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第1章
二人のお茶会 2
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貴族に求められる能力の中で家門によって差が出てしまうのが社交能力である。
コミュニケーション能力から人脈形成に至るまで、そのほとんどが家門の交友関係にそのまま依存し、元々幅広く活動していた貴族でもなければ子爵家の繋がりなどたかが知れている。
それでもベッセル家は他の貴族とは違い、ダスクウェル侯爵家と親交が厚い分、多くの家とつながっている方である。
しかし、エルーナやメルネアのように早くから社交場に顔を出すことが許されているものはそう多くはない。
同じ子爵家であるルトラーゼ家のレノア令嬢も、エルーナより3つは上である。王宮に招待されていた子供のほとんどがエルーナよりも上の年齢であり、貴族学校に通っている者たちなのである。
本来なら貴族学校に入って初めて社交について学び、経験するものであるため、エルーナにしてもメルネアにしてもそこまで多く社交場に顔を出すことはない。そんな中でメルネアが様々な情報を得ているのは、偏に公爵家の人脈の広さ故である。
ただ、メルネアは公爵家という立場上どうしても話を主導する側に回ることが多くなる。そうすると、情報を得る以上に収集していく必要がある。同じ話題を何度も出してしまう愚を犯さないように社交場以外での情報収集も必要なのである。
そういった上の立場に立つものに必要なスキルを伯爵家以上の家門は子供の教育項目にいれているのである。
ともあれ、今のエルーナにはそのような事情を気にする余裕などなく、メルネアとの二人だけのお茶会を乗り切るのに必死だった。
場所はメルネアがお気に入りの白薔薇の庭園。薔薇とは言っても形も名前も少し違い、棘がないのが最大の相違点である。名前はファルナと呼ぶ。
ファルナは夏を盛りに大輪を咲かせる夏の花であり、今この庭園では見渡す限り美しいファルナが咲き誇っており、風に乗ってその甘く上品な香りが薄く広がっている。
そんな庭園の中心で涼しい風を吹かせる中型魔術具を6台も設置した贅沢な空間で、二人は優雅にお茶会をしているところであった。
「この間アイナ様にお聞きしたことなのだけど、最近のドレスの流行が変わりつつあるのですって。」
「ドレスの流行ですか?」
「ええ。今のドレスは薄い生地を何枚か重ねて色や模様に深みを出しているけれど、今流行りだしているのはシンプルな色や模様を使ったうえで模様を大きく見せたり色味を派手に見せたりするのですって。」
ドレスの流行というものはたった数年でも何度も変わる。それを追っていくには年に何着も仕立てないといけないのだが、公爵家であるメルネアからすればどうということはない。むしろ敏感に察知して流行をいち早く取り入れ、羨望の眼差しを向けられるように苦心する必要がある。
一方、子爵家であるエルーナは流行などに関してほとんど追えないことが多い。流行を察知できたとしてもすぐに手にできるほどの財力も人脈もないからだ。
今着ているドレスも、メルネアに会うためにと一番上等なものを着てきたのだが、それでも流行に左右されないごくシンプルなボールガウンである。
ただ、最新の流行の話をしているというのに、メルネアの着ているドレスは話題にも出した薄い生地を重ねる前の流行のドレスである。
この話にはどうやら続きがありそうだと予感してエルーナがドレスから視線を上げると、メルネアは少し浮かない表情をしていた。
「その流行に何か問題があるのですか?」
エルーナの言葉にため息までついたメルネアは、庭園の隅に見える大きな木を眺めて口を開いた。
「その流行の発信元が、どうも最近爵位を得たマルネイト男爵の令嬢であるソフィーユ=マルネイトなのだとか。」
「男爵令嬢が?」
流行の流行らせ方には暗黙のうちに決められた順序というものがある。
基本は派閥の頂点に君臨する公爵家および侯爵家が下に流すように広め、他の派閥のものも上のものが流れに乗りだしてから自分も参入する。そうしないで勝手に発信してしまっても流行にならなかったり、派閥からイジメを受けたりしてしまうのである。
それが新参の男爵令嬢ともなれば、普通は話題にすら上らないほどなのだが、流行にまでなっているのだから驚きである。
「ソフィーユ様は誰の後援を受けているのでしょうか。他の公爵家でしょうか?」
「それが、表立ってマルネイト家を助けている家は無いようなのです。ただ、ウォルテナント家の長男であるグランツ様が彼女の着ているドレスを褒めていたことがきっかけらしく、そこからウォルテナント家の派閥の者たちを中心に流行らせているようですわ。」
「では、マルネイト家はウォルテナント家の派閥に?」
「それがそういうわけでもないようですね。ロングナーテ家にも珍しい品を持ち込んでいたようですし、アイナ様も白いフェリテの革靴を献上されたそうよ。」
フェリテというのは狐のような動物で、革が薄くでき、なめらかで丈夫なことで有名である。特に白い個体は珍しく、白いフェリテの革を使った品は小さいものでも平民の年収3年分程という高値で取引される。
マルネイト家は相当なやり手の商人らしい。エルーナは頭の中のメモ帳に[マルネイト家 要調査]と書き込んでおく。
「ソフィーユ様は私たちと同学年になるようです。少し注意しておく必要があるわ。」
最後のほうは少し顔を近づけて小声で話しかけてきた。近くに侍っている侍従は信頼のおけるもので固めているのだろうが、聞かれると困るような時には癖が出てくるのだろう。
エルーナはその言葉に小さく頷き、同じように顔を近づけた。
