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第5章

歓声と家族構成

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 王都の外壁門に到着し、門番に顔を見せた途端、当然のことながら大きな騒ぎとなった。

 国家の一大事。ドラゴン討伐作戦の指揮を任されていたディランが部隊を率いずにたった十数名のみで帰還したとなれば、だれでも困惑し、何かあったのかと肝を冷やすことだろう。

 門番はすぐに城に使いを出してディラン一行の帰還を連絡し、ほかに王都に訪れている商人や旅人たちに道を開けさせて、最優先で私たちを中に通してくれた。その際に作戦の成否も確認される。

 「ドラゴンは・・・どうなったのでしょうか?」

 「作戦は成功し、無事討伐できた。被害は最小限に食い止められ、我々の後からリアナの先導のもと順次帰還することだろう。」

 安心させるように優しく頷いてやると、門番も周りで聞き耳を立てていた者たちも安堵の息をつき、私たちの馬車が通り過ぎて行った後で歓声を上げた。

 その歓声を聞きつけ、また私たちの馬車が通るのを見つけることで何があったのかを察し、少し雰囲気が重かった街が一気に賑わいだした。まだ討伐完了の御触れを出してもいないのに、門に近い店から次々と景気のいい声が挙げられ、私たちが前を通り過ぎるたびに歓声を上げながら討伐完了セールなるものを店頭に掲げるところが出てくる。

 気分は戦勝パレードだ。

 一息ついてから城に上がって報告しようと思っていたけれど、周りの浮かれようと騒ぎを見れば、とても宿に泊まれそうにない。

 一応このことは想定済みだったので、登城しない人に分けていた馬車だけを少し距離を開けさせて、登城する人が乗る馬車1台でそのまま城に向かうことになった。

 「やはり、こうなったか。」

 「ドラゴン討伐という話だけでも十分すごいのに、今日にいたるまでの民の不安が解消されたということで、余計に波が高くなったからね。予め準備しておいてよかったよ。」

 ディランとリーノが周囲の様子を見ながら苦笑いを浮かべる。

 今回の戦闘の結果だけを見れば、間違いなく大勝利を収めたことになるし、もっと言えば被害はほぼゼロ。負傷者は大量にいても死者は数人いるかいないかという奇跡のような結果だ。本来ならばディランたちも大手を振って歓声に応えながら街道を行くことだろう。

 けれど、戦闘の中身を見てみると、ディランたちも渋い顔をせずにはいられないのだろう。

 絶体絶命の状況から大逆転したのは私たち一匹の成果であり、もっと言えば美景一人の成果だ。決して皇国と王国の連合部隊で勝利したわけではなく、私たちにとっても奇跡に近い一手によって本来の実力以上の力を行使した結果による勝利。とても胸を張れるようなことではない。

 その後の私たちの状況を見れば、むしろ敗北に近い結果と言ってもいいかもしれない。

 私たちはいまだに体が元に戻らない。声は普通に出せるようになってきたけれど、体の大きさもほとんど戻らず、変形もかなり時間がかかるし、なおかつ手足を動かすような精密な動きが制限されている。人型ではほとんど動かないし、ユミルンでも走ったり物をつかんだりしにくくなっているくらいだ。

 そして体の状態だけではなく、私たちの環境も悪化した。

 前々から付き合いのあるディラン達やリーノ達は私たちがモンスターで、ある程度とんでもない力を持っていることを知っていたから、それほど動揺は少なかったし、見る目も変わらなかった。

 けれど、あの場で何も知らなかった兵士たちやアスラ、リアナは違う。彼らは明らかに私たちを警戒し、恐れていた。私たちに向ける視線は鞄の中にあっても防ぐことができないほど鋭く、皇王は油断なく私たちに敵意や悪意がないのかを探っていた。

 モンスターであるからにはそういう目で見られることも多少は心積もりしていた。けれど、まるで悪魔を見るような絶対的な恐怖と畏怖を向けられるとは思っていなかった。私たちが特に敵意を向けたわけでもないのに、殺されるのではないかと身構えておびえる様子を見せるとは全く考えていなかった。

