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5章 海と水の向こう

エトナ神聖国

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 side.レノ

「可愛いわねぇ~小さな恋の物語♪」

 先程のミウ達の事をチャッカリと覗き見していた女、クレメンタインはニヤニヤしながらどう見ても王族のハイエルフ等とは似つかわしくない下衆な顔を浮かべて居る。
 どうやらこう言った事柄が好きな様だ。

 美麗なのに下衆とは如何に?
 等ミウなら好む言い回しを思い描きながら、レノは一応釘を刺す。

「言っとくが邪魔するなよ。片方は私の番のウサギの親友で、もう片方はウサギの護衛だからな。もし彼女らを泣かしてウサギを悲しませたら…」

「分かってるわよ、しないってそんな可愛そうな事。見てるだけのが楽しいんだもの」

 本当か?と突っ込みを入れたくなったが即顔を澄まして見せた辺り、どうにもこの王族の女は一癖ありそうで癇に障る。
 …気がする。
 まぁ初っ端からウサギに対して良く分からない事を言っていたからかも知れないが。

「あの若い二人は番だからな、どんなに手を出そうとしても無駄だぞ」

 最も番という事を知ったのは今日なのだが。
 今朝からリアムが妙に張り切って居て、途中ウサギに花を摘んでいいかと聞いていたから変だと思って居たら、コッソリとウサギが耳打ちをして嬉しそうに教えてくれた。

 リアムとミウは番だと。
 更に今朝ミウとの話も済まし、ミウの両親に許可を得てから正式に付き合って行く様だとも。

 あんなに嬉しそうに話していたウサギの親友にチョッカイを出したらウサギが悲しむだろうし、何よりミウの両親の事もある。等と思っていると、クレメンタインの目が細まり一気に緩んだ表情から冷徹な表情へと変化した。

 恐らくこの表情が『王』の時の顔なのだろう。

「一応世間様には公表されて居ないかも知れないけど、私は夫が居ますからね?まぁウチの国は国交が途絶えて数百年経過しているから仕方が無いのだけど」

 そうして語るクレメンタインの国、エトナ神聖国。
 何とこの国は数百年前から国に結界を何十にも敷き詰め、国のエルフ達やハイエルフ達を狙って来る邪神の手下共の侵攻から防いでいたのだと言う。

「それも困った事にね、大体だけど三百年前かしら?その辺りから変な脳と言うか精神に異常をきたす奇病が国中に流行る様になってしまって、国に居た大体のエルフがほぼ姿を消してしまったわ。特に純血種のエルフが奇病に侵されやすいみたいで、今はほぼ中央の更に結界を施している最奥に少数しか居ないわね」

 ハーフやハイエルフに獣人、ドワーフ等と言った"人族至上主義"と言った人間達が"亜人"と言って蔑む種族ならばほぼ聞かないか影響が無い。だがエルフのみは違う。ある日行き成り狂った様に他者を殴ったり叱り付けたり、突然雄叫びを上げたりして常軌を逸した行動ばかりをし、徐々に容姿が悪化し、まるで何か妙な薬剤を顔面に浴びせられた可の様に崩れ落ちて行く様になるものも現れたのだとか。

「そうして終いには消え失せるのよ、何故か国からね」

 どんなに強固な結界を敷いてもその狂人の様になった者は突如消え失せると言う。しかも【目の前】で。

「目の前とは…」

「ええ、少なくとも私は二人程見たわ。確か王宮の下級侍女と兵士だったわね」

 王宮には最強の結界が掛けられており、それでも役に立たなかったと言う。

「私達はこの状態のエルフ達の事を長い間奇病だと思っていたの。消え失せたのは、奇病特有の妙な魔力の暴発でも起こして爆死したか消失でもしたのかと思ってた。もしくは転送魔法でも起こしたのかと。何せ王宮以外の結界は特定の転移魔法が出来る様になっていたからね。でも目の前で見た二名のエルフ達にはその様な兆候は無かったし、下級侍女は「助けて」と叫んでから消えたの。まるで何か得体の知れない者から怯えていた様だったわ。だからいい機会だと思ってずっと国境を閉鎖していたのだけど、情報を得る為に一部だけ開くことにしたの。それがこの国とガスパール国王の国ね」

