公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

一触即発のレストラン前 2

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 「栄えあるアンセルバッハ侯爵の当主、ギーゼル=アンセルバッハの次女たる私の目の前で、お粗末な衣服に身を包んだ護衛が見えるのだけれど、アルフレッド、早く処分してきてくれないかしら?」

 エルーナたちの前に立ちはだかる少女、ライラ=アンセルバッハは、エルーナたちを見ていきなりそう言い放った。

 命令を下されたアルフレッドとは、ライラの後ろで冷や汗をたらしてひきつった笑顔をしている執事然とした男の事で、彼はライラの発言に対してどう対処しようかと何度か口をはくはくさせてから、仕立ての良い燕尾服の胸ポケットから取り出された少し汗の含んだハンカチを取り出し、それにさらに額の汗をしみこませながら何とか言葉を紡ぎ始めた。

 「ライラ様のお言葉でございますが、彼女らはベッセル子爵家の方々、そして、後ろに控えておられるのはエルーナ=ベッセル子爵令嬢にございます。平民であれば何とか対処させていただく所存にございますが、貴族の御令嬢とその護衛の方々を処分というのはその、何と言いますか・・・。」

 「アルフレッド。私はあれらを片付けてと言ったはずよ。聞こえなかったのかしら?」

 アルフレッドの返事がライラの意にそぐわず、もう一度命令を下すライラ。しかし、アルフレッドはエルーナの後ろで黒い炎を幻視しそうになるくらいに怒りを含んだ静かな笑みを湛えた少女を目にし、必死の思いでライラを説得する。

 「ライラ様。彼の方々をよくご覧になってくださいませ。きっとライラ様のお目が曇ってしまっていたのでしょう。この辺りには屋台からのぼる煙も多い故。」

 アルフレッドの言葉に片眉を上げて訝しんだライラは、その言葉の意味を汲んで慎重に目の前の団体に目を凝らす。

 しばらく観察してようやくエルーナの後ろに(実際は少し斜め後ろにいるだけで、ほぼ並んでいる言っても過言ではないが)メルネアを確認した。

 メルネアとその護衛と侍女をようやく視界にとらえたライラは少し目を閉じ、それから社交の間で見せる笑顔を三割くらい増して輝かせた表情を作った。

 「これはこれはメルネア=ダスクウェル公爵令嬢ではございませんか。本日はこのような場所に一体どのようなご用向きでしょうか?」

 そのあからさまな変化に呆然としてしまったエルーナとその護衛たち。メルネアの従者たちも表情をあまり変えないものの、驚いているように見える。ただ、メルネアとテレサのみが先ほどと変わらず、むしろ黒い笑みがより深まった顔をしてライラを見ていた。

 「よくもぬけぬけと。この愚か者にきつめのお灸をすえてもよろしいでしょうかエルーナ様?」

 「私も許可するわ。後始末は任せなさい。」

 「ありがとうございますメルネア様。」

 「テレサはその手に手繰った紐をしまって!いったいどこから出したのよ。メルネア様も簡単にそんなこと許可しないでください!」

 静かに動き出そうとした二人を何とか押しとどめようとするエルーナ。侯爵令嬢であるライラに手を挙げれば間違いなく大ごとになる。メルネアは後始末はすると言っているが、絶対に綺麗になど済むわけがない。だいたい何をどう始末するのか想像すらしたくない。そう思ったエルーナは燃え上がる二人をなだめようとした。 

 「私の事なら大丈夫だから。テレサもライラ様を怒らないであげて。」

 「しかし・・・」

 「ライラ様が私に対して強く当たる理由。テレサは知っているでしょう?」

 「ですが、それはエルーナ様のせいでは」

 「とりあえず、今は抑えて。お願い。」

 エルーナの説得にテレサは渋々了解を示した。メルネアは怪訝な顔をしたけれど、エルーナがそこまで言うのならと飲み込んだ。

 二人の問題が片付いたところで、エルーナが護衛たちの一歩前に出る。そして、ライラに対して丁寧にお辞儀した。

 「お久しぶりでございます。ライラ様。メルネア様は本日、私と共にこの建国祭を見に来たのでございます。今は食事をと思いまして、こちらのレストランに足を運んだ次第でございます。」

 「あら、エルーナ。私は貴女には声をかけていないのだけど?」

 エルーナの丁寧な対応に対し、ライラは笑顔をメルネアに向けたままトーンが数段落ちた声でエルーナに言う。

 それだけでまた空気が重くなりかけたが、すぐにエルーナは笑顔を絶やさないようにしながら返答した。

 「出過ぎた真似だったかもしれませんが、メルネア様のお手を煩わせるよりは、私が説明した方がよろしいと思った次第でございます。ご不快に思われたのであれば謝ります。申し訳ありませんでした。」

