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第4章

最悪級のドラゴンとの死闘 6

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 群れから脱した私たちを追撃しようというモンスターはいなかった。

 後ろを振り返ってモンスターの動向を確認するけれど、こちらを見ているモンスターは一匹も確認できず、皆我先にと近接部隊のほうへと向かって行っている。

 「似たことはできるといっただろう。」

 モンスターの動きを確認していた私たちは声をかけられてはっとドラゴンに目を向ける。

 ドラゴンは先ほどまでの観戦気分といった雰囲気を消していて、油断なくこちらの動きを探っているように目が動いていた。

 「これだけの者たちを完全に制御することは我には出来ぬ。精々が単純な命令、それも機械的な単一の命令を実行させることくらいしかできぬ。我の意思を通して融通させることができないのだ。目の前にいる敵を食らえ。では目の前からいなくなればどうなるか。わかるであろう?」

 ドラゴンの命令は「我の前に集いて」と「眼前に立つ敵を屠れ」であると言った。つまり、ドラゴンの命令に従って集まったモンスターたちは、文字通り眼前の敵だけを狙って攻撃を仕掛けているのだ。

 後ろに抜けてモンスターの目の前から消えてしまった私たちを狙わないのは、融通が全く利かない能力によって、命じられた以上の行動ができないからであるということがわかった。

 それを聞いて私たちは苦虫を噛み潰したような気分になった。

 もしも、目に見える敵だけに襲い掛かるということなら、モンスターに囲まれた時にルーナのもとに戻って姿隠しの障壁を張っていれば、近接部隊の援護をしつつ今よりももっと効果的な戦いができていた可能性があるのだ。

 けれど、その後悔を私たちはすぐに否定する。もしももどって結界を張ったとしても、周囲をモンスターに固められては位置がバレバレの状態になるだろう。仮にモンスターに襲われなかったとしても、近接部隊が手間取っている間にドラゴンから集中攻撃された可能性もある。どちらにしても良い結果にはならなかっただろう。

 私たちはドラゴンをゆっくりと見上げる。

 みんなが頑張って負わせた傷はほとんど消えていて、矢が突き刺さっているところだけは今も血をしたたらせている。けれど、その出血量も大したものではない。

 私たちが放った剣によって爆散した喉の裏側も皮膚と鱗が治っていないだけで大きな損傷は見当たらない。喉の奥深くに突き刺さっているので一番傷が深く残っているけれど、生命活動には支障がないらしい。とんでもない生命力だ。

 「しかし、まさか勇者のなりそこないがいるとは思わなかったな。エスカートは他国の問題には干渉せず、その候補も国から出ることを禁じられていることが多いと聞いたが。」

 私たちからディランへと目を向けて、物珍しそうに呟く。

 「誰に聞いたのかは知らないが、俺がアスタリア皇国への救援に行くことは国王も承認している。それに、そもそも今その話は俺にも、そしておまえにも関係ないことだろう。」

 ディランはゆっくりと剣先をドラゴンに向けて静かに告げると、ドラゴンも「確かにそうだな」と口端を吊り上げる。

 「例えエスカート候補であろうと、契約を結んだ真のエスカートでない限り、我と渡り合うことなどできぬ。まあ、精々持ちこたえて後ろにいる仲間たちの死を見届けるのだ、な!」

 話を切り上げると同時にドラゴンの尾が死角から振り下ろされる。

 その動きを予測していたようにディランが私たちの手を引きながら横にステップを踏んで回避する。

 尾は一度大きく地面を打って大地がひび割れするほどの衝撃と揺れを起こしてから私たちを追従するように大きく横に薙ぎ払う。

 今度はその動きを見ていた私たちがディランの背中を押す形でひれ伏させる。私たちの上を通過する尾はそのまま傾斜のついたカルデラの地面に激突して、大きく地面を穿つ。

 (あんな威力の攻撃を避けながら戦闘してたの近接部隊は!?)

 (一発でも食らったプチッといかれそうだね。)

 おそらく打撃に強いだろうスライムでももしかしたら爆発四散するかもしれない。そんな威力の攻撃を次々と躱しながらドラゴンに傷を負わせるために剣を振るっていたのだとしたら、相当な精神力の持ち主たちだ。とてもじゃないけど私たちではまねできない。

 まねできないとしたらどうするかといえば、もちろん直接攻撃が届かないところからの支援に徹するために後方に下がりたいのだけど、どうやらそれは許してもらえないらしい。

 一旦距離を取ろうとディランと二人で後ろにさがったのだけど、その先をドラゴンが魔法を使って塞いでしまったのだ。

 普通の炎とは違う青色の炎がディランと私たちの逃げ道を塞ぐ。どうやらブレスが封じられても魔法自体は使えるらしく、指を動かして炎の魔法を制御している。

 「逃がさないと言ったはずだぞ。」

 そう言ったドラゴンの目に冷静さの中にも激しい苛立ちを感じられた。

 じっとこちらの動きを観察するドラゴンの隙をどうにか作りたくて、私たちはずっと抱えていた疑問を口にする。

 「どうしてそこまでして私を狙うのですか?あなたに何かした覚えはまるでないのですが。」

 「わからないならそれでもいい!」

 言下に大きく振り下ろされた手から横っ飛びに回避して、素早く態勢を整える。段々とディランに動きを合わせてもらうはなくても動けるようになってきた。

 それに、質問をした直後の攻撃は少し精彩を欠いていたように見えた。先ほどの尾の連続攻撃ほどの脅威を感じない。

 「何もわからないままに狙われるのは迷惑です。語るほどのものでもないような小さなことで殺されるのですか私は。」

 「小さなことだと?」

 今度こそはっきりと心を乱したドラゴンの声には怒りに満ち溢れていた。

 何でそこまで怒っているのかはわからないけれど、ここまで隙だらけになるのは好都合だ。ディランもそれを察したらしく、一度手を放して二手に分かれる。ディランは走りながら剣に纏わせる光を溜める。そして、私たちはディランからこちらに注意をそらすために複数の魔法と魔弾を打ち込む。

