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第4章

奇襲

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 松明の明かりがなければ足元すらおぼつかなくなる程に暗くなった。日が沈んでしばらく経ち、月の明かりは分厚い雲に覆われて、パラパラと雪が舞っている。もうしばらくしたら天候が悪化するかもしれない。

 そんな頃にようやく私たちは山脈の頂上に到達した。山脈の頂上は緩やかな斜面と大きなカルデラで構成されており、誰も足を踏み入れたことがないのがわかるほどに深く雪が積もっていた。

 行軍途中から雪に足の脛のあたりまで埋もれさせてしまっていたのだけど、今では膝あたりまで埋もれてしまう。歩くだけでも困難で、これからの戦闘で近接戦が不利になることが容易に想像できた。

 「足を取られてはまともに回避することも難しいですね。」

 私たちが小声でルーナにそう言うと、ルーナも自分の足元を見ながら息をつく。

 「前衛の人ができるだけ雪をかき分けているので、今はまともに歩けていますが、突然の回避行動をとるのは難しいでしょうね。後退することはできても、左右に散開することはできないでしょう。」

 部隊の両端に目を向けてみれば、人の身長とほぼ同じくらいの雪の壁ができているのが見える。均すのが難しくなってからはかき分けて進んでいることで、どうしても左右に雪をどけなくてはならなくなり、こうして壁ができてしまったわけだが、こうなると後ろ以外には逃げ場がなくなる。

 こうなることを予想して、素早く逃げるよりも攻撃を防げるようにタワーシールドを装備させているのだろうけど、恐慌状態になって隊列が崩壊したときは一気に滅ぼされるような気がする。少なくとも立て直すことはできなくなるだろう。

 私たちがそう懸念していると、ルーナは「そうならないように動くしかありません。」と苦笑する。

 「常に私たちは戦える。善戦している。勝利するのだと部隊全体を鼓舞し続け、少しでも大きな活躍を見せていかなければいけません。一度負けるかもしれない、死ぬかもしれないと思ってしまえば、心に巣食った恐怖心を取りはらうことは難しいですから、統制が利かなくなるでしょう。」

 一部の人だけでもいい。ドラゴンに傷を負わせて勝利を信じさせなければ戦線は容易に崩壊するとルーナは言う。

 特に、今回のように勝てるかどうかが未知数な相手と戦う場合はそうだろう。戦争の場合は相手は同じ人間だ。手段も技術も、おおよその想像はつくし、兵力によっては一見して勝敗がわかるというものだ。

 しかし、今回は相手がドラゴンだ。それも知恵と強大な魔法を扱う巨竜だ。こちらの攻撃が効くのかどうかもわからず、一度敗走している分、恐怖がぶり返す恐れもある今回の相手では、通常よりも簡単に恐慌状態に陥る可能性があるだろう。

 「・・・見えた。」

 前にいる兵士の呟きを拾い、多くの人が兵士の視線の先を見る。

 最前列の者たちはすでに臨戦態勢を取っており、波のように前から順に装備を構えて身を引き締める。

 巨大なカルデラに収まりきらないようにして眠る一頭のドラゴン。その大きさは小山ほどもあり、翼を広げれば点を覆い隠すことができるのではないかと思うほどである。体は血のように赤黒く、強靭な鱗の隙間からはほんのりと赤い光が漏れているようだ。

 呼吸音が聞こえる。それを聞いただけでも震え上がりそうなほどの存在感。生物の頂点として君臨するその巨躯を横にしたカルデラやドラゴンの周囲は何故か雪がなくなり、水蒸気を発していた。

 「寝ている・・・のか?」

 「こちらには気づいていないようだが。」

 「今が好機なのでは。」

 周囲から小声でそんな言葉がやり取りされるが、ドラゴンが身じろぎする度に息をのんで口を塞ぐ。

 最後尾にいるアスラもドラゴンを確認できるほどに前進した後は、アスラが隣の魔法使いに命じて複数の魔石を空に投げる。

 色とりどりの光が障壁内に広がり、その光の意味を部隊全員が読み取る。

 『3班に分かれ、散開せよ。』

 あらかじめ決められていたように、左右に弓兵部隊が分かれ、前衛の盾役とともに雪をかき分けて進んでいく。

 中央は比率的に最も多い魔法部隊であり、威力と命中率をぎりぎりまで上げるために少しずつ前進していく。

 左右の弓兵部隊が障壁のぎりぎりまで進んだのを確認してから、一斉に松明の明かりを消した。ドラゴン自体が赤く光っていることから、松明がなくても標的がよく見える。

 「ライム。」

 静かにルーナに呼ばれて、美景が光魔法を打ち切る。するとほんの少しだけ明るさが増し、ドラゴンから発せられる明かりがより強くなった気がした。ずっとサングラスをしていたところで不意にサングラスを外した時のような感覚に、みんながほんの少し目を細めた。ほんの少しの違いなのですぐに目が慣れる。

