公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

贈り物 前編

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 国王の働きかけで進められた作戦は、実はこの場にいた貴族たちにとって大きな波紋を起こす重大な出来事であった。

 王国に関する重要事項などは専ら貴族から選出された各役員と国王によって話し合い、その中でも特に大事な会議では一人でも役員が欠席すれば会議を取りやめ、次回に持ち越すことも少なくない。今回のような秘密裏に動かなければいけない作戦を決行するときでさえ、王族に近い公爵や侯爵とは話の場を設け、疑わしい者がその中にいるのであればその者と周辺を除いて行われるのが通例である。

 しかし、今回はほぼ王族、国王の独断で作戦が進められていた。四大公爵家すら誰も話を直接聞いておらず、本当に国王の周辺のみで話が進められていたのである。つまり、国王は貴族全体に疑いをかけていたということである。

 これに最も衝撃を受けたのは他でもないダスクウェル公爵である。今代の国王と最も親しい関係を築いていたと自他ともに考えていたダスクウェル公爵ですら、話し合いの席を設けられなかった。王族に対する反抗勢力の一掃という重大作戦。それも第一王子のお披露目を機会とし、王子を囮として使うという失敗が許されない方策を独断で行う。これを慎重で疑り深いととるか、実際は貴族の誰も王族の信頼を勝ち得ていないととるか。多くの貴族が頭を悩ませているのである。

 そんな中。複雑な情勢に気づかずに呑気な思考を巡らせている者もいた。

 エルーナは騒動の全てが一時終わりを迎え、メルネアを守らなければという使命感や緊張感から解放され、昼食やお茶会の時ではゆっくりと味わうことができなかった料理の数々に舌鼓を打っていた。

 (あ~幸せ。文化レベルがぱっと見私のいた世界よりも下に見えたけど、料理のレベルは悪くない。ちょっとした高級レストランと同じくらい美味しいんだもん。貴族の料理ってどこでもこんなに豪華なのかな~。)

 外見上はほんの少し口角が上がっているだけで、穏やかに食事をするお嬢様に見えるよう努めているが、内心ではだらしなく笑み崩れていた。

 ベッセル家でもこれ程ではないにしろ、毎日レストランのコース料理のような豪華な食事が出され、特に不味いと感じる料理は出されていない。少々癖のある味であっても、基本的にエルーナの舌が覚えている者がほとんどなので、特別苦手意識を抱くまでには至っていないのである。

 (このスープなんてちょっと辛いけどそれが良いアクセントになってるし、サラダにかかってるドレッシングも甘くておいしい。このパンはちょっと固いな。フランスパンみたいだけどスープに着けて食べるとちょうどいいね。お肉料理は全部しっかり焼いてあるな。レアの習慣はないのかな?うちでもそうだったし。)

 この短い期間でリハビリと称しながら覚えなおしたテーブルマナーをしっかり守りつつ、無心に食事に没頭するエルーナ。そのスピードは同じテーブルに座っている者が気になるレベルであり、多くの視線を浴びているのだが、エルーナはそれすらも気づかずに手と口を動かす。

 すると、思わずといったようにエルーナの背後からクスッと笑い声が聞こえた。妙に大きく聞こえたその笑い声にどきりとしつつ、エルーナはそろそろと振り向く。

 「エルーナはこの料理が気に入ったのね。以前見た時よりも食事の手が早いもの。」

 近くでエルーナよりも数段ゆっくりとしたペースで優雅にサラダを手にしていたメルネアが微笑みながらそう言った。

 その言葉に顔を赤らめるほどに恥ずかしくなったエルーナは、そのまま周囲の視線にも気づいてさらに耳まで朱に染めてしまった。

 俯き気味になるエルーナにさらなる追い打ちをかけたのはダスクウェル公爵だった。

 「エルーナ様が本当に元気になったようで何よりです。それだけ食べることができるのであれば、もう心配の必要はないでしょう。」

 穏やかな表情でダスクウェル公爵にそう言われ、エルーナはとてもいたたまれなくなった。出来ることならば中座して外へと駆け出してしまいたかったが、当然そんなことは許されるはずもなく、結果、僅かに身じろぎして俯くしかできなかった。

 「も、申し訳ありません。少し品位にかける行為でした。」

 視線にも気づかず、話しにも耳を傾けず、一心不乱に食事に没頭するなど社交界に出た淑女としては失格である。まだ子供であることで許されてはいるが、恥ずかしい行為である事には変わりない。

 エルーナが謝ると、ほんの少しだけ周りにいた大人たちの雰囲気が軽くなった。そう感じたエルーナが首を傾げていると、先程までダスクウェル公爵と話していたコーラル侯爵がクツクツと笑いをこらえるようにして近づいてきた。

