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第4章

なんだかムカムカするよ。

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 ディランとの婚約発表。

 もちろんこれは芝居である。演技である。つまりは虚構であり、作り話であり、実際には婚約はしないということである。

 ではこの芝居をすることの意味とは何か。

 私たちはエレア=フォン=フルーレアというエスカートの庇護を受けた存在である。それは、王族と並び立つほどの地位にあるものであり、そこらの貴族では太刀打ちできないほどの価値があると言っていい。

 ならばエレアと婚約したほうが都合がいいのではないかと思うかもしれないが、それはできない。エレア自身は国王と同じ権力を有しているが、エスカートと国王は対等な関係でなくてはならないということから、婚約することは許されないのである。実際に対等であるかどうかはともかく、法的には国王を目指す王子が婚約することはできないのである。

 それを踏まえれば、エスカートの庇護を受けた私たちは現在この国の中でも超優良物件とも言えるので、地位的に見れば、私たちと婚約するのは貴族の票を集めるという点において非常に有効な手段であると言える。

 次に、私たちはルーナの弟子である。

 ルーナ=モルフォルはこの国でもかなりの有名人であり、その所以は世界でも有数の天才魔導士であるということがあげられる。他にもモルフォル男爵は諸外国からも一目置かれる策略家で有名であり、その娘というのも有名となっている理由である。

 数々の英雄たちと並び立つほどの実力を有し、さらに魔動具の開発にも尽力したルーナの弟子。それは多くの国が喉から手が出るほど欲しがる人材であり、そんな私たちと婚約することによって、レゼシア王国とのつながり、もっと言えば、ディランとのつながりを求めて多くの者がディランのもとを訪れるようになることだろう。

 こうすれば、ディランは国内にとどまらず、世界各国からも支持されることとなる。

 ただし、それは同時に各国から熱烈な引き抜きあう可能性も大きくなるということでもある。

 この世界では重婚、つまり一夫多妻制が認められている国も割と多くある。レゼシア王国でも、一部の例外として王族には認められているのだ。

 その理由は血の断絶を防ぐため。王族から国王を選ぶということは、つまりは王族が絶えれば王国もまた滅びるということだ。王族が消えても他の貴族からまた王を立てれば済むが、しかしそれはもう古くから脈々と受け継がれて来たレゼシア王国ではなくなるのだ。

 そういうこともあって、ディランは私たちと婚約したからと言っても、ほかの女性を妻に迎えることもできるのだ。

 そうなると、国王となっていない今の内にかなりの好待遇を餌として、自身の国へ引き入れようという動きも出てくるようになる。

 こうしておけば、他国に思いが揺れていると言って国王になる時期を延ばすこともできるし、ある程度の目こぼしも期待できる。

 ある意味脅しになるけれど、最終的には国王として落ち着く予定だから許してもらいたいところだろう。

 あとは美人というところだけれど、騎士団はイメージ通り、男の比率が非常に高いらしい。

 やはり力仕事、荒事を取り扱う場面が多いせいだろう。男性と女性の比率は9対1であり、割と仕事が忙しい騎士は出会いの場もほとんどないそうだ。

 つまり騎士は女性に飢えている。

 嘘か真かはわからないけれど、エラルダに聞いた話では、騎士の実に半数以上がハニートラップに引っかかっており、そのうちの1/3程がほぼ全財産を女性に貢いでいたらしい。

 さすがに少し話を持っているとは思うけれど、女性には弱いというのは本当らしい。

 そこで、私たちが壇上に立ち、可愛らしく騎士たちにドラゴン討伐に動いてもらえるようにお願いをして、一気にディラン側に取り込もうということらしい。

 さすがにそれだけで心動く騎士は多くないと思うけれど、私たちがディランと婚約することによって、私たちがエスカートの庇護を受け、ルーナに師事しているということを知らしめることによって、私たちの言うことを聞いたほうが得であるという言い訳を作り、こちら側に動くようにすれば、多くの騎士が落ちると踏んだのだ。