「私もその折にはメルネア様の助けになれるよう頑張りますね。」
その後、二人は日が暮れる直前まで他愛ない話に花を咲かせたのだった。
コミュニケーション能力から人脈形成に至るまで、そのほとんどが家門の交友関係にそのまま依存し、元々幅広く活動していた貴族でもなければ子爵家の繋がりなどたかが知れている。
それでもベッセル家は他の貴族とは違い、ダスクウェル侯爵家と親交が厚い分、多くの家とつながっている方である。
しかし、エルーナやメルネアのように早くから社交場に顔を出すことが許されているものはそう多くはない。
同じ子爵家であるルトラーゼ家のレノア令嬢も、エルーナより3つは上である。王宮に招待されていた子供のほとんどがエルーナよりも上の年齢であり、貴族学校に通っている者たちなのである。
本来なら貴族学校に入って初めて社交について学び、経験するものであるため、エルーナにしてもメルネアにしてもそこまで多く社交場に顔を出すことはない。そんな中でメルネアが様々な情報を得ているのは、偏に公爵家の人脈の広さ故である。
ただ、メルネアは公爵家という立場上どうしても話を主導する側に回ることが多くなる。そうすると、情報を得る以上に収集していく必要がある。同じ話題を何度も出してしまう愚を犯さないように社交場以外での情報収集も必要なのである。
そういった上の立場に立つものに必要なスキルを伯爵家以上の家門は子供の教育項目にいれているのである。
ともあれ、今のエルーナにはそのような事情を気にする余裕などなく、メルネアとの二人だけのお茶会を乗り切るのに必死だった。
場所はメルネアがお気に入りの白薔薇の庭園。薔薇とは言っても形も名前も少し違い、棘がないのが最大の相違点である。名前はファルナと呼ぶ。
ファルナは夏を盛りに大輪を咲かせる夏の花であり、今この庭園では見渡す限り美しいファルナが咲き誇っており、風に乗ってその甘く上品な香りが薄く広がっている。
そんな庭園の中心で涼しい風を吹かせる中型魔術具を6台も設置した贅沢な空間で、二人は優雅にお茶会をしているところであった。
「この間アイナ様にお聞きしたことなのだけど、最近のドレスの流行が変わりつつあるのですって。」
「ドレスの流行ですか?」
「ええ。今のドレスは薄い生地を何枚か重ねて色や模様に深みを出しているけれど、今流行りだしているのはシンプルな色や模様を使ったうえで模様を大きく見せたり色味を派手に見せたりするのですって。」
ドレスの流行というものはたった数年でも何度も変わる。それを追っていくには年に何着も仕立てないといけないのだが、公爵家であるメルネアからすればどうということはない。むしろ敏感に察知して流行をいち早く取り入れ、羨望の眼差しを向けられるように苦心する必要がある。
一方、子爵家であるエルーナは流行などに関してほとんど追えないことが多い。流行を察知できたとしてもすぐに手にできるほどの財力も人脈もないからだ。
今着ているドレスも、メルネアに会うためにと一番上等なものを着てきたのだが、それでも流行に左右されないごくシンプルなボールガウンである。
ただ、最新の流行の話をしているというのに、メルネアの着ているドレスは話題にも出した薄い生地を重ねる前の流行のドレスである。
この話にはどうやら続きがありそうだと予感してエルーナがドレスから視線を上げると、メルネアは少し浮かない表情をしていた。
「その流行に何か問題があるのですか?」
エルーナの言葉にため息までついたメルネアは、庭園の隅に見える大きな木を眺めて口を開いた。
「その流行の発信元が、どうも最近爵位を得たマルネイト男爵の令嬢であるソフィーユ=マルネイトなのだとか。」
「男爵令嬢が?」
流行の流行らせ方には暗黙のうちに決められた順序というものがある。
基本は派閥の頂点に君臨する公爵家および侯爵家が下に流すように広め、他の派閥のものも上のものが流れに乗りだしてから自分も参入する。そうしないで勝手に発信してしまっても流行にならなかったり、派閥からイジメを受けたりしてしまうのである。
それが新参の男爵令嬢ともなれば、普通は話題にすら上らないほどなのだが、流行にまでなっているのだから驚きである。
「ソフィーユ様は誰の後援を受けているのでしょうか。他の公爵家でしょうか?」
「それが、表立ってマルネイト家を助けている家は無いようなのです。ただ、ウォルテナント家の長男であるグランツ様が彼女の着ているドレスを褒めていたことがきっかけらしく、そこからウォルテナント家の派閥の者たちを中心に流行らせているようですわ。」
「では、マルネイト家はウォルテナント家の派閥に?」
「それがそういうわけでもないようですね。ロングナーテ家にも珍しい品を持ち込んでいたようですし、アイナ様も白いフェリテの革靴を献上されたそうよ。」
フェリテというのは狐のような動物で、革が薄くでき、なめらかで丈夫なことで有名である。特に白い個体は珍しく、白いフェリテの革を使った品は小さいものでも平民の年収3年分程という高値で取引される。
マルネイト家は相当なやり手の商人らしい。エルーナは頭の中のメモ帳に[マルネイト家 要調査]と書き込んでおく。
「ソフィーユ様は私たちと同学年になるようです。少し注意しておく必要があるわ。」
最後のほうは少し顔を近づけて小声で話しかけてきた。近くに侍っている侍従は信頼のおけるもので固めているのだろうが、聞かれると困るような時には癖が出てくるのだろう。
エルーナはその言葉に小さく頷き、同じように顔を近づけた。
「私もその折にはメルネア様の助けになれるよう頑張りますね。」
その後、二人は日が暮れる直前まで他愛ない話に花を咲かせたのだった。
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