客まで何故かのほほんと嬉しそうにしているのだが、速やかに『教育』でも促されたのか?それとも場の雰囲気に飲まれたのだろうか。

『ぐおおおぉっ!何てことじゃぁ愚弟が!モチとデートしておるっ』

「「ぶふっ」」

 モチと私が飲んでいた水を吹き出しそうになってしまった。
 と言うかミトラ姉上、何を考えているんですかっ

「姉上はアホですか」

 モチが「誰が見てもデートではないです」と文句を言う横で私もミトラ姉上に文句を言うと、

『だってだってだって!妾とてまだモチと食事デートした事ないのにっ羨ましいのじゃ~~っ』

 いやそんな涙目で言われてもだな。
 思わずモチを見ると苦笑しているのか、兎の琥珀色の瞳を細めている。

「ミトラさん、僕がイイコイイコしてあげますから機嫌直してください」

 ついでに「あーんです」と、問答無用でミトラ姉上の口にミニトマト(カット済み)をぽんっと一つほおってしまう。

『………っ!』

 途端に姉上の顔は爆発しそうな程に真っ赤に染まり、『は、はぅ、はぅぅ、し、幸せなのじゃ』『あーんされたのじゃ…』と、しどろもどろになると飛んでいた空中からテーブルの上に墜落し、手足をジタバタとし始める。

 何だかこの姉上の姿、蝉が道路に落ちて……うん、止めよう。
 想像したら無性に切なくなった。

「ミトラさんこのミニトマト美味しいでしょ?もっといりますか?」

 はいどーぞと今度はミトラ姉上の口元までカットされたミニトマトを運び、兎の白い髭を(兎なので顔の表情は少し分かりにくい)ピコピコと動かし始める。

 お腹が一杯になった気がする。
 胸もいっぱいで胸やけ気味だ。

 一頻り人外と言うかモフモフと精霊の食事風景を見終わり、やっと静かになった姉上の頭をナデナデしているモチを見て居たらウサギに遭いたくなってどうしようも無くなっていると、

「そう言えばレノさん、僕に何か用事があったのではないですか?」

「用事と言うか何と言うか、モチはホワイトデーのお返しをどうするかと聞こうと思ってな」

 頼んでいた珈琲を一口飲みながら話すと成程とモチは頷き、その様子を姉上は黙って見詰めている。
 ちなみに姉上は椅子の上に座ると全く姿が見えなくなる為、テーブルの上に自分で敷物を出して大人しく正座をして居ずまいを正している。その姿を見た店員が小さなクッションを運んで来て勧めており、敷物の上にクッションを置いてその上に座った。

 …見ている気分は人形鑑賞である。勿論口さえ開かなければだが。

「ん~僕はお姉ちゃんのお返しにここのお店の紅茶にしました。結構美味しいんですよ。僕でも飲める優しい味わいの美味しいお茶です」

 成程お茶か。
 そう言えば先程蜂蜜紅茶を購入したな。
 ちなみにミトラ姉上の分は秘密だそうだ。
 当人がここに居るからだな。

「レノさんは何を選んだんですか?」

「そうだな…」

 選んだ品をテーブルの上に全て出すと、モチと姉上がポカーンと口を開けている。

 花束
 蜂蜜入りクッキー
 蓮華蜜入りキャンディー
 蜂蜜入りパウンドケーキ
 蜂蜜紅茶
 リンゴ飴

 花束だけでも意外と場所を取るのか、テーブルの上が山盛りになった気がする。
 ちなみにパウンドケーキは箱入りで、キャンディーは瓶に入って居る。

『お主あほか』

 とは姉上の談だ。
『愛が重いわっ』とも言われた。

「数多くないですか?花束だけでも充分だと思いますよ」

 モチが繁々とテーブルに乗ったお菓子等を眺め、蜂蜜入りなのは流石ですねと話している。
 ウサギは小さな子兎の時から蜜に目が無かったらしいな。偶に蜜蟻を見つけると真っ先に弟に教えて二匹で分け合って食べていたらしい。
 しかし蜜蟻か。ファンダムの門周辺や草原に稀に出現する蟻で、花等の蜜を溜め込むと体の半分、下半身が蜜でパンパンに膨れて巣まで持ち帰る蟻だ。
 少しだけ過去のウサギの昔話を教えて貰い嬉しくなる。

