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4章 茜さす樹、影巣食う街

会いたい。

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 side.ウサギ

 もぅ…
 変な男の人ばっかり。

 時折来る女性も何故か自身の息子を引き連れて来る。
 ぷくっと拗ねた顔をして頬を膨らましたい心境を隠し、ウサギは義理の父親であるマルティンと共に寄って来る大人達やその子供、大抵はその息子や稀に独身者に『にこやかに』挨拶をする。
 大抵はレノから貰った指輪に気が付くと然程長話はして来ないが、時には"そんなのは関係無い"と思って居るのかしつこくウサギに話し掛けて来る者も居る。
 まだ小さな子供なのにね、変なの。と思いながらも平常心を装いマルティンの横でニコニコと愛想を良くする。

 我慢がまん。

 何人かはマルティンのお眼鏡に掛からないのか、それとも魔王のアドニスの睨みに尻込みしたのか。
 ウサギの元に明らかに下心丸出しの者やロリコンの様な者達は即座に撤退か、もしくは接近させて貰えずに挨拶は無しになっては居るが、慣れていない靴のせいもあるのだろうが流石に疲れて来た。

 それでも一番疲れてしまう原因は、遠巻きから不躾な視線を幾つか受けていまう事だろう。
 気負ってこの場に居るから尚更精神的にグッタリしてしまう。

「御嬢様大丈夫ですか?」

 ヒネモスが何処からか飲物を貰って来くれたのでそのジュースを一口飲む。

 林檎ジュース美味しい。

 ヒネモスに御礼を言うと、疲れた顔をするウサギに気が付いたマルティンが早々に挨拶を打ち切り、ウサギを伴って会場の壁側にある椅子に迄連れて行く。

「すいませんウサギ、私はまだ挨拶がありますので。後程ミウを此方に寄越しますのでそれまで休憩していて下さい。ヒネモス、後は任せました」

「お任せを」

 キッチリと礼を取り、側に使える執事…そう言えばそうだった。等と思い、ウサギはヒネモスを見る。
 執事ってより警護のように見えるなぁと呑気に思いながら(実質そう)、ふと何処からか声が聞こえた気がした。

「あれ?」

 居る筈の無い声。
 キョロキョロと見渡すが声の主である者の姿は会場内では見当たらない。

「どうしました御嬢様?」

 あまりにもキョロキョロしていたのか、ヒネモスが伺って来る。

「知り合いの声がした気がして」

「おや、何方かお知り合いが?」

「ううん、気のせいだったみたい」

 フルフルと首をふってみるとヒネモスは納得したのか、ウサギから少し離れて警護の体制になる。

 疲れてるからかなぁ。

 手に持っているグラスに入っている林檎ジュースを眺めつつ、先程の声がした様な気がする相手である者の事を思う。

 会いたいな…

 グリンウッドで命の危機にあった際竜形態の竜王に救われ、此方の国に連れ去られてからこっち、こんなに長く離れた事は無かった。時折仕事として会えない時はあったが大抵翌日には少しだけでも時間を取ってくれたので会えたし、レノも極力ウサギの側に居たがり何とか時間を合わせて会いに来ていた。

 レノに会いたい。

 人知れずハフッと吐息を吐き、グラスのジュースを一口飲む。

 "私も会いたい。"

「!?」

 突如聞こえて来たここに居ない人物の声にビクリと震え、周囲を見渡すが先程同様に声の主は居ない。

「(レノ居るの?)」

 その場で小声で言うが誰も振り返らない。

 空耳かなぁ。

 かなり疲れて居るのだろうと、帰ったらユックリ湯船に入りたいな。出来たら先日貰った可愛らしいお花の形の石鹸を使いたいな。
 いい匂いなんだよね。甘い花の香りなんだけど何処かサッパリするような、それでいて甘酸っぱい様なそんな複雑な匂い。
 私は気に入ったのだけど、レノはこの匂い好きかなぁ…とぼんやり思い浮かべる。

 "…。"

 無言なのだけど、何だか声が帰って来た気がして戸惑う。

 居るの?それとも私の幻聴?

 もしかしてと思い心の中で思うと、

 "幻聴では無いのだが、その、な…"

 ウサギの匂いならなんでも…と小声で聞こえた様な気がして、ええ?と思っていると、ゲホンゲホンと何処と無く噎せる様な声が聞こえた気がする。
 それに何だか照れてる様な声がするのだけど…

 レノ?私の思ってる事伝わってるの?

 "伝わっている"

 え、なんで?と思うと、

 "指輪だ。君に渡した指輪から君の想いが伝わって来ている"

 もしかして指輪を付けてから思ってたこと全部っ?

 "会いたいからだな"

 ひゃぁああっ
 恥ずかしいっ
 羞恥でばふんっ!と言う音がするのでは無いかと自覚する位瞬時に顔が熱くなり、赤面しているのが自分でもわかる。

「御嬢様?」

 どうしました?と側で控えていたヒネモスが首を傾げながら覗いて来たので内心かなり慌てながら、

「何でも無いですっ」

 と首をぶんぶんと勢い良く振る。
 だが強く振りすぎてしまったのか、クラリと目眩を起こしてふらつくと、ヒネモスが慌てて上体を抱き起こしてくれた。

「あ、有り難う」

 "む…ヒネモスの奴…"

 何だかブツブツとレノが文句を言い初めてるけど、助け起こして貰ったんだからね。と心の中で言うとレノからの文句は聞こえなくなった。…もしかして此方の心の声が筒抜けなのと同じ様に、レノも同じなのかな?

 "ウサギ、その指輪は持ち主の魔力を吸収すると対になっている相手に思いを伝える事が出来る。…こんなに詳細に出来るようになるとは思って無かったがな"

 つまり想定外って事なのかな。
 全部筒抜けになっちゃったし。
 対って事はレノもこの指輪してるのかな。
 "改良しすぎたか?"とか、"姉上にどつかれて死ぬ"とか。
 ミトラさん居るの?良いなぁって伝えたら、"首閉められてるだけ"ってレノとミトラさ…御姉ちゃんだっけ、何してるの???
 もう…

 ばか、余計会いたくなっちゃったよ。

 "すまない。コレを片付けないと流石に戻れないな"

 会いたい、会いたいよレノ…

 "私も会いたい。好きだウサギ"

 うん。私も、レノ好き。愛してる…

 "あ、愛してるっ!!"

 うん、あれ。
 何だか物凄く喜ばれてるけど?

 "姉上!聞いてくれ!!ウサギが愛してると伝えて来た!"

 "愚弟!喜んでばかり居らんで早う倒さんかーっ!"

 "む?あ"

 "あ、では無いのじゃー!このバカ竜っ竜巻に巻き込んでやるのじゃ~!"

 "姉上!やめっ"

 "無理じゃっ竜っ!妾にのろけた罰じゃっ!思う存分堪能せいっ"

 "ぐあっ、ちょっ!"

 ……えっと。
 向こうでは何が起こってるのかな…。

 "すまんウサギっ!また後でっ"

 切れちゃった。
 心の中で呼んでももう答えてくれない。

 忙しいんだろうな。

 所で何故ミトラ御姉ちゃんの声が聞こえたのかな?指輪に触れたのかな?もしかして乱闘でもしてるのかも。
 大丈夫かなぁ。
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