 けれど、どうやら私たちの行動はあまり意味がなかった。打ち出した魔法や魔弾はそれなりの傷を負わせたけれど、注意自体はそもそも私たちだけに向けられていて、攻撃を回避することなく重い一撃を繰り出してきた。

 (まずい!)

 ドラゴンの魔法によって青い炎をまとった尾が迫ってくる。どうあがいても避けられない攻撃を直感した直後には、ローブについた魔石が2つ砕けていた。

 一つは間に合わせで作った風の障壁。空間を断絶する障壁に比べると質が格段に落ちるけれど、それでもこの一撃を耐えることができるほどではあった。障壁と触れた瞬間に尾は思い切り弾き飛ばされて、障壁もすぐに霧散してしまった。

 もう一つは反射の魔法。相手の攻撃を威力数倍にして返す強力な魔法だけれど、物理攻撃はほとんど跳ね返すことができない。青の炎がドラゴンの体に飛んでいくけれど、それはドラゴンが咄嗟に作り出した炎魔法で相殺される。

 まさかたった一撃で二つの魔石が発動してしまうとは思わなかった。防御にまわされている魔石はあと2つ。厳密にいえば即死を回避できる魔石が一つとある程度の威力ならば無効化できる魔石が一つだけだ。

 ローブを変えれば防御はできるけれど、寒さで動きが制限される可能性がある。ドラゴンの近くという事もあって熱気を感じる一方で、ひとたび風が吹けば真冬の冷たい風が当たるのだ。いちいち動きやすさが変わるのは正直に言って非常に面倒だ。変更できても精々秋のローブくらいだろう。

 そもそもの話、ドラゴンがローブを着替える隙を与えてくれるかどうかも微妙だ。恐らくこちらが隙を見せた瞬間を狙って確実に息の根を止めに来るだろう。先ほどの攻撃からもそれがわかる。

 「面倒な守りで固めているな。忌々しい!」

 それからは尾と爪から繰り出される連続攻撃に見舞われ、その全てを間一髪のところで回避することになった。

 ただひたすらに体を捻り、変形させて攻撃を躱すけれど、全てをよけきる事なんでできない。かすり傷が増え、神経をすり減らしてもまだ足りないほどに集中する。一瞬たりとも気が抜けない状況に、目の前の事だけで精一杯になる。

 (早く!ディラン早く!) 

 (もうもちそうにないよ!)

 ディランの攻撃で全てが決まることがないにしろ、早く動きを止めなければ直に躱しきれなくなる。ギリギリのところで何とか持ち堪えられている状況を長時間続けられるはずがない。

 そして唐突にその時は訪れた。集中していたはずなのに、これ以上ないくらいに研ぎ澄ませていたはずなのに、私たちはドラゴンの攻撃を受けて少しづつ変形していた地面に足を取られた。

 ドラゴンもその隙を見逃してはくれない。渾身の一撃が、私たちが態勢を立て直す暇を与えないほどのスピードで押し寄せてくる。

 パンと魔石が弾け飛ぶ。即死を防ぐ魔法が作動する。けれどそれはあくまで即死を防ぐだけで全ての衝撃を受け止めるような障壁ではなかった。

 ドラゴンの爪が私たちの胴を薙ぐ。引き裂かれはしなかったものの、その衝撃を殺しきることなく、思い切り吹き飛ばされ、傾斜のある地面に激突した。

 地面は私たちの形に陥没し、それでも衝撃を殺しきることができずに無数の亀裂が走り、砕ける。

 痛みはない。もともと痛覚を切っていたから攻撃を受けても問題はなかった。けれど、それ以上にそこから湧き上がってくるような恐怖が心を鷲掴みにした。

 これが死の恐怖であるという事を理解するのに時間はかからなかった。本能的に、私たちはこの攻撃が死に直結するほどのものであるという事を感じたのだ。

 無意識的に次の攻撃を避けようと必死で体を動かそうとする。けれど、先程まで自由に動かせていた体が途端に言う事を聞かなくなる。

 (不味い不味い不味い!)

 (のーちゃん落ち着いて!)

 恐怖に縛られ、どうやって動かしていたのかが思い出せない。

 焦る。汗は出ないはずなのに、全身びっしょりと汗まみれになっていると感じる。温度を感じないようにしているはずなのに、まるで凍り付いたように全身が冷たい。

 (のーちゃん。冷静になって。落ち着いて。大丈夫だから。ちゃんと、前を見て。)

 美景の言葉を薄っすらと聞きながら、暗く狭くなっていた視野を広げる。徐々に見えてきた視界では、ドラゴンが苦悶の表情で私たちの反対方向に顔を向けているのが見えた。

 「小賢しい成り損ないめが!」

 ドラゴンが激高する相手が誰であるかを察して、ようやく落ち着きを取り戻した。
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