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第1話 運命 <後半に登場人物表アリ>

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 バン!

 ひび割れんばかりに窓が叩かれる音に、俺は驚き、両の鼻穴からラーメンの縮れた麵を噴き出した。

 バン、バンッ!!
 こんどは複数回。それも、先よりも叩く力が増している。

 隙間風の音は、どこにも聞こえない。明らかに風が窓を揺らしているのではない。

 ━━では一体、なんだ?

 湯を沸かす台所のヤカンが甲高い悲鳴を上げる。

 俺は割り箸を置いて、おそるおそるテ窓のほうへ歩み寄った。

 窓を覆い隠す、白いレースのカーテン。
 
 バン……ガタガタガタッ!! 
 
 すると、俺の接近を察知されたみたいに、外れんばかりに窓が激しく揺らされる。
 
 間違いない。窓の向こう側に、誰か居る。『誰か』は、不気味な意志を持って、部屋の中にいる俺に何かを伝えようとしているのだ。
 
 ━━何を? おままごとをしに来た訳じゃなさそうだ。 
 窓を揺らす音から染み出る、濃厚な殺意。それも、今に襲い掛からんとする、衝動的で狂暴な、危険。
 
 ガタガタガタッ!! 
 
 『早く姿を見せろ』『俺がそっちへ迎えに行ってやる』『中にいるには、分ってるんだ』
 
 スクリーンめいた白のカーテンに、そんな言葉が浮かび上がってくる。
 揺れる窓の音圧が、悪魔的なささやきでもって、俺の耳をそっと撫でる。
 
 カーテンの薄い布地に、指をかけた。その時。

「ウゲエェェ!」

 白いカーテンにヌッと現れた、影法師。
 突如として視界を遮った、そのおどろおどろしい姿形に、俺はその場から飛び退き、腰から崩れ落ちる。
 
 影法師は、コウモリの羽みたいに両腕を広げて……ガタガタガタッ!!
 
