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第9話 出会い

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「なにしてる! 勝手に見るんじゃない!」
 
 すると、ガタイの良い体育系の教師が、こちらめがけてすっ飛んできた。
 急襲におどろいた俺は、なすすべもなく、腰を抜かして無様にすっころぶ。
 ちょうど教室のドアにもたれかかる形で、ドンと体勢を崩す。ドアに手を引っ掛けて、俺は素早く立ち上がる。
 
 ……あれ。ドアがビクとも動かない。壁になったみたいに、ドアはかたく閉ざされているのだ。

「コラ、貴様を生徒指導室へ連行する。覚悟しておけ」

 体育系の教師が、俺を羽交い絞めにして、殺害現場の教室から引きずり離そうとする。

 貧弱な筋肉をフルに稼働させて、必死の抵抗を試みながら、頭を後ろへグイと捻って、ふたたび教室の中を覗き見る。

 遠ざかっていく教室の窓に、ドアの向こう側が映った。

 横向きに倒された机が、ドアにぴったり貼りつくようにして置かれている。

 そうか。机をストッパー代わりにして、ドアがロックされているのだ。

 教室に設置された外に面した窓は、合計五つ。
 こびり付いた血の赤の鮮やかさが目印となって、すぐさま目を向け確認することができた。
 
 間違いない。窓のクレセント錠は、下に降ろされている。
 
 密室殺人。ああ、被害者は、完全な密室の中で殺されたのだ。
 
 すると、群衆の中から、羽交い絞めにされ廊下をズルズル引きずられる俺に向けて、刺すような視線を送る顔があった。
 
 大きな瞳、艶やかな黒髪、雪のように白い肌。見たこともないくらい綺麗で美しい女性だ。
 
 心の嘆きが聞こえたのか、女性は、不思議そうにじっと俺を見つめている。
 
 目が合いそうで、合わない。二つの視線は、まるで互いの背景に向けられているみたく、ねじれて交差しない。
 
 ふいに女性の表情が、微かに動いたのを、俺は見逃さなかった。
 
 そこにあったのは、深い悲しみの色。
 なにか過ぎ去った面影を探すかのような、侘しい顔で、遠ざかっていく俺を、いつまでも見つめていた。

 生徒指導どころではなかったらしく、結局、俺はすぐさま解放されると、教室へ戻された。
 
 クラスメイトたちがゾロゾロと教室に戻ってくる。皆、興奮気味に事件のことを語り合っている。

「犯人って、まだ捕まっていないんでしょ」

「ウチのクラスの奴だったりしてー」

「えーやだ、何言ってんの。怖いから冗談でもやめてよう」

 吞気なもんだ。あの悲惨な現場を見ていないから、そうして笑っていられるのだ。

 着席すると、真っ青な顔をした担任が、慌ただしそうに教室のドアから顔をのぞかせ、「次の指示があるまで自習して待機」とだけ告げて、どこかへ去っていった。

「ヨッシャア、自習だ!」

 歓喜するクラスメイトをよそに、俺は、とあることに気づいた。

 ……飯伏がいない。

 まさか、事件のショックでちびってしまったんじゃないだろうか。

 いや、まさか。そんな筈はない。では、なぜ?

 クラスメイトたちは、飯伏が不在であることを気にもしない様子で、イレギュラーな出来事に遭遇したことを、各々のスタイルで楽しんでいる。
 学校のクラスなんて、所詮、寄せ集めでしかない。
 どんなに目立つ奴だって、いなくなってしまえば、それまでなのだ。
 
 すると、天井に設置されたスピーカーからザーと雑音が聞こえてきた。

「えー、あ、はい。はいはい……」

 中年男性のくたびれた相槌が、教室に響き渡る。
 放送室の背後でバタバタとせわしなく大人たちが走り回る音が、こちらにまで漏れていた。

「えー今日の午後の授業はすべて中止にします。生徒は直ちに下校して、明日以降の指示があるまで、家で待機するように。繰り返します……」

「イヨッシャアア! オラアア!!」

 クラスの陽キャたちが、授業がなくなったことを喜び、弾けんばかりに快哉を叫ぶ。

 たちまち教室は、変な熱気に包まれる。

 熱気の鉄版にペンチで穴を開けたようにぽっかりと空いた飯伏の座席が、不気味な静けさを帯びていた。
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