公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

午前お茶会

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 お茶会は基本的に上位の者から話題を振っていく。小規模なお茶会では一つのテーブルで完結するお茶会だが、大規模になってくると複数のテーブルでそれぞれ会が進行していく。

 今回エルーナが座るテーブルで言えば、最上位のダスクウェル公爵が話題を振り、他の者がその話題に沿って話を進めていくことになる。

 ダスクウェル公爵は挨拶が一通り済んだことを確認してから、一度ぐるりとテーブルに座る面々を見てから、エルーナで目が留まった。

 「そういえば、エルーナ様が倒れてから一度かなり危ない状態になったと聞いている。そして誰もがあきらめた時に光の柱が立ち、それに包まれたエルーナ様が目を覚ましたと。」

 最初の話題に自身の事が出されて内心驚いたエルーナは、けれども顔には出さずに気を引き締める。

 ダスクウェル公爵の話は恐らくエルーナの父エドワルドが報告したものだろう。その証拠にダスクウェル公爵の言葉に静かにうなずいているエドワルドの姿がある。そして、話の内容から察するに、エルーナが生まれ変わった瞬間の光景だろうことも推測できる。

 エルーナは自分がどのようにして生まれ変わったのかは知らない。初めてエルーナとして意識を取り戻したのはベッドの上であり、カトリーナとエドワルドが泣きながら覗き込んできたところであった。その次の瞬間にはまた意識が飛び、気が付けば次の日の朝になっていたのだ。

 「光の柱が立つという事象じたい聞いたことがないが、それに包まれた危篤状態のエルーナ様が目を覚まされ、ここまで回復されたという事は、その光の柱が何らかの作用をエルーナ様にもたらした結果であると思うが、そのことについては調べがついているのかな?」

 最後の問いはエルーナの隣に座るエドワルドに向けられていた。エドワルドはその問いに対して静かに首を振った。

 「いえ。まだ何も詳細は把握しておりません。私も初めての経験で、その時はエルーナが意識を取り戻したという事だけで頭がいっぱいになっておりましたから。」

 エドワルドは至極真面目に答えているが、周りは少しばかり苦い表情になった。

 もちろん心情的には我が子が目を覚まして嬉しかったという事は理解できる。ただ、同時にその光がどのような影響をもたらすのか警戒したり、どういった状況で起こるものなのかをすぐに調べるだろう。

 「ベッセル子爵のエルーナ様への愛情は存じておりますが、光の柱については詳しく調べていただきたいものです。ダスクウェル公爵も聞いたことがない現象ともなれば、少なくともこの国で初めての現象である可能性が高いでしょう。良い影響だけを与えるならばよいですが、悪い影響を与えないとも限りませんから、どうぞよろしくお願いいたします。」

 ダスクウェル公爵家の隣に座るコーラル侯爵家のモルゴ=コーラル侯爵が苦笑気味に言う。他の面々も賛同し、エドワルドはバツが悪そうに目を伏せて「取り急ぎ調べさせます。」と答えた。

 「エルーナ様は、何かこれまでと違ったことはありませんか。例えば不調を感じるとか、逆に良くなったところとか。」

 ベッセル子爵家の右隣に座るゲラルド伯爵家の正妻であるルベリア=ゲラルド伯爵夫人がエルーナに問いかける。

 (中身は全く違うよ。)

 心の中でそう答えたエルーナは考える。ここでまったく変わらないと言ってしまうのは簡単だけれど、実は自分が思っている以上にエルーナの状態は変わっているかもしれない。何せ以前のエルーナの状態は記憶の中でしか知らず、実際に経験したことはないからだ。もしかしたら以前よりも体が丈夫になっているかもしれないし、実際、病弱だったエルーナの体は復活してから一度も悪くなってはいない。

 ほんの少しだけ考えたエルーナはにこりと微笑んで首を振った。

 「もしかしたら変わっているのかもしれませんが、まだ実感できるほどではないのは確かです。自分の体の事は他人からの方がよくわかることもありますから、そのうち両親や側近が教えてくれるかもしれません。」

 「何かあったらすぐに知らせてくださいね。」

 エルーナの隣に座るメルネアがエルーナの手を取って心配そうに瞳を揺らした。

 「その時は必ず。」

 「本当にメルネア様はエルーナ様が心配なのですね。」

 メルネアがあまりにエルーナの事を気にする光景を見て、一同が暖かい目で二人を見る。メルネアはその視線に気づいて少し恥ずかしそうに俯いた。

 「彼女がメルネアの言っていた・・・」

 少し遠くの方からそんな小さな呟きが聞こえ、エルーナはすっと声がした方向に目を向けた。

 そこには豪奢な衣装に身を包み、周りを何人もの側近で固められた小さな子供がおり、こちらに向かって歩いていたのだった。

 品の良い赤で染められた布と多くの色を混ぜ合わせて作られた贅沢な黒色の布で作られた礼装に光沢のある滑らかな生地に金糸で王家の紋章が大きく入れられている厚みのあるマントを羽織った子供がゆっくりとした足取りでダスクウェル家が取り仕切るテーブルへと向かってくる。

