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第36話 不思議な生還

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 ゴン、ゴン、ゴン、ゴオォウゥゥン……。
 
 しばらくして、真暗闇の中で、荘厳な音だけが遠ざかっていくのだけが分かった。
 
 なんだか、眠たい。それに……床が冷たくって、寒気を感じる。
 
 俺は両手の力を使って体を起こした。ええっと、ここは……。
 
 松明の火だけが頼りの、心許ない明るさ。乳白色の石のレンガが敷き詰められた、狭い狭い洞窟の廊下。
 先となんら変わらぬ景色じゃないか。
 
 両手を眺める。床に触れれば冷たい感触が伝わるし、パチンと頬を叩けば、しっかり痛い。
 
 生きている? なんだか知らないが、あの状況下で俺は、生き残ることができたのか?
 
 装備の中で直に地肌に触れて、怪我の有無を確認する。
 どこにも出血はない。それどころか、怪我の一つもない。正真正銘、無傷の生還を果たしたのである。
 
 でも……どうして? 偶然、針の刺さらない空間に体が挟まった?
 いや、そんな隙間はないほどに、鉄球はビッシリ針を武装していた。
 では、偶然、針に巻き込まれない廊下の脇に吹き飛ばされ、事なきを得た? い
 や、鉄球の猛威から逃れることのできる空間など、この狭い廊下には存在しなかった。
 
 あの瞬間、どんな場合でも必ず俺は、鉄球に直撃していたはずなのだ。
 
 では……勇者の装備が俺を守ってくれたのか。
 だがしかし、いくら勇者の装備とはいえ、体の全面を覆い守っている訳ではない。
 正一爺の家でもらった、ボロ切れみたいな服が露出している箇所は、いくらでも見つけることができるのだ。
 
 それに、奇跡的に鉄球の針が、装備の上だけを通過していたとしても、この状況はあまりに不自然なのだ。
 体に身に着けた装備と俺の体重だけで、あの巨体を勢いよく跳ね返せるとは、到底思えない。
 
 ゆえに、行き場を失くした鉄球は、俺の体に引っ掛かって静止しているか、廊下の壁に隙間なく押し付けられ、反作用の力に耐えきれず、その場で砕け散るか、そのどちらか考えられないのだ。
 
 要するに、鉄球はどこへ消えた?
 
 無傷で残されたストッパー、つまり俺と、姿を消した転がる鉄球。
 この矛盾した状況を、一体どのように解釈すればよいのか……。
 
 まあ、無事に生きていたんだから、なんだっていいや。
 理由はどうあれ、俺は、生きてダンジョンの攻略を続けることができるのだ。
 
 何事もなかったかのようにスクッと立ち上がると、俺は、先の見えない長い廊下を、ふたたび歩き始めた。

 ようやく終端が見えてきた。
 鋭利な刃でバッサリと断ち切ってしまったかのように、とつぜん廊下が消えて無くなり、その先に、底の見えぬほど深い深い溝が続いている。
 今度は、姿の見える落とし穴という訳か。
 
 パックリ割れた巨人の口みたいな暗い溝を越えた先には、無骨な岩で形成された、崖のような場所があった。
 崖の向こうには、いかにもダンジョンの奥地らしい、複雑に入り組んだ洞窟の空間が広がっていた。
 
 ピチョン、ピチョンと天井から水滴のしたたる、冷ややかな水の音が、こちらにまで聞こえてきた。
 
 出来るものなら、この大穴を飛び越えてみろ。ダンジョンは俺に対して、そう挑戦を叩きつけているのだ。
 
 よし、やってやろうじゃないかっ。
 ざっと見測って、廊下の端から崖までの距離は、おおよそ10メートル。
 常識的に考えて、普通の人間には到底届かぬ距離であることは、火を見るよりも明らかだが……なにせここは、異世界なのだ。
 
 常識外れの奇跡だって、いくらでも起こり得る。決して容易なことではないが、これくらいの試練、恐れるには足らないもの。
 
 なにせ俺には、まだ装備を着たまま立ち上がれぬほどレベルの低かった頃、何本もの杭を飛んで渡ってみせた経験があるのだ。
 
 俺は、深呼吸をくり返して、凝り固まった全身の筋肉を徐々にほぐしていく。
 穴の下には、底なしの闇が続いている。跳躍に失敗すれば、今度こそ命はないだろう。
 
 体が温まってきたところで、命一杯の助走をつけられる距離にまで廊下を後退した。
 跳躍のイメージを綿密に頭の中で作り上げる。
 飛び出しの際、すこしでも足を滑らせてしまえば、それこそ一巻の終わり。
 
 この試練には、パワフルかつ正確な動作が求められるのだ。
 
 森の訓練場で行ってきた様々な訓練のおかげで、すぐに実行の作戦と、心の準備が整えられた。こんなところでまで、正一爺の訓練が効いているのだ。
 
 行ける、行けるぞっ!!
 
 今や俺は、不安や恐怖を打ち消すほどの、強大な自信で満ち溢れていた。
 
 腰を低くして、体の重心をゆっくり前に倒して、両脚にバネの力を溜め込む……。
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