 下手をすればディランたちのその後にも関わる。とてもすぐに街の人たちと一緒に喜びを分かち合えるような心持にはなれない。

 「問題は、王族がどれだけ城に帰還しているのかというところでしょうね。」

 目を細めて目の前に聳え立つ白亜の城を睨みながらエラルダが言う。

 「そういえば、ディランの家族はどれだけいるのでしょうか?」

 私はふと頭に浮かんだ疑問を口に出す。

 よくよく思い出してみると、これだけディランの兄弟や王位がらみでごたついているのに、ディランの家族構成についてほとんど知らない。デリケートな問題のためかみんなもあまり深く掘り下げないし。

 今のところ私たちが知るディランの家族は国王と正妃のセレスティアーヌ様。側室でディランの母親であるカトリアーナ様。前国王の正妃である王太后コルネリア様。正妃の息子で長男のウォルトス王子。これまた正妃の次男と三男のルーダス王子とクライフ王子。側室の娘でディランの実妹のイリアナ姫くらいだ。

 これだけ知ってて「くらい」っていうのもあれだけど、正妃には娘もいるらしいし、ディランの実兄もいる。兄妹だけでもまだ知らない人がいるのに、親戚とかも合わせるとまだまだ知らない人ばかりだと思う。

 私たちが小声で尋ねると、ディランは微妙な表情になりながらも城門に着くまでの間に短くまとめて話してくれた。

 まず、正妃の子共にはウォルトス王子、ルーダス王子、クライフ王子と、ディランの義兄にあたる人が3人いて、そこに義弟にあたるマルク王子を加えて息子が4人いるらしい。ウォルトス王子と年子にあたる義姉のフェルノア姫とマルク王子の一つ上の義妹であるメルフェーヌ姫の2人の娘もいて、合わせて6人兄妹だ。

 この正妃の兄妹は一人一人がそれほど仲良くなく、互いに干渉することがほとんどないらしい。ルーダス王子とクライフ王子は以前にもあった通り意見の食い違いで反発しあっているし、まだ本格的に王位争いに参加していないマルク王子とメルフェーヌ姫以外は争いが激化しているという。

 ただ、激化している一番の要因はクライフ王子の過激な行動で、意見に沿わないものをことごとく排除していこうという姿勢が国王の器ではないと、他の兄妹がそれを阻止するという形で動いているので、実際に王位に就こうと思っているのはクライフ王子とルーダス王子の二人だそうだ。フェルノア姫は王になるより研究ばかりをしていたいようで、自身の研究室兼自室からは滅多に出てこないような人で、会う確率は極めて低いとのことだ。

 次に側室の子供だけれど、ディランの上には実兄と実姉が1人ずついるらしい。兄はクライフ王子の二つ上でルーダス王子の1つ下であるアーブラウ王子。だけど、これが驚くことに、ディラン自身は兄を見たことがないらしい。記憶にないような小さなころにあったとかそういう事もなく、本当に一度もあったことがなく、今どこで何をしているのかわからないという。

 姉はマリエールという名で、こちらは兄と違って見たことがないわけではないけれど、ほとんど話をしたことがないらしい。食事の時やちょっとしたときに一言二言話すくらいで、特に親しいわけではなく、そういう意味でも兄妹の中でよく話をして仲良くしているのはイリアナだけなのだ。

 セレスティアーヌ様とカトリアーナ様の親はどちらも国内の名門貴族で、家同士も関係が良好であるため、今の王国は勢力が2分することもなく安定しているほうだという。

 深く掘り下げるときりがないけれど、ここまで聞くだけでも家族関係が大体わかってきた。

 ここまで聞いてわかったこと。ディランの味方少なすぎ。

 これだけ多くの兄妹がいて、親戚がいて、表立ってディランと親しくしている人がイリアナ以外いないというのは物凄く寂しいことではなかろうか。

 というかディランの兄妹のインパクトが・・・なに?あったことがない兄って。それに会ってもほとんどしゃべらない姉と兄が好きすぎる妹って。

 どうにか実の兄妹と母親だけにはディランの支えになってもらいたいところだけど。そこまで動くのは流石にお節介焼き過ぎかな?

 悶々と考えているうちに城門に辿り着き、一行は城の中へと入っていった。
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