上 下
19 / 45

第19話 オハヨウ

しおりを挟む
 ……きろ

 ……起きろ

 ……これ、起きんかいっ。

 パシインッ!!
 
 頭の中で火花が散り、俺の意識は強制的に泥沼から引きずり出された。
 
 瞼が石のように重く硬い。それでもゆっくりと、瞼を持ち上げると、やがて、うっすらと、視界に柔らかい光が差し込んでくる。
 
 ……橙色の空が見えた。そんな景色、この世にあったっけ? 
 
 いや、あれは木目の天井だ。ここは……訓練場の小屋か?
 
 すると、視界の端からヒョッコリと、見覚えのある顔が飛び出してきた。
 至る所にシワの刻まれた、だけれども、どこか瑞々しい若さを感じさせる、精悍な顔つき。

「……せ、正一爺さん」

 喉から発せられた、まるで久方ぶりに発声したかのような枯れた声に、思わず自分でも驚く。

「おうっ、目を覚ましたか! よかった、よかったわい!!」

 視界がグワングワンと揺らされる。どうやら肩を掴まれ、歓喜の興奮に体を揺さぶられいるらしかった。

 俺は、ようやく霧の晴れてきた意識でもって、上体を持ち上げる。

「ウンショ……」

 体を持ち上げ切る直前、天井を大きな影が横切り、木目がウネリと動いたような気がした。まぁ、なにか寝ぼけて、幻覚でも見たのだろう。

 ふたたび、あたりを見渡した。
 どうやら俺は、古びた雑巾みたいな白の絹の布を上下に着せられ、訓練場の小屋で寝かされていたらしい。

 隣に座るのは、相変わらず、よもぎ色の江戸時代の庶民みたいな服に身を包んだ正一爺。
 そして玄関には、ピッカピカに磨かれ新品同様の光を輝かせる、勇者の装備が置かれていた。

 ようやく自分の置かれた状況を認識してきた。

 ━━あの時。山をも吹き飛ばす大爆発を目の前で喰らった後、なぜだか俺は、生きて、ここに寝かされていたらしいのだ。

 だらんと伸ばした脚に力を入れてみる。……多少、力の入り加減に違和感が残るが、まったく問題なしに動かすことができた。

 手をグーパーして、腕の運動も問題がないことを確認してから、今度は顔をつねってみる。
 ……痛い。やはりここは夢でなく、現実世界だ。
 
 腰をひねって、首をねじって、プッと屁をこく。骨や関節、内臓に、特に異常はないらしかった。
 
 ボロ切れみたいな服をめくって、キズの具合を確認する。
 
 ……無い。体中のどこを探っても、まったくの無傷なのだ。
 それどころか……全身の肌にハリ艶があって、まるで赤子の肌身みたく、ツルンッぷるんモッチモチしているではないか!
 
 傷を負うどころか、すこし見た目が若返ってしまった……。
 
 ああ、これを奇跡と呼ばずして、なんと呼ぼうかっ!!
 
 たしか、正一爺の説明では、
『火を近づければ……あぁ、山の一つや二つが吹っ飛んでも、そうおかしくはないわい。おそらく水槽全体が爆発した場合。爆心は、約三億度の炎に包まれ、約十兆トンのダイナマイトに匹敵する衝撃が容赦なく襲う。これには、流石の勇者の装備も耐えきれない。ほんの瞬きするあいだに、跡形もなく、木端微塵……』
 となっていたはずだ。
 
 あの時、キングガマガエルの胃酸に火か着火するのを、たしかにこの眼で確認した。

 つまり俺は、約三億度の炎と、約十兆トンのダイナマイトに匹敵する衝撃を、一挙に浴びたはずなのだ。

 それだというのに、一体なぜ……。

「混乱するのも、無理はない」

 すると正一爺が、俺の混乱を読み取ったかのように口を開いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

剣術チートな悪役令嬢

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:18

不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:82,993pt お気に入り:2,467

悠久の機甲歩兵

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:306pt お気に入り:32

第3次パワフル転生野球大戦ACE

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:15

Night pool party 〜 恋に惑い、愛に溺れる夏の夜 〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

光のもとで2+

青春 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:202

処理中です...