 これで、ディランは多くの貴族からの後ろ盾を得て、民の心を鷲掴みにし、騎士を動かすこともできる。万が一クライフ王子が動いたとしても、少なくともこの芝居が終わるまでは盤石の態勢で迎え撃つことができるということだ。

 そんなに話がうまく運ぶのだろうかと思うけれど、あのディランの口ぶりでは、どちらかというとどうにかしろという意味合いが強いのだろうと思う。

 正直な話、私たちにそこまでのことができるのだろうかと思う。

 壇上に立つときはもちろん人型だし、それを30分ほど持たせて、挙句パフォーマンスのために魔法を使ったり、演説したりしないといけない。ディランにはああいったけれど、もしかしたら10分も経たないうちに形が崩れてしまう恐れもある。

 調子が悪くなる前ならばともかく、今の状態では不安でしかなかった。

 (ねえ、のーちゃん。)

 (なんだい美景ちゃん。)

 (う、ううん。何でもないよ。)

 (そう?)

 あれからのーちゃんは放心状態というか、あらゆることに目を背けてどうでもいいことを考え続けている。

 いきなり婚約と言われれば、純粋なのーちゃんがこうなることは薄々わかっていたことだけど、それでもここまで心が乱れているのーちゃんを見ていると、なぜだか凄くむかむかしてくる。

 のーちゃんが悪いわけじゃない。全部ディランのせいだ。

 芝居とはいえ、のーちゃんと婚約するなんて言ったから、こんなにもひどい有様になっている。

 味もわからないままにお菓子を食べて、今はドロドロに溶けてしまったようにぺたーっと地面にへばりついている。ルーナモ心配そうに見ている。

 勿体ないから後で食べられるように、のーちゃんの隙を見て半分ほどは異次元ポケットに放り込んだけれど、早く気を取り直してほしいものだ。

 「ライム。本当に大丈夫ですか?」

 「大丈夫ですよ。問題ありません。」

 「今からでもディランに抗議しに行きますよ。」

 「なんの講義をしに行くのですか?私も聞きたいです。」

 「・・・ライムはここでゆっくりしておいてください。少し外に出てきます。」

 「行ってらっしゃい。」

 体担当ののーちゃんがこれじゃあ、本番も難しい気がする。

 (のーちゃん。もうそろそろ現実を受け止めたら?どうせ芝居なんだし、別に恥ずかしがることじゃないよ。)

 (・・・でも、婚約って・・・す、好きですとか、愛してますとか、そういうこと言ったり言われたりするんだよね・・・。)

 (ルーナやレナにいっぱい言われてるでしょ?)

 (二人とも女の子じゃん!でもディランは男で、イケメンで・・・ああ~~~。)

 (別に変わらないと思うけどな。今はスライムだし。性別なんてないし。)

 (だけど~~。)

 こんなにしたディランをとっちめてやりたいところだけれど、今の私にはそんな力もない。

 おそらくルーナがディランに話に行ったと思うから、そこはルーナに任せておくとしよう。

 目下の問題はやっぱり、のーちゃんをどうにか経ちなおさせるようにすることだね。

 (のーちゃんが言えないんだったら、私が言うよ。体だけ維持してくれたら、私が代わりに話してあげるから。)

 (・・・でも、それは・・・その・・・。)

 (のーちゃんがディランのこと気になるのはいいけど、今回の芝居は失敗できないし、やっぱり私がやるよ。)

 (べ、別に気になっているわけでは・・・。私はそんなにかわいくなかったし・・・。)

 (のーちゃんは前も天使だったし、今も変わらず天使だよ。)

 (天使って何?)

 (天使みたいにかわいいってこと。)

 (そんなわけないよ。)

 (まあ、それは今はいいとして、結局芝居はするの?しないの?)

 のーちゃんはしばらく黙り込んで、熟考する。

 (・・・私は体の維持に努める。)

 (いいんだね?それで。)

 (うん。)

 これで一応はのーちゃんも動けるようになったと思う。

 あとはルーナが頑張ってディランをどつきまわしてくれることを願うだけ。

 私はまだ少しぼーっとするのーちゃんとともに、外に出て行ったルーナを待ったのだった。
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