「ピンと来ないんだ」

 あれこれ選んでみたがどれも物足りない気がすると伝えると、

「コレと思ったものは無いのですか?」

「一応あったのだが、店頭前にあったモノでな」

 あの赤い蓮華草の話をすると――





「あの赤い花は造花ですよ」

 まさか造花だとは思わなかった。
 見事な細工でとても美しく、葉など青々としていて生花だと思い込んでしまった。
 聞いて良かったなと思いつつ、見事な造花を制作してくれる相手の店に案内して貰い、店先にあった造花で見事な花束を作って貰ってリボンを巻いて貰い受け取る。
 美しい作品だと思う。

「造花には見えん。見事なものだ」

 と零すと店主がとても嬉しそうに微笑んでいた。



 今回の帰還は先駆けて知らせていたので背の竜の翼を駆使して居城へ戻ると玄関でウサギが待ち構えており、嬉しそうに私に抱き着いて来た。

「お帰りなさいレノ!」

「ただいまウサギ」

 暫く離れて居た事もあり、マジマジとウサギを見ると満面の笑みで微笑む。
 が、その背後…

「ただいまマルティン」

「お帰りなさいませ御主人様」

「主人が帰宅したと言うのにお前、冷たいぞ」

「気のせいでしょう」

 しれっと言うその言葉にジト目で見詰めてしまうと、

「もうレノってば」

 と、ウサギに拗ねられてしまう。
 可愛い。だが「娘が取られた」とか悲しい顔をして言ってる義理父を背後に「構って」と抱き着いて来るウサギ。結構強かに育ってる様な気がするのだが、私の気のせいだろうか…



「ゼロ君に聞いてたけど、レノってばお返しが倍返し過ぎです」

 あの後フローも少し遅れてから到着し、アニタと二人でホワイトデーをすると息巻いて行った弟達は別室へと向かい、私とウサギは四階の私室である私の部屋へと向かった。
 途中ウサギはミトラ姉上の高位精霊達からお返しのキャンディーや甘い果物が入った袋を貰い、「葡萄がはいってる~」と喜んでいた。
 何でも最近の城下町ではホワイトデーのお返しに葡萄(飴やゼリーに果物等)を送るのが子供達の流行りらしい。
 色々あるのだなと思ってから部屋に入ってエイミーがお茶を出してくれた辺りでお返しを机の上に広げると、上記の様に言われてしまった。
 ちなみにゼロは私が連絡を頼んでいた風の高位精霊の一人だ。

「私も多すぎるとは思ったが、君の事を思うとついな」

 幾つかのお菓子は配ったのだが、それでも量が…。
 反省はするが後悔はしないぞ。
 …来年は数を減らそう。

「お菓子は全部は消費できませんし、皆に幾つか渡してもいい?」

「構わん」

「えーとエイミーさん、お願いが」


 急に部屋の隅に控えているエイミーにウサギが口を開く。

「ドアの前で聞き耳を立てているお父さんを引き連れてちょっと部屋から離れて貰ってもいい?レノに甘えたいの」

 …マルティンお前。

 ドアの方に聞き耳を立てると慌てた様に移動した気配がする。
 そう言えば先程からウサギの足元に居たカー君がやたらとドア付近を気にして居たな。成程それで分かっていたのか。
 流石召喚獣侮りがたし。

「わかりましたお嬢様。では御主人様にお嬢様、どうぞごゆっくり」

 ササッと素早くエイミーはお茶の御代わりの支度のみして退出し、ドア前で一頻り何かの物音がしたと思った瞬間、何かを引きずって行く物音がした。

「…後でお父さん慰めないといじけそう」

 ウサギ、私が居ない間にマルティンと何があった。
 と言うか変わり過ぎだろアイツ…

「マルティンお父さん、過保護過ぎてて今ちょっと大変なのよね」

 成程納得した。

「所でレノ」

「どうした?」

「…お帰りなさいのキスしていい?」

 ガタンッとつい席を立ってしまった。
 動揺しすぎだろう、落ち着け私。

 ひっひ、ふー、ひっひ、ふー。

 いやこれは出産の時の…何でもない。
 そう不審な目で見るなウサギ。頼むから。

「ん~駄目?」

「いや」

 むしろしたい、出来れば今すぐに。

「ドアにもう直ぐ復活してお父さん戻って来ると思うから、軽くね」

 そう言って触れるだけの優しく可愛らしいキスをちょこんとされ――…

「お帰りなさいレノ、大好き」

 淡く桃色に頬を染め、告白された台詞に私も返す。

「ただいまウサギ。私も好きだ、愛してる」

 もう一度触れるキスを私から一つ。


 ドアの向こうからわざとらしい咳払いが一つ聞こえて来たが、抱き締めるくらいは許可してくれても良いだろう?
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