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1章 兎波を走る

執事マルティン・ティリッヒ視点

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 廊下の隅に蹲った主を引き摺り、数年ぶりに会ったショボくれたままの主を自室にある椅子に座らせる。
 そう言えばと、魔王アドニスは昔、主の事を朴念仁と言って居た事を思い出す。
 確かに我が主は寡黙で言葉が少なく、愛想がない。
 ふとすれば誤解を招きやすい。
 それは主に長い時を独りでグリンウッドの守護をしていたせいでもあるのだがーー…

 項垂れる主の為に珈琲を入れつつ、執事マルティンは思う。
 この調子だと番(つがい)の御嬢様とは録に言葉を交わして居ない様ですね。
 恐らく何も話さずに連れて帰って来たのだろうと思案する。

 ふむ。
 これは一肌どころか裏方として、主のサポートとしてかなり動かないとなりませんね。
 おまけに、番の御嬢様は無垢な状態の様でした。
 恐らく何も、自分が番であることを知らないのでしょう。

 主の前に珈琲を出すと、すっ…と細まる眼差し。
 エルフの様な耳に整った容姿は、エルフの者達からはハイエルフと勘違いされる程に眉目秀麗、だが長い年月を竜王として形態を人形(ヒトガタ)より竜で居たため、犬歯が際立つようになってしまった。
 少々勿体無いとマルティンは思う。


「マルティン」

「何でしょう」

「私は…………」

「かなりなミスを致しましたね」


 ガクッと肩を落とした主に、励ます様に言葉をかける。


「少し時間は掛かるでしょうが、今回の事はきちんと言葉にして御嬢様に謝って下さい。あの調子だと御嬢様は番だと言うことを知らないのでしょう?」


 そこで「あ」と言う声。
 やはり予測通りでしたか。


「謝って、ちゃんとご自身の口から説明をするのですよ?」

「わかった」


 こくこくと真剣な顔付きで頷く姿はーー…
 うーん…

 裏方頑張らせて頂きます。


「それはそうと御主人様、御嬢様の御名前は何と申されるのでしょうか?」

「ん?」


 いや、ん?ではなくて…


「御嬢様の御名前です。まさか聞いてらっしゃらないと?」


 我が主ならあり得る…


「いや、彼女には名前は無いぞ?」

「は?」

「いや、は?ではなくな」

「主様と同じく精霊の様な者であるからですか?」


 それならもっと早く、生まれた時にわかった筈では?


「いや、私達の様な者ならば何千年もの月日を掛けて探さなくてはならない訳ではない」

「では?」

「彼女はウサギだ」

「…は?」

「…ノーブルラビットだ」


 そんな睨まなくても、きちんと言わないとわかりませんよ普通。


「何故人間の姿に?」

「わからない。彼女の叫び声が聞こえて、驚いてドアを開けたら…何も纏って居ない彼女が居た。…其処からメイドに殴られるまで記憶が飛んでる」


 思い出したのか、目の前の主が急に首やら耳やら真っ赤に染まる。
 …だから理性がぶっ飛んだのですね、困った主です。
 主を殴った御嬢様の専属メイドにも困ったモノなのだが。まぁ、普通なら厳罰やら懲罰やらあるのでしょうが、ここは獣人の国であり人の国ではないからその辺の刑罰は軽いし、この場合は主のが問題ですからね、注意だけは確りいたしましょう。
 …三時間程掛けて。


「この様なことをやらかすのは恐らくザアファラーンだと思う。来たときにしていなかったブレスレットを付けていた」

「あの方ですか、だとしたら私の部屋に何かしらアドニス様からお手紙があるかも知れませんね。後程確認をいたしましょう」

「頼む」

「では、御嬢様の様子を聞いて来ます」

「ああ」


 主の部屋から退出し、少し離れた場所で額を人差し指で軽く押さえる。


「御嬢様がウサギですか、邪神め、何処まで主をいたぶる気なのですか…」


 廊下にある窓から空を見上げる。
 過去何度もあった主の番の喪失に、『初めて』間に合った主の番に、願わずにはならない。


「お願いです、主を、独りにさせないで下さい…」


 あんな主ですが、ね…
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