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第5章

レギィルでの休息

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 みんなから隠されるようにして立ち去る私たちは、簡単にアスラとリアナに別れを言って山を下りた。事情を知るリアナは戸惑ったもののすぐに了解したが、実際に私たちがスライムとして姿を現したのを初めてみたアスラはすぐに離れることを良しとせず、説明を求めてきた。

 「今は一刻も早くここを離れたい。事情を聴きたいなら一緒に来てくれ。」

 少々乱雑な対応になってしまったが、アスラは気に留めることなく黙ってついてきた。側近の一人だけを連れて、ほかの側近とリアナに後始末を頼む。

 「皇王様にドラゴン討伐の完了を報告せよ。それから戦利品もできるだけ多く持ち帰れ。肉はほとんど残っていないが、鱗や骨もかなりの価値がある。拾えるものは欠片でもいいから余さず回収せよ。」

 「はっ!」

 私たちの後についてきながらアスラは側近に命じる。側近はすぐに走っていき、命令を遂行するために動く。

 山を下り、馬を回収してしばらく南へ走る。その間も誰も言葉を発することはなく、しばらく馬の蹄が雪を踏みしめる音と冷たい風を切る音だけが耳に届いた。

 それから1時間ほど経って、馬を休ませるために歩く速度までペースを落とした。戦闘が終わったころには空が白んでいてもまだ暗いという明るさだったが、今はもう周りがよく見渡せるくらいに明るく、天候も曇っているだけで雪は降りやんでいた。あと数時間程走れば遠くに国境門が見えてくることだろう。

 ずっと最後尾についていたアスラとその側近が段々と先頭にいるディランへと近づき、隣に馬を寄せた。

 「そろそろ聞かせてくれんか、ディラン王子。今ルーナ嬢が鞄に忍ばせているのはスライムだろう?そして、王子らは皆一様にそれをライムと呼んだ。人に化けた時の姿は私や皇王様の前に姿を見せたエスカートの庇護を受ける少女のように見えた。私の言っていることに間違いはあるか?」

 鋭くディランを睨み、自分の考えが正しいかどうか確認するアスラに、ディランはまっすぐ前を向いた状態で軽くうなずいて見せた。

 「アスラの考えている通りで大体合っている。別にアスラやアーデル皇を謀っていたわけではないぞ。ライムがスライムであることは隠しておかなければならないことだ。それはライムの身の安全を考える上で非常に重要だったために、人の姿をとらせただけだ。」

 「身の安全を考慮するなら姿を隠したままのほうがよかったと思うが?」

 アスラの言葉にディランは無言のまま少しだけ視線をそらした。表情は変わっていないように見えるけれど、ほんの少しだけ痛いところを突かれた顔になっているように見える。

 アスラもそれを察して追求しようと口を開いたが、言葉を発する前にディランが咳払いをしてそれを遮る。

 「とにかく、俺達には何もやましいところはないし、皇国に不利益を被るようなこともしない。皇后様にはライムを諦めてもらうしかないが、そもそも俺たちもライムを手放すつもりはない。ライムがスライムだったとしてこれまでと何も変わらないのだから、これ以上追求しなくてもいいだろう。」

 「いや、問題ならある。」

 ディランがさっさと話を切り上げようと話を締めくくろうとしたが、アスラはそれを許さなかった。

 ほんの少し前に出てディランの行く手を遮り、馬を止めた。ディランも、その後ろをついてきていたみんなも馬の足を止め、アスラに注目する。

 「まず、スライムであるという時点で大問題だ。モンスターの中でも害獣指定され、知能のかけらもない全てを飲み込む存在だったはずのスライムが考え、我々の側に立って力を振るっているということは、それだけで王子一人の手に負える問題ではなくなっている。百歩譲ってスライムであるということに目を瞑ったとしても、ライムが行なった今回の一件はとても看過できるものではない。」

 アスラは厳しい表情をさらに険しくさせて、ディランをまっすぐに見つめる。

 「ディラン。ライムの力は危険だ。たった一匹でドラゴンを圧倒し、鱗と骨などの残骸を残して滅ぼし尽くさせるような存在だぞ。その脅威度は今回のドラゴン以上だ。とても人が御せる力ではない。それを仲間といい、保有しているのはレゼシア王国の王子だ。お主等が何と言おうと、外から見れば世界を狙う魔王国と同じくらい警戒してしかるべき連中だと判断するだろう。それを笑って見過ごせるほど、私は寛容でもお気楽でもない。」

 アスラは視線をディランから外してルーナの鞄の中にいる私たちに向ける。

 「今ここで処分しようと動くほど性急な対応をとることもないが、それでも詳しい話は聞かせてもらう。皇王様も交え、王子らの今後についてじっくりと話すことになるだろう。拒否は敵対とみなす。よろしいな?」

 厳しい態度を崩さないまま、アスラはディランに視線を戻し、脅迫交じりに確認する。

 ディランは目を細め、アスラの視線に対抗しながら静かに首肯した。

 「わかった。俺たちもライムから聞いていないことがある。ライムが回復し、話す態勢が整い次第、皇王様とアスラを交えた話し合いの場を設けることにしよう。ただ、今は皇都にも街にも顔を出させたくはない。せめて人の少ない国境門にて休息した後にしたい。」

 「街でなくともレギィルなら人目につくことなく休息が取れる。なにか国境門でなくてはいけない理由でもあるのか?」

 疑いの目をしてアスラが問い詰める。

 視線を外すことなくディランは少しだけ間を置いてから、諦めたようにそっと息を吐いた。

 「わかった。ではレギィルで休息をとろう。確かに、皇都に向かうならレギィルのほうが幾分近いからな。」

 進路を国境門から近くにあるレギィルへと変更し、ピリピリとした雰囲気のまま馬を走らせた。

 2時間ほど走ったところで遠目にはっきりと村が見え出した。雪で真っ白に染め上げられている風景の中に森や山とは違う人工物の影がかすかに見える。

 雪のない時期は畑だろう地を駆けてレギィルの村に入る。出発当初と変わらないさびれた村だけど、騎士や兵士らで溢れていた時と違ってその寂しさがより顕著に表れているような気がした。

 本当にここはちゃんと運営されているのだろうか?

