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第4章

暗き雲

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 (ケーキうまー。)

 (ケーキ甘―。)

 部屋に帰ってから早速王室御用達の特製ケーキを頂くことにしたのだけれど、これが予想以上に美味しかった。

 割と多めにホイップクリームが使われているけれど、それほど甘すぎず、さらにスポンジの合間に挟まれたスライスされたフルーツと上に乗せられた大きめのフルーツの程よい酸味が、クリームの甘さと相まってとてつもない相乗効果を発揮している。

 極めつけは一緒にお裾分けしてもらった3種類のジャム。これを少量ずつ付けて食べるとまた違った味が楽しめて、すごく幸せな気分にさせられた。

 スポンジもちゃんとふわふわでしっとりとしていて、くどくない甘さからお口直しにジュースを飲まなくても大丈夫なくらいだ。こんな本格的なケーキをこの世界でも食べられるとは思っていなかったため、感動もひとしおだ。

 (日本でもこんなおいしいケーキ食べたことないよ。)

 (もしかしてパティシエとかもいるのかな。アース連合には。)

 そう考えると、アース連合の力は単純な英雄的な力ではなく、地球での知識や技術こそ本領であると思われる。

 もちろん万全ではないと言ってもレナとルーナの二人を軽くいなせるほどの戦闘能力を持つ人が集まっているけれど、それよりもこんなこの世界では再現が困難な物を作り出すことができる力こそ、世界に影響を与えていると思うのだ。

 私たちも危うくこの甘いケーキにつられてアース連合の仲間になりたいと思ってしまったくらいだ。

 ただ、ディランも考えている通り、アース連合の行動にはどうにもきな臭いものを感じる。連合のトップであるジョーは、一応は謝罪して、便宜を図ってくれたけれど、そんな行動をとるジョーとアース連合全体の動きがどうにも噛み合っていないような感じがするのだ。

 彼らは世界中に支部を配置しているという話だ。今はレゼシア王国の王都の近くにあるグラールという街にアース連合の本部が置かれているみたいだけれど、それも最近の事で、その前は別の国に本部を置いていたようだ。

 アース連合の内部を知らないからわからないけれど、そこまで手を広げていれば、支部の間で差異が生じるのではないかと思う。つまり、統制が取れておらず、連合内で違った動きがあるのではないかという事だ。

 そう考えれば王国への対応も納得できる。ジョー自身がポーズのためにわざわざいい人ぶって私たちの前に現れたという可能性も捨てきれないし、王国へはただ単にお人好しで頼みごとを聞いているだけという線もなくないだろうけれど、どっちにしろ安易に近づかない方がよさそうな気はする。

 私たちだけの問題ならば、どちらかというとアース連合に入った方がいいのだけど。

 「難しい顔をしていますが、どうかしましたか?」

 いつの間にか思考にふけって手が止まっていたようで、無表情に考え事をしている私たちを心配そうにルーナが見ていた。

 「いえ、たいしたことではないです。」

 「ならいいですが。」

 ルーナが微笑んでほっぺについていたクリームを指で拭ってくれる。

 「飲み物はいいですか?紅茶くらいしかありませんが。」

 「いただきます。」

 ルーナからいれたての紅茶を受け取って、ほっと一息つく。

 連合が気になるなら、一度訪れてみればいい。自分たちの目で見れば、実際のところがはっきりとわかるのだから。

 けれど、今はそんなことできるはずもない。エレアナと行動を共にして、こうしてルーナの隣にいるのだから。彼らがアース連合に行くことにならない限り、私たちがアース連合に会いに行くこともないだろう。

 勝手に行けば、それこそルーナに怒られそうだ。

 「・・・ドラゴンは倒せるのでしょうか。」

 思考を切り替えようと、私たちはルーナに一つ尋ねてみた。

 話題は何でもよかったのだが、この際だからと今回の件であるところのドラゴンについて、話題を振ることにした。

 すると、ルーナは少し考えたのち、小さく首を振った。

 「今のところはまだ可能性があるという程度でしょう。倒せるかどうかは、それこそ運が味方に付くかどうかというところでしょうね。」

 レゼシア王国とアスタリア皇国が力を合わせるという事になってなお、ドラゴンを倒すに至るかは運次第だと言い切るルーナ。やはり、今回のドラゴンは相当に厄介らしい。

 「もしくは、ディラン次第かもしれませんが。」

 「ディラン・・ですか?」

 ルーナの含みのある言い方、そしてディラン次第という予想外の答えが出て、私たちは首を傾げた。

 「ディランの今後の選択によって、大きく変わるという事です。」

 「何を選択すれば、ドラゴンを倒すことができるのですか?」

 「それはまたすぐにわかるでしょう。どの道、ディランはそちらを選ぶと思いますから。」

 詳しく話してくれないルーナをじっと見つめていると、ルーナは一つ頷いて、指を一本立てて見せた。

 「それでは一つだけ、ヒントをあげましょう。どうせどう動くかは決まっているのですから、その答えが出るまで、ライムはそのヒントのみで答えを導き出してみてください。」

 そう言うと、ルーナは顔を近づけて、小さな声でヒントを出した。

 「本当に王国の騎士団が動いてくれると思いますか?」



 「どういうことだ?」

 目の前の騎士の一人に厳しい表情を向け、静かに問いかける男。

 金色の髪をオールバックにして固め、衣服は豪奢で煌びやかさ、華やかさを重視したものであり、あちこちに光り輝く宝石をあしらっていた。多くの装飾品を身に着け、指輪も両手で4つほども付けた彼の姿は、まるで自身の財力と地位をその身で体現しているようであった。

