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第4章

クライフ王子の証拠品

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 皇都を出発して数日。馬で一気に駆け抜け、時には雪に埋もれて見え辛い道を、時には深い森の中を、時には山間の細道をひた走った。休息は最小限にとどめ、それでもあまり急ぎすぎると馬がもたないからと小刻みに止まりながらも過去最高のペースで国境門まで到達した。

 ドラゴンとは特に遭遇しなかった。私たちがずっとルーナのカバンの中から出ず、外を見ることもなかったからか、察知されずに無事国境門までたどり着くことができた。

 姿すら見なかったとディランは言うけれど、それはおそらく姿を隠したままでいるためだろう。私たちがよく目を凝らしていれば、もしかしたら近くを飛んでいたかもしれないけれど、それは同時に私たちが発見される可能性も秘めていたために、万全を期すために私たちは一度として外に出ることはなかった。

 食事中にまで鞄の中にいたので、周り、特に女性陣にわりと心配をかけてしまったけれど、ドラゴンに見つかってしまうよりはましだ。

 一見すると鞄に料理を流し込んでいるようなとてもシュールな絵だけれど気にしない。

 国境門まで来れば後はこちらのものだ、目立たないように動く必要性がなくなった分、一直線に混成部隊と別れた地点に向かう。

 部隊との合流は意外と簡単だった。というのも、部隊が野営していた場所は近くに村や街がなく、一番近くでも馬で半日はかけなければいけないほどの距離だ。確かオークラットという街がそうだ。そうなると、火を使うことでできる煙を見つければすぐに野営地を発見することができるのだ。

 野営地に着くと、妙に兵士や騎士が忙しなく動いているのが目につき、迎え入れてくれたのは部隊長とその補佐だけだった。

 「妙に忙しくしているようだが、何かあったのか?」

 ディランが部隊長に忙しく動いている人々を眺めながら問いかけると、部隊長は何やら仕事を一つ片付けた時のような爽快感というか充実感のようなものを感じさせた。

 「ディラン王子にもご報告したいと思っていたところです。立ち話もなんですから向こうの天幕の中へどうぞ。」

 別れる前よりも表情が明るい部隊長を訝し気な表情で見るディラン。部隊長に促されるままに中央にたてられた大きめの天幕へと足を運んで中に入ると、全員が座れるように席を用意して温かいお茶まで用意してくれた。込み入ったお話になるのだろうか?

 「まずは、物資のほうはどうなったのでしょうか?皇国からは受けられたのでしょうか?」

 一見すると物資のぶの字も見えないくらいに軽装なディランたちである。皇国からの物資が受けられているかどうかはかなり重要なことなので、最初にルーナを見ながら質問された。

 ルーナは手筈通り私たちが入っている鞄に手を入れて、私たちは用意していた食料の一部をルーナに渡す。ルーナが鞄から出したのは鞄よりも少し大きめの麻袋に入った大量の干し肉だ。

 「この通り、皇都からしばらくは賄えるほどの物資を受け取ってきました。」

 「拡張式鞄ですか。しかしそれではあまり荷物を運べないのでは?重量はそのままだったでしょう。」

 部隊長は首をかしげるけれど、ルーナはしっかりとその言葉への回答を用意している。

 「私が使う空間魔法での収納だけでは容量が少し足りず、比較的軽めのものはこちらの鞄に入れているのです。今すぐ確認しますか?」

 実際に異次元ポケットに収納している私たちからすれば全くそんなはずはなく、むしろ空きのほうが多いくらいだとわかっているけれど、空間魔法なんて身近に使える者などほとんどいない魔法の容量を魔法使いでもない部隊長が知っているわけもない。

 部隊長は少し考えてから横に首を振った。

 「いえ、物資を受けられているのならばこちらとしては何も問題はありません。物資はまた後程空いている馬車に積み込んでいただくことにしましょう。まずはお話を進めることのほうが先決ですので。」

 どうやらこの場で荷物を検分することはなくなったようだ。その場合は少々面倒だけど、ルーナの袖口まで触手を伸ばして、ルーナの動きに合わせて物資を出す算段になっていた。けれど見るものが見れば魔法が変な場所から使われていることがわかるので、極力避けたかったのだ。

 私たちが人の姿になって出してもいいのだけど、最初にルーナの魔法で収納するといっているし、そもそも部隊と行動していた際には私たちはその場に顔を見せていなかったのだ。いきなりディランの婚約者(偽)が現れて物資を出すのはおかしいだろう。

