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元社畜はプロゲーマーの夢を見るか? 1
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春の行方知れず夏の盛りにはまだ遠く、気温ばかりが夏の気配を漂わせる。まだ春であったはずのそんな季節だった。
春に浮かれ、夏の気配にも負けず楽しそうに駆けていく子供やため息をつきながら忙しなく歩く大人を尻目に、サンドイッチとカフェオレを買って持ち帰る。そんな日々が続くと仕事もせず世間の動きとは逆流しているようでなんとなく罪悪感があり、気が付けば春の陽気同様、外に顔を出さなくなった。
そう、携帯端末がうるさかったあの日から、俺は仕事をしていない。『帰宅したら休日だ』といいはる会社を辞めたからである。来る日も来る日も会社で仕事と仕事と仕事をして、上司の罵倒と嫌味と後輩先輩同僚の恨み言と愚痴と呻きと八つ当たりを聞き続けた日々は終わったのだ。
その代わりといっては何だが、会社を辞める前に再開した魔法の恩恵を最も受けたゲーム『パラレルマギ』三昧の日々を送っている。
こうして罪悪感を抱え季節を気にしている今も、パラレルマギに絶賛ログイン中だ。
「ディーさんですね。私はアデルラーゼアのルドギア・レーレンと申します……その、よろしければ……本当に、よろしければ……っ、プロゲーマーに! なって、くださいませんか……?」
そんな中、プロゲーマーに勧誘される。たまにある出来事だが、その半分以上はナンパか詐欺だ。
俺のアバターはかっこいいだの可愛いだのとは程遠いから、詐欺だろう。そう思いつつも俺は頷いた。
「はい、わかりました」
効率的に魔法を集められるエリアの一つで武器を片手に草刈りをしていたせいで、何も考えたくなかっただけかもしれない。
考えなしな俺よりも、話しかけてきた黒スーツの男の方がびっくりしたようだ。パラレルマギのプロゲームチーム、アデルラーゼアのスカウトマンだという男がポカンと口を開けた。
「あ、すみません! あまりに即決でっ……条件などございましたら!」
急いで顔の前で手をふり、何度か頭を下げたあと真剣な顔でスカウトマンは俺を見る。異界由来の紫色の目を見つめ返し、俺は首を傾げた。
「特にないです。給料と休みがしっかりしていれば」
スカウトが嘘か本当かわからないが、連絡先を渡さず契約書にサインをしなければなんとかなる。
俺はやはり軽く自分の希望を伝えた。
「え……そんな、いえ、本当に何か……何かあるのではっ」
両手を握りしめてこちらを見る目がいやに力強い。
あまりの力強さに『もしかして詐欺ではないのか……?』と俺はゆるりと下を向く。本物のスカウトマンだと思うと、なんだか気まずい。視線をそらした先で膝のあたりまで伸びている雑草が緩れたのを確認し足の位置を変えた。
「いえ、本当に……特にないです。給料と休み……特に休みがしっかりしていれば。強いていうと希望というかお尋ねしたいというか……企業所属のプロゲーマーって労基に駆け込むこともできない職業ではない、ですよね?」
本当にスカウトマンならば、気まずくても確認せねばならないのはそれである。何せ家に帰るだけで休日にされてしまうような会社にいたのだ。もう、労基に駆け込むという思考すら奪われる事態には陥りたくないと考えるのが普通である。
「不定休にはなりますが、お休みは月に八日以上で、お給料は基本給と賞金になります……! ですが、その、プロゲーマーとなりますと、定期配信や宣伝などのお仕事や、あの、何よりゲームで良い成績を残していただくことが条件で、しかも、勧誘しておいて申し訳ないのですがテストを受けていただくことになります。その上、あの、本当に、何かないんですか!」
仕事というものに何も求めていない俺の様子と、前に勤めていた会社のブラック具合を察して恐れをなしたらしい。スカウトマンがペラペラと焦ったように話し出した。
「ないですね」
このスカウトマンが本物ならば、正直なところ、仕事は欲しい。会社を辞めてからザブザブ課金をしすぎていて、金が欲しかったのだ。
だが、あのブラック会社で受けたダメージがそう簡単に回復するわけではない。あくせく働こうという気は起きなかった。
それでもまったく業種が違うプロゲーマーならば大丈夫なのではという甘い考えと、いざとなったら早々に辞めてしまおうという投げやりな気持ち、何をおいても働かなければ駄目だという洗脳に似た罪悪感があった。
「ないんですか……その、実の所……こちらには特大の面倒な条件がおりまして」
「特大の、面倒な、条件がいる……?」
普通、『条件』は『ある』というものである。『いる』とはいわない。
ちらりと確認すると俺を見つめて真剣な顔ばかりしていたスカウトマンが顔を両手で隠し、大きく頷いた。
「……ツーシーというプレイヤーとコンビを組んでプロになっていただきたいんです」
それはもう、とてもとても申し訳なさそうに小さくなって小さな声でいうものだから、どんな条件かと思ったら……消えた有給が帰ってきたのか、ありとあらゆるものに祝福されたか、もしかして人生における幸運を使い切ってしまったのか。