 村中央にある貴族の豪邸は、村の端からもよく見える。家が少なすぎて歯抜けのような感じになっているこの村では、かなり大き目の村であるにもかかわらず、村の隅から村全体を見渡せるほどで、通りには人がほとんどいない。冬の間は外に出る者が少ないから当然といえば当然だけど、それでも住民の声が子供も含めてほとんどしないのは異様であると言えた。

 しかし、それには誰も触れず、村唯一の小さな厩舎に馬を預けた後、少ない宿の一軒を訪れて宿泊手続きを済ませる。

 「アスラもここに泊まるのですか?」

 ルーナが当然のように部屋の鍵をもらっているアスラを見ながら不思議そうに首をかしげる。それはルーナだけの疑問ではなく、アスラ以外の全員の疑問だったようで、言葉にせずともみんな首をかしげている。

 「逃げられてはたまらんからな。部屋を共にしてまで監視することはないが、念のためだ。」

 ディランがきちんと約束したことで、これまでの言動からも嘘を吐かずにちゃんと説明してくれると考えてはいるが、それでも万が一というものはあると言う。

 話を聞いていても、やはり私たちは相当に目をつけられているみたいだ。時折こちらに目を向けてくるアスラだけれど、その瞳には恐れと警戒が秘められている気がした。

 「部屋に荷物を下して少し休憩した後、女性の部屋に集まって軽く話をする。ルーナ。ライムのことを頼む。」

 「わかりました。」

 ルーナが鞄越しに私たちのことを撫でながら了解し、女性と男性とアスラでそれぞれ部屋に入る。

 荷物を下し、全員がくたびれたようにベッドや椅子に座る中、ルーナは鞄から小さくなってしまった私たちを心配そうに見ながら外に出す。

 私たちの大きさは今やソフトボールと同じくらいの大きさになってしまっている。バスケットボールよりも少し大きめになっていた私たちの大きさを知るルーナは、半分以下になってしまった私たちが心配でならないらしい。

 「本当に大丈夫なのですか?無理はしていないですか?」

 「痛みも・・気持ち悪さも・・ないので・・・たぶん・・大丈夫です。」

 強いて言うならば魔力が圧倒的に足りない。けれど、魔力を回復させるような便利薬がないので、自然回復を待つしかない。今のままでは話すことさえ難しいけれど、何も有効な解決策がないのだからおとなしくしているしかないだろう。

 あとできそうなことといえば、体の大きさを戻すために食事をとることくらいだろうか。どうやら異次元ポケットに収められていた食料は全て消費されてしまっているようで、さらに非常食としてコツコツとためてきた草や石ころなんかもきれいさっぱり消えている。極めつけは宝や武器、便利道具の一部も消失しているので、後でみんなに怒られるのではないかと戦々恐々としている。

 ともあれ、ここからさらに財産を削ることはしたくないし、全く減っていない赤い大樹は食べるとすごく危険な気がするので食べられない。よって、体をもとの大きさまで戻すことは自分ではできない。大樹の場合はそもそも食べられるのかどうかさえも怪しいけれど。

 レナに作ってもらうにしても材料がないし、食事処で食べるにしても体がうまく動かないのでこっそり人目につかず触手を伸ばすことも難しい。回復はかなり難しそうだ。

 「ごはん・・・買える?」

 「ごはん。確かライムは食べると体が大きくなりましたね。食べれば体の大きさも元に戻りますか?」

 ルーナの問いに私は小さな声で答えると、ルーナの横で聞いていたレナがすぐに立ち上がった。

 「私、すぐに食料かき集めてくるね。お店が出てなくても探せば食べられるモンスターや動物がいるかもしれない。」

 レナが笑顔でそう言ったことに対して、私は大きく身震いしてしまった。悪気があって言ったのでないのはわかっている。狩りの時はいつも言っていたことだし、食事の中にはモンスターの肉や卵が使われていることも知っている。レナはいつもの通りふるまっているだけだ。

 けれど、今の私にはとても許容できない。モンスターの真実を聞かされた私には、どうあってもそれを口にすることなどできない。

 私はすぐに飛び出していきそうなレナに慌てて声をかけた。

 「レナ。モンスターは・・・ダメ・・・食べたくない。」

 いつもは好き嫌いなく何でも食べていた私たちがわがままを言ったことにレナは目を丸くした。

 けれど、深く追及はせずに笑顔で頷いてくれた。

 「わかった。それじゃあ何か動物や木の実なんかがないか見てくるね。」

 レナはそう言って部屋を飛び出し、村中を駆け巡った後にランベルと一緒に村の外に出て行った。

 レナが深く追及してこなかったことに安堵しつつ、私はこれからどういう風にこの世界と向き合って行けばいいのかわからず、頭を抱えたのだった。
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