 ちなみに婚約者のライムは城の一室でお留守番をしているという話になっている。別に公表はしていないけれど、上役には知られていることなので特に聞かれることもない。理由としては婚約した以上、ドラゴン討伐などという危険な戦いに連れていくことはできないと、婚約者を心配してディランが留守を願い出たということになっている。

 「ではこちらの本題に参りましょう。私たちは実は混成部隊の第一陣として、続く第3陣までの部隊の先頭に立って皇国との合流を果たし、先に作戦の確認とすり合わせをする目的で王都を発ちました。ただし、それは目的の一つにすぎません。」

 部隊長は天幕の奥に置かれている簡易机の上に置いてある大量の煤けた資料のうちの一枚を手に取りながら話を続ける。

 「この混成部隊の構成はウォルトス王子の派閥ないしディラン王子を支持する者たちだけで構成された部隊で、私たちはウォルトス王子より進路近くにある街のオークラットを調査することを命じられていました。」

 「オークラット・・・確かここから半日ほど走った場所にある小規模な街だな。しかしなぜそこに調査を?」

 「ウォルトス王子の部下にクライフ王子の動向を秘密裏に調べさせていたところ、最近はこのオークラットへと足を運ぶことが多かったそうです。騎士団に動かないように指示した後も一度オークラットへと足を運んでいたことから、何かを隠しているのではないかとウォルトス王子は考えたようです。」

 もともとは遠くを偵察中の者がオークラットの方向で不審な影を見たとか言って、少数をオークラットに向かわせようとしていたらしいが、ちょうど皇都から行軍停止の話がきて、さらにディランたちが皇都へとそろって向かうことになったので、その間に調べさせたのだという。

 「なぜ私たちにまで黙っていた?別に隠すようなことでもないだろう。」

 ディランがウォルトス王子の真意を探るように部隊長を見る。

 部隊長は少し困った表情をして説明してくれた。

 「それが、確定的な情報ではないのであえて説明する必要はないと言われまして、特に質問などがなければクライフ王子に関する情報が上がった時に説明すればいい、と。」 

 秘密にしていたわけではなく、聞かれなかった答えなかっただけであるという主張に、ディランは呆れたようにため息吐いた。

 私たちもため息を吐きたい気分にかられる。ディランへは特に声をかけずに、勝手にディランの後援をして国王にもなれるように暗躍していたウォルトス王子らしいといえばらしいけれど、もう少し報連相をきちっとしてもらえたほうが助かるというものだ。これではあらぬ疑いをかけられても仕方がないだろう。

 ディランもウォルトス王子に悪意がないことはわかっているのか、ため息を吐くだけで特に何も言わずに話の続きを促す。

 「それで、この話をしたということは、クライフ兄上に関する証拠が見つかったのか?」

 「はい。こちらがその一部です。」

 部隊長が手にしていたところどころ焼け焦げている紙をディランに渡す。文字の部分も焦げ付いていてすべてを読むことはできないけれど、それでも紙の最後の書かれている印と名前だけははっきりと読むことができた。

 「そうか。文面を見る限り、何かの取引をしていたことはわかるな。読める部分の単語を拾っていくだけでもところどころ怪しい物の名がうかがえる。暗号化されているのだろうが・・・。」

 ディランが文章を流し読みしてそこまで言い当てたのに部隊長は驚き顔となった。

 「さすがはディラン王子。ほんの少し読まれただけでよくお分かりになりますね。おっしゃる通り、これは取引に関する資料の一部で、暗号化されているために一見すれば他愛もない手紙のやり取りのようにしか見えないようになっているのですが・・・。」

 「ポートに見せればもっと多くの情報がわかるだろう。」

 隣に座るポートにちらりと見せると、ポートはディランよりも短い時間目を通しただけにもかかわらず笑って頷いた。

 「これくらいならすぐにでも解読できる。焼け落ちた文章の補完もある程度できるだろうな。」

 「それはありがたいことです。討伐作戦が終わった暁には是非ご協力を。」

 「いや、俺はもう特殊部隊を抜けている。現役に任せたほうがより確実だろう。」

 ポートは苦い顔をして断ると、部隊長も確かにと納得顔で頷いた。

 「ああ、そう言えば、この調査でこの証拠品を手に入れたのは、確かリーノ様の義兄上であったはずです。彼のおかげで証拠品もこの通り全焼を免れ、証拠品として十分使えるものとして残りました。」

 部隊長が思い出したように言ったその言葉に、全員がリーノに目を向けた。

 リーノは驚きの表情で固まっていて、しばらく口を開けたまま呆然としていて、意識を取り戻した瞬間にざっと動いて天幕を出て行った。

 天幕の外から「リック義兄上!リック義兄上はどこか!」と声を張り上げているのが聞こえた。
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