 淡い金髪がさらりと肩から流れ、美しく整った顔立ちと大きな瞳を見れば、何も知らないものからは少女と誤解されてもおかしくはない。エメラルドグリーンの瞳が爛々と輝いており、楽しそうに表情を和らげながらメルネアとエルーナに目を向ける。

 「本日の主役がいらっしゃったようだ。」

 ダスクウェエル公爵が小さくつぶやきながら顔を向けたので、他の者も同じように柔和な笑みを浮かべて子供に注目する。

 本日の主役。ルディウス王子がテーブル近くに到着すると、ダスクウェル公爵とメルネアの間にただ一つ空けられている席へと向かい、側近に手伝われながらも優雅に座った。その身のこなしからも十分に教育がいきわたっていて、噂通りに優秀であるということが伝わる。

 「本日は私のためにお集まりくださり、誠にありがとうございます。ご歓談の途中かと存じますが、ご挨拶させていただきたく思います。」

 小さく頭を下げながら前置きを述べてから、自己紹介を始める。王子とはいってもこの国では爵位を持つ貴族よりは身分が低い。そのため、王族であっても目上の者が集まるこの場では頭を下げて立場をわきまえながら話を進めなければならない。

 「この度5歳の誕生日を迎え、正式にこの国の王族として公の場に出ることとなりました。ルディウス=エル=ダナトゥーラと申します。以後お見知りおきを。」

 挨拶を終えたルディウスはゆっくりと頭を上げてダスクウェル公爵を見る。ダスクウェル公爵は小さくうなずいてから微笑んだ。

 「貴殿の門出に幸多からんことを願います。また一段と立派になられましたよ。ルディウス王子。」

 「ありがとうございます。ダスクウェル公爵。」

 祝いの言葉を贈るダスクウェル公爵に少し照れたような顔をするルディウス。薄く頬を染めるその姿は可憐な少女のようにしか見えない。

 「新たなる出会いに感謝を。貴殿の門出に幸多からんことを願います。お初にお目にかかります。私はモルゴ=コーラルと申します。以後お見知りおきを。噂にたがわぬご立派な姿に驚きました。」

 コーラル侯爵を初めとして初対面の挨拶を交わしつつルディウスを称賛する。見目の美しさから努力のうかがえる動きまで、ダスクウェル公爵からぐるりと一回りするまでその調子で褒められるので、ルディウスははにかみながら抑えきれない喜びと気恥ずかしさで頬を染める。

 カトリーナのあいさつが終わり、同じ年頃の子供のあいさつに移り、メルネアから回って最後にエルーナの番が回ってきた。エルーナは他の人と同じように笑みを深くして祝いの言葉を述べた。

 「新たなる出会いに感謝を。貴殿の門出に幸多からんことを願います。お初にお目にかかります。私はエルーナ=ベッセルと申します。以後お見知りおきを。本日は5歳のお誕生日おめでとうございます。」

 無難なあいさつを終えると、ルディウス王子は他の人への対応とは違って興味深そうにエルーナを見つめた後、穏やかな笑みを見せた。

 「以前からエルーナ様のお話は伺っておりました。こうして本日お会いすることができてとてもうれしく思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」

 話はメルネアから聞いていたのだろう。その証拠にメルネアが少しばかり恥ずかしそうな顔をした。

 「先ほどまではどのようなお話をされていたのですか?」

 全員のあいさつが終わるとルディウスはダスクウェル公爵に話の続きを促した。

 「先ほどまではエルーナ様がご病気から復帰されたお話をしておりました。」

 「かなり悪くしたと聞いています。もうお体に障りはないのでしょうか?」

 心配そうにエルーナをうかがうルディウスに、エルーナはしっかりとうなずいて見せた。

 「今はもう大事ありません。このように社交の場に出ることも許されておりますので、ルディウス王子が心配されることはありません。」

 「エルーナは体が弱いので病気にかかりやすいのですが、最近は調子の良い日が多く、むしろ前よりも健康になっているのかもしれません。」

 エドワルドの言葉もあって、ルディウスは安堵の表情を取る。優秀なだけではなく優しい一面もあるようだった。

 「それはそうと、ルディウス王子は既に魔法に関しての勉強を始めていると聞きましたが。」

 「まだ書物に書かれたことを読み進めているだけで、実践しているわけではありません。ですが、今後のためにも早めに勉強しておいたほうがいいと・・・」

 話がエルーナの病気の話からルディウスの教育の進度についてに変わり、しばらく話し終えた後でルディウスは席を立ち、次のテーブルへと向かっていった。
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