 ルーナも風の障壁を打ち切った後はより慎重に全員が行動する。雪をかき分ける先頭はあまり大きな音をたてないように、動きが大きくなりすぎないように丁寧に分けていき、それについていく者たちは足音がしないように、鎧や武器が音をたてないように気にするように動く。

 十数分後には3班の配置が確定した。右弓兵部隊はドラゴンの頭部が一番近い位置で、狙うは頭部と翼。左弓兵部隊はドラゴンの尾が一番近い位置で、狙うは両足。そして中央魔法部隊はカルデラ端ギリギリの位置で横一列に展開していて、狙うはドラゴンの横腹と頭部と翼。このうち比重が大きいのは頭部と翼である。次に両足で、腹は一番的が大きいために制御が難しい複数人の魔法使いが狙う。

 ルーナは当然頭部狙いだ。列の一番右端であるここからでも頭部まで軽く数百メートルはあるけれど、ルーナならば十分狙える距離らしい。もちろん途中で的が動かれると難しくなるけれど。

 私たちもほとんど動かないのであれば届かせることはできると思う。けれど、当てることができたところで威力が伴うかと言われると、それははっきりと伴わないと言える。出力が足りず、途中で減衰して当たるころには当初と比べ物にならないくらい威力が落ちてしまうだろう。

 ルーナの場合はそれを克服する術があるようなので、私たちはルーナの見本を見てから攻撃に参加しようと思っている。

 他の魔導士もルーナと同じく遠くに飛ばしても威力が衰えなくできるらしいけれど、魔法使いにはそれができない。魔力を限界までため込んで強力にした魔法で無理やり届かせるしかないようだ。

 魔法部隊がタワーシールドを構えた騎士の背後に隠れながら魔法を準備していく。演算し、狙いを定め、徐々に魔力を杖の先に集中させる。ルーナも短杖を取り出して静かに動かしながら魔力を動かしていく。

 同時に、ルーナが空いている手を動かして短杖の先端に集まりだした魔力を包み込むように魔法を展開しているのが見えた。恐らく、これがルーナの言う魔力を衰えないようにする方法なのだろう。

 原理としては障壁で魔法をコーティングして、それを打ち出し、障壁によって魔力が霧散することを防ぐのだろう。的に当たるころには障壁も効力を無くし、中の魔法が展開すると。障壁を強く張っておけば、魔法が当たった瞬間に障壁が壊れて、まるで爆弾のように魔法を作動させることもできると思う。

 見れば他の魔導士たちも少しだけやり方が違うもののほとんどルーナと同じやり方だった。得意な魔法によって水であったり土であったりするだけである。ルーナは勿論風だ。

 攻撃の準備が整った。ルーナが背後に顔を向け、指揮を執るアスラに目配せする。

 アスラは軽く頷くと、ゆっくりと手を挙げ、隣の魔法使いに視線を向ける。魔法使いはスリングショットを取り出して、信号弾と同じ役割をする魔石を装填する。恐らくかなり高い位置に打ち上げるため、手投げでは力不足になるのだろう。

 アスラが勢いよく手を振り下ろした。すると魔法使いも目いっぱい引き絞っていた魔石を打ち放つ。魔石はあっという間に夜の空に消えていき、すぐにドラゴンの頭上、遥か上空で弾ける。黄色い光が拡散し、作戦決行の狼煙として役目を果たした。

 それを確認した3班の前衛がタワーシールドを伏せて弓兵と魔法使いの前を開ける。

 3班がほぼ同時に攻撃を放ち、ルーナの魔法がドラゴンの頭部に着弾した。爆音を響かせ、矢がドラゴンの鱗や翼膜を貫き、驚きと怒りと苦しみの声が響き渡る。

 長いドラゴンとの戦いが、こうして幕を開いた。
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