公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

お買い物

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 メルネアの来訪という急な予定が入り、準備と後片付けにバタバタとした事もあったものの、基本的には落ち着いた日々を過ごすことができたエルーナは、着々と弱った体を元に戻していった。

 メルネアの言葉をきっかけに努めて多く食事をとるようにしたり、軽い運動のために日中は庭園の中をうろうろと散歩したり、夜はできるだけ早くに就寝した。結果、1月かかる前に重い病気を患う前とほとんど変わらない状態にまで回復することができたのである。

 ただ、回復したとは言っても、エルーナとして生きることになる前、海鳴 舩であった前世の記憶にある子供の姿と比べると、エルーナは虚弱体質と言っていいほどの体の弱さであり、これで体調がいい方であるとするならば、この先もちょっとしたことですぐ倒れてしまうのではないかと心配するほどであった。

 実際、エルーナの記憶でもこの歳になるまで数えきれないほど病気にかかっている。まだ5歳であるという事を考えれば、一年に何度も寝込む状態というのはあまりよろしくないだろう。

 「テレサ。」

 「何でしょうか、エルーナ様。」

 「体を丈夫にするにはどうすればいいかしら。」

 エルーナの質問にしばらく目を伏せて考えたテレサであったが、エルーナが満足するような答えが思い浮かばなかったテレサは首を横に振った。

 「私は存じ上げません。きちんと食事をとって、適度な運動をされ、夜更かしすることなく眠られるエルーナ様がなぜここまで病に伏してしまわれるのか。医者も元々体が弱いのだろうと言うばかりで、改善点は仰らないですから。申し訳ありません。」

 一番長くエルーナについている侍女であるテレサもエルーナの体の弱さは気掛かりでならず、何度か医者にも話を聞いたことがあるのだが、特に情報は得られていない。

 頭を下げるテレサに微笑みかけて顔を上げるように言うエルーナは、自室の小さな本棚に入っている本に目を向けて小さく息を吐いた。

 「お医者様から答えを貰えないのであれば、私が勉強したところですぐにわかる事でもないのでしょうね。」

 「医学もまだまだ発展途上にありますから、これから新しい発見があるかもしれません。いずれエルーナ様の体も丈夫にできるようになるかもしれませんが、次期ベッセル家当主となるべく教育されることになるだろうエルーナ様が、その片手間でできる勉強をされても、わかることは少ないでしょう。」

 テレサの言葉通り、エルーナには兄弟がおらず、今から子供ができたとしても歳が開きすぎているために、当主交代の時期には間に合わない。男の子が産まれた場合は、数年間エルーナが当主を務めて後、弟に引き継ぐという形もなくはないが、どちらにしても当主となるべく教育は必須なのである。

 通常、貴族の子供は7歳から貴族学校に入って、4年の教育機関を経た後に専門学校に進学することになる。

 主を守る騎士となるための教育を施される騎士学校。魔法、魔術の発展を望み、暮らしを豊かにするために学ぶ魔法学校。大きな怪我や病気を少しでも早く、確実に治すための方法を模索する医療学校。神の奇跡を解き明かし、信仰の下に人々の心の平穏を守るための教えを学ぶ神学校。そして、国や領地を守るために領地経営の手法や帝王学を学ぶ領主学校が存在する。

 エルーナはもう領主学校へ通うことが決まっており、今更進路を変更することなど叶わない。貴族学校に入学して、貴族に必要な事を教えられるわけだが、貴族学校の中にも専門性の強い選択授業が存在するため、入学前にどの専門学校に行くのかを予め決めさせられるのだ。

 専門の勉強というのはとても片手間で独自に勉強できるような簡単なものではない。この世界ではまだ印刷技術がそれ程発展していないので、専門書のようなものは各専門学校でそれぞれ与えられるもので、基本的に家系によって行く学校が決まるということもあり、まず専門書を見かける機会さえほとんどない。卒業生も意見の交換という事で同じ学校に行っていた人へ本を書いて渡しあうことはあっても、市場に流すことはほとんどないので、エルーナでは学ぶことさえ叶わないのだ。