 そんな彼の顔色は非常に悪い。度重なるトラブルにより、慣れていない長距離移動を何度も繰り返すことになり、昼夜を問わず指示出しに奔走していたことで、疲労が蓄積しているからである。

 おかげでいつもに増して目つきが鋭くなっており、不機嫌そうな表情も、今では世界中の全てが気に喰わないと言いたげなものになっていた。

 男は目の前で跪き、汗水を床にとめどなく落としながら報告を挙げたが、その汗は今や冷や汗となり、いつ自分の最期が訪れてもおかしくないと体を震わせる。

 「もう一度、私の耳に届くように、ゆっくりと言ってみろ。」

 一歩近づく男に反して、一歩どころか何千歩も下がりたい気持ちでいっぱいの騎士は、それでも動かず、顔を伏せたままに再度奉告を繰り返す。

 「王都にて、騎士団の行軍準備が開始され、あと二日も経たずにノーク山山頂のドラゴン討伐を掲げて動くと。」

 どうにか報告終えることができたことに胸をなでおろしつつ、まだ首が繋がっていることが不思議で、思わず視線を上げたいという衝動に駆られる。

 しかし、ここで動けば、それこそ命がないと、騎士はそのまま微動だにせず言葉を待った。

 「なるほど。では、それはなぜ起こった?まさか騎士団長が裏切ったのか?」

 底冷えのする声に、騎士は身を震わせる。すぐに答えることができなかったが、どうやらまだ自分の言葉を待ってくれているらしいとわかり、騎士はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 「き、騎士団長は報告しなかったようですが、ディラン王子が王都に帰還したことで発覚したと。」

 「そうか、そうか。なるほど、ディランか・・・。」

 男はゆっくりと後ろの執務机の前まで行き、その机の上に積まれた書類のうちの一つを手に取る。

 そこには最近の報告。ラルゴス男爵邸にて起こった出来事をまとめた報告が書かれていた。

 「またか。また、あの生意気なガキに邪魔されたのか。」

 怒りが募り、恨みが募り、男はその書類を力の限り破り捨てる。

 「いったい、いったい何度私の邪魔をすれば気が済むのだあのガキは!子供の頃から私の前をちらちらと飛び回りよって!この虫畜生が!!!」

 男は自分の腰に帯剣した剣の柄に手を伸ばして抜き放つと、傍にあった大きな木の彫刻を袈裟切りに両断する。

 運動不足の彼の細腕では、身にまとう動きにくく思い服と相まって、人たち浴びせただけで肩で息をする始末。部屋の隅で今までじっと立っていた執事が無言で椅子を用意し、そこにどさっと音を立てて座り込んだ。

 「そうだな。冷静にならねば。あのガキの事で頭を悩ませるのはいつもの事なのだ。頭を使うのは、これからどうするのかに充てるべきだ。そうだ。冷静になれ。」

 自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻す男は、未だ動かずに跪いている騎士に目をやった。

 「もうよい。下がれ。そして皆に伝えろ。どうにか騎士団の動きを妨害するようにと。」

 「ですが、王名にて事が運んでいるというお話で」

 「父上であろうと、騎士団を壊滅させるような決断はできないはずだ。次期国王である私をさしおいて、他の王子に与するつもりかと伝えておけば、嫌でも動くだろう?」

 男の狂気の混じった笑いを聞いて、騎士は恐ろしく口端を吊り上げた悪魔のような顔を幻視した。

 「わかったなら行け。それとも、ここで朽ち果てたいか?」

 男が未だ柄に納めていない剣を動かした音がして、騎士は慌てて低くした頭をさらに低くして地に伏す。

 「疾く伝えに行きます。」

 騎士は一目散に部屋から飛び出し、一気に廊下を走り抜けていった。

 「・・・ここも、潮時かもしれんな。」

 「移動なされますか?」

 「重要な書類だけを持って、予備としておいた拠点に移す。なるべく急がせろ。」

 「御意。」

 言葉少なに執事も部屋から去り、部屋には男一人が椅子に座っていた。

 「王になるのはこの私だ。誰にもその座を譲るつもりはない。特に、舞台から降りたような腰抜けにはな。」

 その目に暗い炎を宿し、王都の方へと目を向けた。

 窓の外。空は黒い雲に覆われていた。
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