 これでもかというほどへりくだった対応を示したエルーナに対して、これ以上言い出せなくなったライラは、忌々しそうにエルーナを見てからふんっとそっぽを向いた。

 (本当は貴族がここまで下手に出るのは良くないらしいんだけど、この場を無難に収めるためには仕方ないよね。)

 基本的に貴族同士でここまでへりくだることは良くないらしい。立場的に明確な上下関係が構築される貴族社会だけれど、そこに平民という階級が加わって全体を見た時に、貴族の上下関係は貴族と平民の関係を考えればそれ程差は大きくないとされているのである。

 もともと、爵位を持たない子息・息女は貴族の子供というくくりの中で平等の立場であり、明確な身分差は存在しないのである。ただ、その中で家同士の付き合いや、実際の力関係などによって、どうしても優劣がついてくるのだが。

 しかし、エルーナがここまでライラに対してへりくだるのは、そう言った事情以上に個人的な事情があるからである。

 (きっかけは私がエルーナになった前のエルーナの話になるけれど、止めを刺したのは私だし、何とかしなきゃいけないよね。)

 エルーナは思案しつつライラを見て、それから後ろにいるメルネアたちを眺め、もう一度ライラに視線を戻した。

 ライラはアルフレッドに宥められていて、後ろにいるメルネアは近くにいるテレサと一緒になってまたも怖い笑顔になっている。カティラ達エルーナの護衛はどういう流れになるのかを見ながら周りを警戒していて、メルネアの護衛と侍女たちも同じように成り行きを見守っていた。

 それなりに大所帯であるエルーナたちはレストランの前ということでかなり注目されていて、立ち止まって眺める野次馬はいないものの、通り過ぎる人々からの視線は増えている。そもそも道の4分の1ほども圧迫しているのだ。正直な話、往来の邪魔にさえなっている。

 このままでは人々に迷惑がかかるか、問題が起こるかしてしまうだろう。なんとかひとまずレストランの中に入ってしまいたいと考えたエルーナは、メルネアのところにそろそろと近づく。

 「メルネア様。ライラ様をお食事にお招きしてもよろしいでしょうか?」

 「どうして?このレストランはエルーナが貸し切っているのでしょう?後から来た彼女を入れる必要はないのではなくて?」

 やはり、メルネアはライラの同席を受け入れなかった。これだけの不興を買ったのだから当然ではあるものの、このまま通り過ぎることも難しい。エルーナは用意していた答えでもって、メルネアの説得を試みる。

 「ライラ様とはいずれ話し合いたいと思っていたのです。ライラ様は決して悪い方ではありません。メルネア様にもそれをわかっていただくため、どうかご一緒していただきたいのです。」

 エルーナが上目遣いに「ダメですか?」と尋ねると、メルネアはうっと言葉に詰まり、反論の言葉を探して視線を上向けるが、やがて長い長いため息をついて首を縦に振った。

 「それは反則ですわ、エルーナ。わかりました。彼女と一緒に食事をしましょう。」

 「ありがとうございます。メルネア様。」

 メルネアの了承を取り付けたエルーナはテレサにも同じように食事を共にする旨を伝え、なんとか了解をもぎ取り、再びライラのもとに向かった。

 「ライラ様。よろしいでしょうか?」

 「何かしら?言っておくけれど、私がここで食事をとることは決定事項よ。」

 「ええ、ライラ様がこちらで食事をとりたいのは存じ上げております。ですからご提案なのですが、メルネア様とライラ様と私の三名で食事をいたしませんか?」

 エルーナの提案にピクリと眉を動かしたライラは、メルネアの方をそっと見た。彼女はアルフレッドに宥められている間にも、エルーナがメルネアと話していたところは見ている。そこから、メルネアからの提案である可能性を疑っているのである。

 それでもライラが否定の言葉を発しそうな雰囲気を感じ取って、ライラの口が開くよりも数瞬早くエルーナがそれを遮る。

 「これは以前聞いた話なのですが、アンセルバッハ侯爵はかねてよりダスクウェル公爵と良好な関係を結びたいと考えているとか。」

 言いながらエルーナは少し悪戯っぽい笑みを浮かべて見せる。

 「しかし、まだそううまく入っていないご様子。ここからは私の考えですが、娘同士が良い関係を築くことができれば、そこから家同士うまく関係を結べるかもしれません。」

 王子のお披露目の時に聞いた話を使った説得は余程効果があったのか、ライラは少し悔しそうな表情へと変わり、後ろに下がってアルフレッドと護衛騎士の一人と相談し始めた。

 (エルーナの驚異的記憶力に感謝ね。まあ、緊張しっぱなしだったから多少あやふやなところはあるけれど。)

 しばらく待っていると、憤懣やるかたないといった態度でずんずんとエルーナのもとまで行き、くっつくかと思うほど顔を近づけながらエルーナを鋭くにらんだ。

 「わかりました。喜んでご一緒させていただきます!」

 「そ、それは良かったです。」

 どう見ても喜んでいない顔ではあるものの、一応提案は飲み込んでくれたようだった。
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