商業ギルド支部長の恋人

つる

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追放の神子

商業都市は貴方がたを歓迎します

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 商業都市ユーセルの商業ギルドダンジョン前支部支部長シェルティオン・アズラードの恋人は都市伝説のような男だ。
 よく名を知られているが姿形を知る者はほとんどおらず、彼の噂をする人々には実在が疑われている。彼の同業者も彼の姿を知っているものがほとんどいないことが、彼の実在を更に疑わせた。
 彼は素材採取を得意とする一級冒険者だ。都市内外でその名を知らない者はいない。だが他の冒険者と一緒に狩場に行くことはなく、ひたすら一人でひっそり素材を採取してまわった。だから彼の強面も高い背も無精して伸びた黒い髪も視力が低くて薮睨みする黒い目も知るものはあまりいないのである。
 ソロ素材採取家ギゼラ・オルドー、それがシェルティオンの恋人だ。
 彼はいつもダンジョンに潜る時は他人に声をかける。ダンジョンに潜るのは何が目的でどれくらいで戻るか伝えるためだ。ギゼラが目立つ姿形でありながらあまりにひっそりと仕事をこなすから、冒険者の目に留まらず行方知れずになると跡が辿りにくいからである。
 シェルティオンは冒険者なんてすぐ死ぬ職業だと知っていた。故に恋人のギゼラが採取に向かう際、詳細を話してもギゼラに引っ付いて離れなくなる。
 ギゼラはそんな恋人を甘やかし、いつも守秘義務に触れぬ程度に丁寧に仕事内容を説明した。それでもシェルティオンは朝まで渋って紺色の瞳をわざと潤ませギゼラを送り出す。そのためギゼラはいつも『できる限り早く帰る』といった。
 そんなギゼラが商業都市冒険者ギルドの依頼を受けてから四ヶ月たってもシェルティオンの元に戻らない。予定は一ヶ月だった。
 シェルティオンはダンジョンからやってくる敵から商業都市を護る防壁の一つで、商業ギルドダンジョン前支部支部長を勤めている。そのため動くに動けずシェルティオンは恋人を探しに行けず三ヶ月ずっと苛立ちを抱えていた。
 そこへ瘴気を浄化しようとやってきたのが元神子……異世界からやってきた神子から地位を奪われ地方をふらふらしている浄化の力を持つ貴族子息だ。瘴気の活発化している地域に行っては浄化をしている本物の神子だとまことしやかに囁かれている。
 しかし元神子は王都から追い出されており、大きな都市には滞在し辛い。それ故、大きな商業都市であるユーセルには近寄らず、大事になるまで姿を現さなかった。
 他の瘴気が溜まりやすい場所も同時に瘴気濃度が濃くなったこともあり、浄化の手が回らなかったという実情もある。
 だから誰が悪いというわけでもない。強いていえば運が悪かった。
 元神子が今更現れたことについてもやもやするのも、現神子が姿を現さないことに失望するのもお門違いである。
 わかっていてもシェルティオンは苛立ちをどうにもできず、ただ仕事に徹し目的に邁進した。
「私どもが冒険者様方に出した依頼はダンジョンの瘴気濃度調査です。元より濃くなっているのは私の報告で把握されていたようですが、詳細を調査すべく瘴気に強く単独行動もでき、無理もしない冒険者に依頼をしました」
 いつもの賑わいを忘れた商業都市に寒風が入り込む中、シェルティオンは元神子とその護衛達と対面していた。
 ユーセルで一番大きい商業ギルド窓口がある中央広場支部の相談室で、シェルティオンはいつもより念入りに商業ギルド員らしい笑みを顔に貼り付けて、元神子に説明を続ける。
「依頼に応えたのはギゼラ・オルドー。討伐系任務にはつかない採取家で、欲しい素材があればダンジョン奥深くまで潜りダンジョン主をも一人で倒すといわれる用意周到な冒険者……彼が四ヶ月前、依頼を受けてダンジョンに潜ったまま帰っておりません」
 商業都市ユーセルの商業ギルドの建物の中でも陽があたり心地よい相談室に、外気よりも冷たい空気が入り込む。
 シェルティオンの態度と雰囲気に、消息不明の冒険者がどうなったかを予測したのか。元神子の護衛だという男たちは厳しい顔をし、元神子は息を飲んだ。
 ダンジョンで消息不明になって数ヶ月……誰に聞いても消息不明の冒険者はもう死んでいると答える頃である。
 消息不明の冒険者が恋人であるシェルティオンもそう思っていた。
 商業ギルド支部長兼商業ギルド戦闘員であるシェルティオンは元冒険者だ。消息不明の冒険者は探し始めた時点で七割が死んでいると知っていた。まして瘴気が濃くなるというここ何百年もなかったことの調査に行ったのだ。不測の事態に遭いそのままということが考えられる。
 ギゼラが居ない時間が増えるにつれ、シェルティオンはギゼラが生きているという希望を持たなくなっていた。明るい感情は消え、思うことは一つになっている。
 ギゼラがギゼラだと解るうちに、死んだ証が荒らされぬうちに、探し出さなければならない。
 思っているのはたったそれだけだ。
 シェルティオンが苛立っているのは自由に動けない状況と、ギゼラをダンジョンに送り出してしまった自分自身に対してである。浄化ができる人間がやって来るのが遅かったことは、本当にただ運が悪かったと思っていた。しかし『今更来たのか』と当たり散らしたい気持ちは苛立ちと共にシェルティオンの中に同居している。
 仕事に徹しても押さえきれぬ感情に、シェルティオンの声から温度がどんどん無くなった。
「冒険者ギルドと商業ギルドはこの事態を重く見て、第一階層……ダンジョン付近を封鎖しました。先日までは商業ギルドダンジョン前支部に交代で監視員兼戦闘員が配置されておりました」
 冷たい事務的な声が口から淡々と出ていく度に、元神子たちは表情を固くする。事態は最悪ではない。だが、悪化の一途を辿っていた。
「瘴気で気分が悪くなる方、体調を崩される方は冒険者に濃度調査を依頼した時にもいらっしゃいましたが、五日前にモンスターが支部前に現われ、三日前に瘴気に狂った人間を捕らえました。現在は封鎖範囲を増やし、ユーセル内第二防壁まで住人を避難させ、警備隊と各ギルドの戦闘員、冒険者などが第一防壁内で防衛にあたっております。それも、瘴気の影響から防衛ラインがじわじわ下がっています」
 重苦しい空気が商業ギルドの相談室内に充満する。
 昼間の暖かな陽ざしはいつもと変わらず相談室を暖めているが、誰もが暗い顔で寒そうに身を固めていた。
 元神子たちが冒険者ギルドを訪れたとき、商業都市の現状に一番詳しい人物に現状を尋ねたのは正しい判断だ。ただ、一番詳しい人物が他のギルド員を伴わずに話すことができる権力と冷静さを持ち合わせていたことが相談室の現状を作った。
「商業都市は貴方がたに協力を惜しみません。さぁ、まずは何をいたしましょうか?」
 シェルティオンは商業ギルド員らしい笑みを貼り付けたまま、声の抑揚も変えずに冷たくいい放つ。
 元神子たちはけっして悪くない。今更と思う気持ちがあれど浄化しに来てくれたことに感謝してもしきれないくらいだ。
 それでもシェルティオンは素直に彼らを歓迎できなかった。
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