 ああ、部屋には俺一人だけ。助けを呼ぼうにも、恐怖で喉が締め付けられて、声が出せない。
 
 すると、影法師が両腕を下して、冬の枯木みたいに立ち尽くす。まるで、俺がカーテンを開けるのを待っているかのように。

  急に静まった室内。額に冷や汗がツーと流れる。ゴクリと生唾を飲む音だけが、あたりに響いた。
 
 恐怖と好奇心が、激しくせめぎ合い、俺の思考を絡み取って離さない。
 
 次の行動は、既に決定されている……。あとは、実行に移すだけ。
 
 今度こそ俺は、カーテンに手を伸ばした。勢いよくカーテンをめくると、そこには……。
 
 しわの刻まれた精悍な顔が一つ。それから、カエルの吸盤みたいにベッタリ貼り付く手のひらが、二つ。
 
 ハアハアと窓に吹きかかる息が、窓をまぁるく白く曇らせる。
 
 よもぎ色のまるで江戸時代の庶民のような服を着た老人が、昼間の日差しを浴びて、窓の向こう側に立っていた。

 ……なんだよ。正一爺さんじゃないか。

 俺の視線に気づくと、正一爺は、急いで小屋の入口の方へまわり、ガバッと扉を開けた。小屋の木製の壁が、正一爺の覇気に怖気ずくかのように、ビクビク揺れた。

「さあ、準備できたぞい。ずるずるラーメンばっか啜ってないで、こっちへ来て見てみろ。ワシの渾身の拷問そう……いや、訓練装置をっ!!」

「はあ……」

 そう言い残すと、正一爺は、なんだかやけに元気そうに、訓練場の方へ走り出していった。

 正直、もう少しここで、ゆっくりしていたかった。

 正一爺は杭の上に座っていただけかもしれないが、なんせ俺は……鉛のように重たい勇者の装備を背負って、地獄のような訓練をした直後なのだ。

 だがしかし、師匠の指示は絶対。一分一秒の時間の無駄も惜しい。勇者になるためには、辛く厳しい訓練は、必定なのである。

 ラーメンの残りの麺を、一息にズズッとすすり上げて、俺は、重い腰を持ち上げた。
 
 俺の憂鬱な気持ちとは裏腹に、訓練場は、温かな日差しに包まれていた。

 地面に突き刺さった、太い木の幹みたいな杭の数々。傷だらけのカカシ。ロープが張り巡らされた木々。ドンと構える金網の闘技場。

 俺の汗と苦労が染み込んだ地面の土は、まるで何事もなかったかのように、俺の全体重を支えてくれている。

 ああ、陽に照らされた訓練場を見て、先の訓練を想い出し、クラっとめまいがしてきた。
 
 また、新しい訓練がはじまる。厳しくて逃げ出したくなるような訓練が。

 しかし……既に俺は心に決めているのだ。前世の弱い自分を乗り越え、強くなって勇者になってみせると。
 
 そう思った途端、視界の中央に、巨大な影が浮かび上がってきた。
 
 それは、闘技場のリングの上にあった。黒い布を被った、得体の知れない何か大きな物体。
 その横に、誇らしげに顔をホクホクさせた正一爺の姿があった。

「ほれ、こっち、こっち。今にワシのお手製拷問そう……訓練装置を見せてやる」

 俺は、言われるがままに金網を潜り、リングの上に立った。
 嫌な予感がする。それも、尋常ではないほどの。

 黒い布の下には、一体なにが隠されているのか。まさか、巨大な檻に猛獣が閉じ込められている? 
 闘技場に放たれた猛獣と一対一の金網デスマッチ……。ああ、ベタな試練だが、考えるだに恐ろしい。
 ヒュンと金玉袋が縮み上がるのを覚える。ライオンに四肢を食いちぎられる自分の姿を妄想してしまい、俺のムスコが力なくうなだれる。

「刮目せよっ! これがワシの編み出した、究極の装置だっ!!」

 正一爺が声高らかに告げると、バサッと黒い布が取り除かれる。

 ああ、そこにあったのは……。
 

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Back story...

神田陰介は、ある日、壮絶ないじめの末に命を落とす。

目を覚ますと、そこには、数名の男女とポテチをむさぼる怠惰な天使がいた!?

天使アトリーヌが異世界ライフの開始を告げると……転生した場所は、まさかの自然豊かな田舎だった。

津田正一、梅子老夫婦に助けられた神田は、もふもふに癒されながら、固有スキル【精霊遣い】の特性を学んでゆく。

固有スキルを巧みに利用し、畑の作物を喰い荒らしていたイノシシ型のモンスターを追い払ったお礼として、神田は、正一爺から勇者になるための訓練を施してもらうことに。
 
驚くべきことに、正一爺の正体は、過去に勇者専門学校で大天才ともてはやされていた、元・勇者だったのだ。
 
正一爺のお古である勇者の装備を手に入れた神田は、山の奥地に建設された訓練場で、地獄の特訓をおっぱじめるのであった。

(『【精霊遣い】は使いこなせれば最強のスキルでした。~レベル1からはじめる異世界ライフ~』あらすじから一部引用)


〇登場人物表

神田陰介(17) 
転生前は、ヒョロガキ陰キャ男子高校生だった。その軟弱な見た目とは裏腹に、胸中に燃えたぎる闘志の炎を宿している。好きな食べ物は、寿司とラーメン。

麦伏貴勅(17) 
神田のクラスメイト。ヤンキー。いじめの主犯格。持病の狭心症で発作を起こし、偶然、神田とまったく同じタイミングで異世界転生を果たす。自慢の薄い眉毛は、毎朝自分で剃っているのだそう。

天使アトリーヌ(?)
異世界転生の管理係。いつも雲の上で、書類と睨めっこをしている。外出先では常にコンドームを持ち歩くほど、自信過剰で男好き。

津田正一(71) 
元・勇者。現役時代、正一に敵う者は、誰一人として存在しなかった。まさに天才と呼ぶに相応しい、剣術のプロフェッショナル。笑う時にはいつも、入れ歯が外に飛び出さないよう、舌を上顎に貼り付けている。

津田梅子(72) 
正一とは、勇者専門学校時代の同期にあたる。魔法・魔術のスペシャリスト。現役時代は唯一、正一と肩を並べることのできた実力者で、正一の良き理解者でもある。寮の男子全員を骨抜きにしてやった、性欲モンスター。

もふもふ(6) 
津田老夫婦が古い平屋で飼っている、白い毛色の雑種犬。毛の中に、米粒大の精霊が棲み着いている。
 

                                          to be continued...
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※登場人物の過去や、物語の背景をより詳しく知りたい方は、過去作『【精霊遣い】は使いこなせれば最強のスキルでした。~レベル1からはじめる異世界ライフ~』を是非ご覧になってください。


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