ツーシーという名前を聞いた瞬間に俺は姿勢を正し、疑う心を吹き飛ばしてきりっとした顔をした。
「やる……いや、やります! やらせてください!」
春に浮かれ、夏の気配にも負けず楽しそうに駆けていく子供やため息をつきながら忙しなく歩く大人を尻目に、サンドイッチとカフェオレを買って持ち帰る。そんな日々が続くと仕事もせず世間の動きとは逆流しているようでなんとなく罪悪感があり、気が付けば春の陽気同様、外に顔を出さなくなった。
そう、携帯端末がうるさかったあの日から、俺は仕事をしていない。『帰宅したら休日だ』といいはる会社を辞めたからである。来る日も来る日も会社で仕事と仕事と仕事をして、上司の罵倒と嫌味と後輩先輩同僚の恨み言と愚痴と呻きと八つ当たりを聞き続けた日々は終わったのだ。
その代わりといっては何だが、会社を辞める前に再開した魔法の恩恵を最も受けたゲーム『パラレルマギ』三昧の日々を送っている。
こうして罪悪感を抱え季節を気にしている今も、パラレルマギに絶賛ログイン中だ。
「ディーさんですね。私はアデルラーゼアのルドギア・レーレンと申します……その、よろしければ……本当に、よろしければ……っ、プロゲーマーに! なって、くださいませんか……?」
そんな中、プロゲーマーに勧誘される。たまにある出来事だが、その半分以上はナンパか詐欺だ。
俺のアバターはかっこいいだの可愛いだのとは程遠いから、詐欺だろう。そう思いつつも俺は頷いた。
「はい、わかりました」
効率的に魔法を集められるエリアの一つで武器を片手に草刈りをしていたせいで、何も考えたくなかっただけかもしれない。
考えなしな俺よりも、話しかけてきた黒スーツの男の方がびっくりしたようだ。パラレルマギのプロゲームチーム、アデルラーゼアのスカウトマンだという男がポカンと口を開けた。
「あ、すみません! あまりに即決でっ……条件などございましたら!」
急いで顔の前で手をふり、何度か頭を下げたあと真剣な顔でスカウトマンは俺を見る。異界由来の紫色の目を見つめ返し、俺は首を傾げた。
「特にないです。給料と休みがしっかりしていれば」
スカウトが嘘か本当かわからないが、連絡先を渡さず契約書にサインをしなければなんとかなる。
俺はやはり軽く自分の希望を伝えた。
「え……そんな、いえ、本当に何か……何かあるのではっ」
両手を握りしめてこちらを見る目がいやに力強い。
あまりの力強さに『もしかして詐欺ではないのか……?』と俺はゆるりと下を向く。本物のスカウトマンだと思うと、なんだか気まずい。視線をそらした先で膝のあたりまで伸びている雑草が緩れたのを確認し足の位置を変えた。
「いえ、本当に……特にないです。給料と休み……特に休みがしっかりしていれば。強いていうと希望というかお尋ねしたいというか……企業所属のプロゲーマーって労基に駆け込むこともできない職業ではない、ですよね?」
本当にスカウトマンならば、気まずくても確認せねばならないのはそれである。何せ家に帰るだけで休日にされてしまうような会社にいたのだ。もう、労基に駆け込むという思考すら奪われる事態には陥りたくないと考えるのが普通である。
「不定休にはなりますが、お休みは月に八日以上で、お給料は基本給と賞金になります……! ですが、その、プロゲーマーとなりますと、定期配信や宣伝などのお仕事や、あの、何よりゲームで良い成績を残していただくことが条件で、しかも、勧誘しておいて申し訳ないのですがテストを受けていただくことになります。その上、あの、本当に、何かないんですか!」
仕事というものに何も求めていない俺の様子と、前に勤めていた会社のブラック具合を察して恐れをなしたらしい。スカウトマンがペラペラと焦ったように話し出した。
「ないですね」
このスカウトマンが本物ならば、正直なところ、仕事は欲しい。会社を辞めてからザブザブ課金をしすぎていて、金が欲しかったのだ。
だが、あのブラック会社で受けたダメージがそう簡単に回復するわけではない。あくせく働こうという気は起きなかった。
それでもまったく業種が違うプロゲーマーならば大丈夫なのではという甘い考えと、いざとなったら早々に辞めてしまおうという投げやりな気持ち、何をおいても働かなければ駄目だという洗脳に似た罪悪感があった。
「ないんですか……その、実の所……こちらには特大の面倒な条件がおりまして」
「特大の、面倒な、条件がいる……?」
普通、『条件』は『ある』というものである。『いる』とはいわない。
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「……ツーシーというプレイヤーとコンビを組んでプロになっていただきたいんです」
それはもう、とてもとても申し訳なさそうに小さくなって小さな声でいうものだから、どんな条件かと思ったら……消えた有給が帰ってきたのか、ありとあらゆるものに祝福されたか、もしかして人生における幸運を使い切ってしまったのか。
ツーシーという名前を聞いた瞬間に俺は姿勢を正し、疑う心を吹き飛ばしてきりっとした顔をした。
「やる……いや、やります! やらせてください!」
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