 「テレサはどこの学校を卒業していたかしら。」

 「私は魔法学校でございます。特に魔法工学について学び、修了制作として街路灯の改良型を発表しました。今は一部がそれに交換されていますよ。」

 「そういえば一度見に行ったことがありましたね。記憶が朧気ですけど。」

 微かに残る記憶の中に、夜の街中を馬車で移動中に、テレサの街路灯が備えられている道を通ったことで、エドワルドが馬車を止めて見に行った憶えがあった。

 この世界では電力ではなく魔力によって明かりをともしたり、暮らしを良くする発明が行われている。電化製品ならぬ魔化製品が店頭に並び、設置されるのだ。

 「体を丈夫にするような発明なんてできませんよね。」

 「私の友人にはそれに挑戦する人はいませんでした。ですが、医療学校の生徒と一緒に考えて、共同で開発するという事も今では珍しくありません。近いうちにエルーナ様の望むものができると良いですね。」

 どちらにしてもすぐの事にはならないだろうという話になったところで、エルーナの身だしなみは整い、出かけられる格好となった。

 「すぐに丈夫になることはできませんが、今の状態を維持することに努めることはできます。本日は遠出になりますが、無理のないようにして動くことにしましょう。」

 「今日のお出かけは楽しみでしたから、特に気を付けなければいけませんね。」

 エルーナはそう言ってテレサと共に自室を出る。玄関に向かうと、出発の準備を終えて待っているアルテと護衛騎士2人がいた。

 本日は王宮で開催される王子お披露目の1週間前。貴族街へと繰り出して、お披露目に行くためのドレスを仕立てたり、装飾品を見たりする予定である。



 王都の街は階級によって明確に区分されている。

 貴族のみが暮らす貴族街。平民から貴族の身分へと引き上げられた者や裕福な者が暮らす富裕街。それ程裕福というわけではないが、住居を構え、衣服をそろえて暮らすことができる者が住む貧民街。

 特に壁を隔てているわけではないが、山を背に作られた城から離れる程貧しくなる。王都の端では貧民とも呼べないほどに貧しく、一人一人が身を寄せ合って生きているような場所もあり、目に見えなくともそこには確かに身分という名の壁が存在していた。

 しかし、それは意識していなければ上のものにはわからない者である。

 貴族の目に触れる世界は貴族か富豪しかいない。街に買い物に行ったとしても、立ち寄る店は全て大商会。安物など置いているわけがなく、店員も全員が身なりのきちんとした礼儀正しく教育された者たちであり、その店員すらもほとんどが富裕層の住人である。

 そんな綺麗な物ばかりが目に入る街で、エルーナは侍女と騎士を引き連れて買い物をしていた。

 ただ一人、ただの一般人の知識と記憶を持つエルーナは、展示されている商品に値札が付いておらず、全てがオーダーメイドであり、常に持ち上げられながらする買い物に、顔には出ないように苦心しながら恐れていた。

 (手持ちのお金で何とかなるよね?お金は全部テレサが持っているって言ってたからどれくらい持ってるのか知らないけど。)

 貴族などという身分を見たことが無く、ただただ地位が高くてお金持ちという曖昧な知識しか持っていないエルーナは、生まれ変わる前の記憶と照らし合わせながら商品を見ていく。

 護衛の騎士は言わずもがな、侍女もエルーナ自身が一度気になって目を留めた物が無ければ自ら動くという事はない。かと言っていちいち商品の良し悪しを聞いていくのも貴族の令嬢としては失格である。自分に見合う物を選ぶ。自身の階級と見目を考慮して最適な物を選ぶセンスも貴族には必要なのである。

 (とは言っても、ドレスなんて着たことないし、こんな豪華な装飾品も買ったことないから、どれがいいのかなんてわかりにくいよ。)

 エルーナはドレスや装飾品を選んでいるように見せながら、横目で店に置かれている鏡に映る自分を確認する。

 (まだ小柄で幼い感じが前面に出ているけど、かなり綺麗な顔なのよね。最近はようやくふっくらとしてきたから余計に可愛くなってきたし、まるで丁寧に造られたお人形さんみたい。)

 店内をぐるりと回り、じっくりと商品を眺めながら考え続ける。鏡に映る自分。子爵家の令嬢という身分。加えて、この度の買い物は城に登城して王宮で開かれる王子のお披露目に出席するための衣装を買うのが目的である。慎重に考えて、かつ舩が入れ替わる前のセンスから大きく外れない物を選ばなければいけないだろう。

