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第4章

ただ、月に一度の便り。

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 「アース連合・・か。」

 小さくつぶやいたディランの声にただならぬものを感じたイリアナは心配そうにディランの顔を覗き込む。

 「どうかなさったのですか?」

 「いや、アース連合とは少し揉めてな。既に事は済んでいるが、まだあまりよく思っていないからな。」

 ショープでの騒ぎに、こっそりと監視していたこと、さらにレナの父親の件。これだけ重なればいくら表面上手打ちにしているとは言ってもそうそう元に戻ることはできない。

 正直なところ、ルーナはまだ警戒を緩めていないし、私たちもエレアの忠告がある分、どうしても近づきたいとは思えない。

 けれど、アース連合が生み出したもの、この世界に影響を及ぼしたものは計り知れない価値を持ち、今では日用品にまでアース連合製のものが流通しているほどだ。紅茶だってそうだ。

 だから別にアース連合のものが目の前に出てきたからと言って、それを毛嫌いするほど、ディランも分別がつかないわけではない。価値あるものには正当な評価を下し、使っていこうとするディランだ。そんなことで好き嫌いを言う人ではない。

 ただ、最新の研究成果が城に持ち込まれ、それが王族間で流行り、今こうして賓客をもてなすために出されているという状況が、ディランの琴線に触れたのだ。

 すなわち、影響が大きすぎるのである。

 アース連合が世界に及ぼす影響が大きいのはわかっていることである。アース連合に所属する者は皆分野を問わず優れた力を発揮し、ひっくるめて英雄と呼ばれているほどなのだから。

 ただし、それはアース連合という国家を指して表すものであり、国家間の交流としての影響を指しているのである。

 しかし、今はそのアース連合を、まるで自国の民、自国の貴族のように扱い、平気で国の中枢たる城に招き、技術を手にしているのである。

 アース連合は国土を持たない単一の国家として扱うべき集団であるが、その拠点が国の各街に点在しているがゆえに、その実態がぼやけてしまっている。結果、アース連合という巨大な力が、さも自身の一部であると錯覚してしまうのである。

 そうなってくると、アース連合が手のひらを返したとき、深くまで彼らの技術に浸かった王国が、果たして無事で済むだろうか。

 彼らの技術は、ほんの些細なものに見えるものでさえ、街を脅かし、国を揺るがすほどのものである。その最先端が中枢たる王族にもたらされ、皆がそれをまとっている。目の前のショートケーキしかり、ウォルトス王子の腕時計しかり。

 今は何でもないように見えるだろうけれど、やがてこれらが信頼を勝ち取り、普及していけばどうなるかわからない。

 おそらくディランはそれを危惧して顔をしかめたのだろう。

 だが、今ここでイリアナにする話でもないと考えたディランは、すぐに優しそうな笑みを作ってウェアラのジュースを飲む。

 「暗くなるのはよそう。それより、寂しい思いをさせてすまなかったな、イリアナ。本当は手紙の一つでも送ろうかと思っていたが。」

 「お兄様は本当に、放っておくと1年も連絡を下さらないですから。私は心配でたまらないのです。会いたいと思っていても、王都にはいらっしゃらないですし。」

 イリアナが顔を膨らませて怒ると、ディランは食堂の時と同じようにひきつった笑みを浮かべながら答える。

 (そんなことより私はケーキが食べたい。)

 (でも動けないしね。)

 目の前で燦然と輝くケーキを前に、お預けを食らっている犬のようにじっと見つめていることしかできない私たちは、思わず手が出ないように抑えるので必死だった。

 ぶっちゃけると、さっきまでのアース連合と王国の話はこの食べたいという衝動を抑えるために意識をそらしていただけに過ぎない。

 それよりもなによりも、久しぶりに見たケーキを食べてみたいという欲求のほうが重要であり、どうにか気づかれずに食べられないかと考えが行ってしまう。

 しかし、向かいにはイリアナ。すぐ横には執事と侍女。背後には側近と、死角となっている部分が微塵として存在しない。

 前のようにルーナの袖下からこっそり食べるということも、ぬいぐるみとなっている今の私たちには少し難しく、手詰まりとなっている。

 そこに、ルーナが私たちの頭に顎を乗せる形でもたれかかり、小さな声で囁いた。

 「どうにかして後で包んでもらいますので、後でゆっくりと部屋でいただきましょう。」

 なんと、ルーナはすべてをわかっているかのように、私たちが求めていたベストな答えを提示して見せた。

 何も今ここで食えなくてもいい。持って帰れるならば部屋まで戻って、だれにも気兼ねせずに思う存分味わいたい。こっそり食べるなんてみみっちいことを考えなくていいのは素晴らしいことだ。

 私たちは全く動かずに、頭に『ありがとう』と書いたメモを浮かべて見せてから異次元ポケットに戻すと、すぐにぬいぐるみでいることに集中しなおす。

 「私が嫌われていることは、イリアナもよく知っているだろう。私がここにいては争いの種になる。」

 「それはお兄様方が悪いのであって、ディランお兄様は何も悪くはありません。それで自分の意思で帰ることができないなんて、そんなのおかしいですわ。」

 ディランの言い分をきっぱりと否定するイリアナは本当に純粋で、おかしいことをおかしいと言える強さを持っていた。

 けれど、ディランの言う通り争いの種となってしまうこともまた事実。それも大きな、この国を飲み込むほどの争乱となるほどの。

 王位をめぐっての争い。それはただの喧嘩や揉め事のような小規模なものにとどまらず、多くの人が血に濡れることとなる争いだ。

 例えディランの今の状況が異常なものであり、だれもが間違っていると思っていても、ひとたび黒に染めればたちどころに収まって、誰も声をあげなくなってしまう程度のことでもある。

 ディランは王位を求めていないし、王子であることすら煩わしく思っている。ならば、わざわざ火種を用意するために帰らずともよいと考えるのは、ごくごく自然なことである。

 けれど、イリアナはそれが許せない。

 ひとえにディランが好きだから。一緒にいたいから。ともに外に出ることができないから。

 本当はイリアナもディランと一緒に出ていきたいのだろう。城での暮らしに何不自由はないだろうけど、そこにはディランがいない。これだけべったりであるイリアナにとって、それは苦痛以外の何物でもないはずだ。

 けれど、まだ年頃にもなっていない娘をおいそれと外に出すわけもなく、国王の許しが出ない以上、イリアナが外に出ることはかなわない。

 そして、なによりディラン自身が、イリアナの同行を認めないのである。イリアナはそれをわかっているからこそ、本気でついていこうとはしないのだろう。

 ディランは涙目になるイリアナの頬にそっと手をやって、溜まった涙を拭ってやる。

 「それでも、誰かが痛い思いをすることになるなら、私は戻らないほうを選ぶ。私は今の生活にも満足しているし、あの頃よりも自由で楽しく思っている。大切な仲間もできた。だから、王になるつもりのない私に、この城での居場所などない。」

 語り掛けるように言うディランの声を聞き入って、目を潤ませるイリアナ。彼女の手は頬にあてられているディランの手をきゅっとつかみ、小刻みに震えていた。

 「では・・せめて手紙だけでも、便りの一つだけでもください。毎日なんて贅沢は言いません。週に一度とも言いません。せめて、せめて月に一度は、お兄様の無事とお話をお聞かせください。お願いします。」

 イリアナの懇願に、ディランは明確な答えを出さず、ただ静かに体を包み込むように抱きしめるのだった。
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