 「謝罪するほどのものではありませんよ。エルーナ様。確かに今回出されている料理はどれも美味しい。流石は宮廷料理人。ここが自分の家の食堂で、他に誰もいなければ、エルーナ様と同じように食事に夢中になっている事でしょう。」

 コーラル侯爵が同じ思いであると打ち明けてくれたことにエルーナはほっと息を吐きつつ、コーラル侯爵の言葉の意味に考えを巡らせる。

 (やっぱり一人前ではないってことだよね。しっかりしなくちゃ。)

 コーラル侯爵もここが誰も見ていないプライベートな空間であれば同じことをするのだろう。逆に言えば、今は公の場である。そんなことはできないし、貴族としては落第点であると考えているのである。

 やはり、子供であるからと甘く評価されているのだ。エルーナはすっと背筋を伸ばし、心の中で活を入れながらコーラル侯爵に微笑みかけた。

 「ありがとうございます。コーラル侯爵。」

 フォローしてくれたコーラル侯爵に感謝の言葉を述べていると、エルーナのもとに近づいてくる足音が複数聞こえてきた。

 エルーナが振り向くと、そこには国王と王妃、ルディウス王子、その3人の護衛騎士が向かってきていた。それも、全員がエルーナを目指して。

 思わずエルーナは身構えてしまうが、すぐに表情を取り繕って首を垂れる。近くにいた人々も皆同じようにして向かってくる3人、特に国王に向けて忠誠心を示す。

 やがて国王らはエルーナのすぐ目の前まで近づくと足を止め、顔を上げるように命じた。

 「其方がエルーナ=ベッセルだな?」

 先程の夕食前の厳かな雰囲気など全く感じさせない穏やかな口調でそう、エルーナに問いかける。国王の王子とよく似たエメラルドグリーンの目は見上げるエルーナの瞳はしっかりと見据えており、子供を相手にするような侮った心持など一切持っていないようだった。

 エルーナはそんな眼差しで問いかけてくる国王に対してまっすぐに見返し、コクリと一つ頷いて見せた。

 「はい、陛下。私がベッセル家の長女、エルーナ=ベッセルにございます。お会いできて光栄に存じます。」

 エルーナが内心おどおどしつつ教えこまれた作法にのっとって挨拶をすると、国王は「ほう」と感嘆の言葉を漏らした。そして、ほんの少しだけ目を細めてエルーナの足先から頭のてっぺんまで観察し、やがて柔らかな笑みを見せた。

 「これはまた、噂に違わぬご令嬢だ。どういう教育を施せばこのようになるのか、教えてもらいたいものだな、ベッセル子爵。」

 エルーナのすぐ後ろにまで近寄って控えていたエドワルドはすぐに返事を返す。

 「もったいなきお言葉にございます。ですが、ルディウス王子も大変優秀であられます。先程少し接した際にもそれが容易に感じられるものでした。」

 「そんなことはない。ルディウスもまだまだ未熟である。特に公の場での振る舞いとなるとまだまだ経験が足りぬのでな。それに引き換えエルーナ嬢は随分と落ち着いて対処しているように思える。」

 そう言って今度はエルーナに目を向ける。エルーナはほんの少し笑みを深めるのみで明確な返答はしない。国王の言葉に答えたのはダスクウェル公爵だった。

 「王子はまだこれが初の社交の場。経験を積むことなくこれだけ堂々と対応できるのですから、きっとすぐにエルーナ嬢やメルネアと同等に対処できるようになるでしょう。」

 その返答に国王は少しだけつまらなさそうに息を吐くと、後ろに控えるルディウスに目を向けた。

 「ルディウス。彼女たちは今後の社交に向けて良き手本となるだろう。よく見て、よく聞いて、成長の糧としなさい。」

 「心得ております、父上。」

 ルディウスがはしゃぐ様子を見せずに落ち着いた表情で国王に返事を返す。それだけの事がエルーナには少しだけ衝撃で、心の中で何とも言えない微妙な気持ちになった。

 (これが普通の対応なんだろうけど、なんだか寂しい気持ちがするな。)

 無論、そのように思っている者はエルーナだけであり、ルディウス本人でさえきちんと振る舞えていることがむしろ嬉しく思っている。それをわかっていても、エルーナはまだ慣れない自分と貴族のギャップに呻く。

 それから少し他愛もない世間話をしてから、国王はダスクウェル公爵に近づいて小さな声で耳打ちをした。

 「明日の夕刻、食事を共にしたい。使者を送る故、メルネア嬢も連れて来ると良い。ルディウスも喜ぶ。」

 会話の内容は何の変哲もない食事の誘いであるのに、国王もダスクウェル公爵も目が真剣そのものとなっていた。先ほどまでの柔らかな雰囲気とは違ったものとなっていた。
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