 (エルーナの好みの色は青。深めの青が好きだけど、容姿の関係から専ら選ぶのは薄い空色。ひらひらした物よりもシンプルな物が好き。装飾品は最低限だけど、一つ一つの品質は高め。5歳の幼女がしっかりし過ぎでしょ。この世界ではみんなそうなのかな。)

 昔と今の自分を総合して自分に合うだろう商品を手に取る。すぐさま侍女が商品を検分し始めた。

 「とてもお似合いかと存じます。こちらのドレスに合わせるのであれば、こちらのネックレスとブレスレット、あとこちらの指輪などが合うかと思いまずがどうでしょうか。」

 テレサが指示して店員に持ってこさせた数種類の装飾品がエルーナの前に並ぶ。

 ここで全て買いますと言ってしまえば楽なのだが、そんなことは当然ながら言えない。エルーナは慎重に一つ一つに目を凝らす。

 「そうね。このエメルがあしらわれた銀のネックレスと指輪、あと小さな宝石をいくつも繋いでいるこのブレスレットも素敵だと思うのだけど、どうかしら。」

 エルーナが3つの装飾品を選ぶと、テレサの表情が僅かにほころんだ。どうやら及第点はもらえたようである。

 「ではこれらの商品を仕立てることにしましょう。」

 装飾品にしてもドレスにしても、持ってきたものはどれも今のエルーナには大きすぎる物ばかりである。いくつかの決まったサイズが作られているわけでもないこれらを買い求めるには、全てエルーナ用に仕立てなければならないのである。

 当然仕立てるのは時間がかかるため、こうした服飾関係の商品は入用になる数日前に注文しなければならない。物によっては一月以上前に言わなくてはならないが、エルーナの選んだものはどれも全力を挙げればお披露目に十分間に合う程度の商品である。そういう点でも、テレサはエルーナのセンスに感心していたのである。

 「では後日、ベッセル家まで届けてください。」

 「かしこまりました。」

 寸法を測り終えれば注文は終了である。店員が深々と首を垂れるのを背にして次の店に向かった。

 エルーナたちが次に向かった店は、王子のお披露目のために献上する祝いの品に適当な魔術具が並ぶ店である。

 貴族間でのお披露目は5歳の誕生日を迎えた日に行い、お披露目では必ず魔術具を贈ることになっている。

 その理由は、貴族は全員魔法や魔術を扱えるようになることが義務付けられており、7歳から入学することになる貴族学校では最初の年から魔法の基礎を習うことになるため、入学する前からその扱いに慣れるようにするためである。

 魔術具には多くの種類が存在し、魔力を籠めるだけで決まった魔術が作動するものや、設置すればその周囲にある魔力を取り込んで自動的に作動するものまである。

 その中でお披露目の時に贈る魔術具を選ぶわけであるが、これにも一応の決まりがある。

 親族からは魔力の動きを理解させるための魔術具。婚約が決まっている場合は婚約者から魔術や魔法を補助する魔術具。その他の貴族は魔力を籠めれば決まった魔法が作動する魔術具を贈るのである。

 エルーナは決まった魔法が作動する魔術具が置いてある棚へと向かう。棚はエルーナの身長の倍ほどの高さがあるために、一番上に置いてある商品は見えない。が、子供が扱える魔術具はそのほとんどが一番下に並べられているため問題ない。

 エルーナは一つの魔術具を手に取る。鉛筆ほどの長さの金属の棒で、赤い小さな宝石のようなものが3つ埋め込まれた魔術具である。

 「火を呼ぶ魔術具ですか。これならば人によっては長く使っていただけるかもしれませんね。」

 テレサがエルーナの持つ魔術具を見てそう評した。

 この魔術具に魔力を籠めると、棒の先から小さな火が灯り、火種として使うことができる。長く使ってもらえるというのは、男であれば煙管のようなコックという物に火をつけるのに使えるし、騎士であればかがり火を灯すのにも使えるためである。

 「ならこれにしましょう。」

 店員を呼んで魔術具を贈り物用に包んでもらいながら、エルーナはふと魔術や魔法を補助する魔術具が並ぶ棚の方を見た。

 (メルネア様はあの魔術具を渡すのかな。ダスクウェル家は一番王族と仲が良いし。それに本人も多分嫌じゃないだろうし。)

 火を灯す魔術具を贈る時の言葉を考えながら、エルーナたちは帰路につき、お披露目まで細々とした準備を整えていくのだった。
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