 他の国は信用出来ないからね、特に人族至上主義の国は遠慮したいものと言うクレメンタインは一気に話し終えた後、目の前に出された紅茶を一口くちに含む。

「そうしたらグリンウッドのエルフの隠れ里でも同じような事が起こって居るっていうじゃない。もっと早めに情報を得る為にガスパール国王に助力を求めるべきだったわ」


 ふう、と一つ吐息を吐いてクレメンタインは交代だと言うようにガスパールを見る。

「さて、ここからは儂が話そうか」

 ガスパール国王のカタルシス国は新生国。今正に彼方此方立て直しをしている最中なのだが、以前の腐敗した王制の頃の名残もどうしても残っており、それらを徹底的に弾き出している最中、ドワーフ特有の手先の器用さだけでは国は立ち直らんと彼方此方に助力を求めた。それこそ種族に拘らず、ギルドにさえ手を出した。その際に応じた商業ギルドに情報を貰い、またドワーフの技術力を提供して行くうちにこの特殊な人工生物であるホムンクルス制作に成功。結界に覆われた危機的状況である国のエトナ神聖国に技術力を提供し、また動力であるモノを対価として提供して貰い、こうして二人で来たという事なのだそうだ。

 なお商業ギルドにはホムンクルスの情報流失を防ぐ為、支店のみで情報を止めてもらって居るとの事。成る程、道理でマルティンにまで伝わって居ない筈だ。

「私はハイエルフだから国交を越えるのは構わないのだけど、万が一があると子が、後継ぎが産めないと困るからって夫が出してくれなかったのよ」

 ちなみにもう数人エトナ神聖国の使いのモノが来ており、今はカタルシス大使館に居るらしく、後に大使館を立てる時に移動して貰う予定らしい。勿論その者達は全員ホムンクルスを媒体にしているのだと言う。

「まさか妊娠してるとかですか?」

「いいえ。でもハイエルフは何時排卵期が来るか分からないからね。下手すると数十年とか数百年無いし」

 あっけらかんと言うクレメンタイン。

「それはまた…」

 マルティンが絶句していると、そんなもんだとガスパールが肩を竦める。

「基本我らは、特にハイエルフは寿命が長い。その分子が非常に産まれ難く、産まれても育ちにくい。だからこそエトナ神聖国は一番育てやすい女子を王とする事が多い」

「そうよ。もっとも男性も王だった事があるけど、あれは駄目ね。闘争心が強く出ちゃったから一代限りで途絶えたわ。その代わり親族の私達一族が代を継いだのだけど」

 そう言って片手をヒラヒラと顔の前で振り、

「おっと、この様な身内の恥を晒してる場合じゃなかったわ。ね、竜王様。いえレノ様って呼べばいいのよね?」

 コックリと頷くレノにクレメンタインは見据え―…

「このまま少し海沿いを西よりに行って貰えないかしら?其処で恐らくここの結界を越えることが出来るわ」

 この海沿いの結界はエトナ神聖国の結界かと一瞬思って聞いたが違うと言う。

「似てるけど質が違うわね。私達の結界は潮の匂いも通してしまうし、何より”彼方側の景色も見えてしまう”わ」

 話には聞いてたけど海があるのに見えないのでしょ?と言われてしまう。

「ならばこの結界をクレメンタインが言う場所に行けば確実に超えることが出来ると?」

「ええ。だってそっちへ向かえば私達のエトナ神聖国へ入るもの」

「「なんだって!?」」

 レノとマルティンの声がダブルで重なったのだった。
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