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第4章

今が幸せなんだ!

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 「なるほど。突然体の調子がおかしくなって人型になれず、言葉もうまく話せないと。」

 「そういうことでしゅ。」

 ディランの対面。ルーナの膝の上に座って頭を撫で繰り回されながら真面目に答える。

 けれどルーナとレナのせいで緊迫感も何もあったものではない。

 「可愛いですねライム。」

 「もう、ずっとそのままでいいんだよ~。」

 ルーナに撫でられ、レナに抱きしめられ、先ほどからそんなことを言われ続けている。

 本当はもっと焦ったり、心配してくれてもいいものなんだけれど、どうにも二人はそれ以上にユミルンの私たちと戯れたいらしい。

 (もしかして誘惑しちゃってるのかな?)

 (能力使ってるって事?確かに可能性はあるかもね。二人とも、最初に出会った時とほとんど同じというか、むしろ前よりもひどい反応だし。)

 最初に会った時も散々こねくり回されたけれど、今回もかなり引っ付かれている。二人の目は完全に小さな子供か小動物を愛でる乙女のようになっていて、口元から涎が・・て。

 「ルーナ!レナ!よだれがでてましゅよ!きたにゃいでしゅ!」

 「きたにゃいだって!」

 「可愛すぎますよライム!」

 人の話を聞けー!

 涎が付いたまま顔を埋めに来る二人。二人のせいで体中涎だらけでべとべとになりそうだ。

 だめだ。早くこの二人を何とかしないと!

 「ディ、ディラン・・・。」

 とりあえずディランにSOSを送ってみるが、ディランは肩を竦めて首を横に振って見せる。隣に立つポートも同じく目を伏せて遠くを見ている。

 そういえば、最初のころもこんな状態の二人を止めようとして、二人は痛い目を見ていた気がする。

 「ディ、ディランはエスカートでしょ?なんとかしてくだしゃい!」

 「エスカート候補なだけでエスカートなわけではない。それに、そんな力をこんなことに仕えると思っているのか?」

 ディランの真面目な返しに、けれども私はむっとした表情をする。

 そんなことを言って、どうせ女性に強く出られないだけだろうに。格好がつく言い訳を言いやがって~。

 仕方ないと思って、私たちは少しだけルーナとレナに抵抗するそぶりを見せ、大きめの声をかける。

 「そんなにくっつきにくるにゃら、こんどからルーナとレナのそばにちかよらないようにしましゅよ!」

 その途端。ルーナとレナが急に私たちの傍から離れて大人しくなった。

 その反応たるや、ディランやポートでも一瞬どこに行ったのか目で追えなくなるほどの速さで、私たちもそこまで早くに離れてしまうとは思わなかった。

 「・・・こほん。わかってくれればいいのでしゅ。」

 私たちが二人に目を向けて微笑むと、二人はにやけそうなのを我慢して真面目そうな表情ととり続けようとする。明らかに無理があるのですごく面白い顔になっているのだが、ここでまた何かリアクションすればまた同じことの繰り返しになりそうな気がしたので、さっさとディランの方に向き直って話を再開する。

 「それで、これからの事についてなのですが・・・。」

 「ああ、そうだな。だがその前に、ライムはどうして急に体がおかしくなったんだ?なにかその前に予兆があったのだろう?」

 ディランの言葉に、私たちだけでなく、ルーナも少し暗い表情となった。

 ディランはそれだけでおおよその事を理解したのか。椅子の背もたれに背中を預け、眉間にできたしわを揉みほぐす。

 「あまり楽しそうな話ではなさそうだ。まあ、そのことに関しては今はまだ深くは追及しないことにしよう。」

 「でも・・・。」

 「ライム。おそらくルーナと話をしたのだろうが、それはおおよそここにいる全員が感づいていたことだ。そして、その答えに関しては、こうしてルーナが心配そうにライムを見ていることで、何の問題もないことが明らかだ。よって、ライムの判断に任せることにする。なにも無理やり聞き出したいわけじゃないんだ。急がなくてもいい。それに、その話が原因で体に異常が出たのなら、安全を確認してから少しずつ言ってくれればいい。」

 ディランは最後に微笑んで、机越しに私たちの頭を撫でる。こうしてディランから撫でてくることはあまりない。

 「ライム。初めて出会ったあの時からずっと一緒にやってきて、俺はお前が良い奴なのを知っている。俺にはそれだけで十分なんだ。過去がどうだったかなんて、過去を知らない俺からすればどうでもいいことだ。けれど、その過去がライムを苦しめるのなら、それによって俺たちとの間に壁を作ってしまうなら、俺たちは何とかしてやりたいと思っている。急がなくていい。焦らなくていい。ただ、ゆっくりと背中を預けてくれれば、それでいい。」

 優しく語りかけてくれるその言葉に、私たちはとても胸を締め付けられる思いがした。

 できるならば、全部話してしまいたい。

 私たちは高校生で、二人の女の子で、兄弟も、両親も友達も全部残して、二人して海に落っこちて、死んでしまって。泣くこともできずに、訳も分からず砂浜に打ち上げられてて、気づいたらスライムで、お互いの顔を見ることができなくて。不安で仕方がないのを必死で楽しいことを考えながら押さえつけて。見ようとしないようにして。いつ死ぬかもわからない時にエレアナのみんなに出会って。冒険に出て。たくさん笑って。思い出ができて。

 私たちは運が悪かったのだろう。海に落ちる前も、私自身ついてなかったし、二人でおぼれて死んじゃうなんて、それこそ運がない。

 けど、それでも今、私たちを心配してくれて、笑いかけてくれて、大丈夫だよって、支えてくれるって言ってくれる人たちがいる。

 今の私たちは、誰がどういったって、間違いなく。

 幸せなんだ。

 涙は出ない。そんな生理現象はスライムには存在しないから。

 けど、ユミルンの目の淵から暖かく光る何かが零れ落ちてくる。私たちの心に呼応して、魔力が溢れてくるのだ。あったかい、柔らかな光となって、体の奥から湧き上がってくるのだ。

 「ごめんなさい。私、すぐに、げんきににゃりますから。まっててください。だから、だからそれまで、力を貸してください。」

 嗚咽交じりに、私たちは頭を下げた。

 「任せろ。俺たちは強いからな。ドラゴンからでも守って見せるさ。」

 「流石にドラゴンから守るのは一苦労だろうけどな。けどまあ、本調子に戻るまでは支えてやるよ。」

 「ライムには傷一つつけません。私の命に代えても。」

 「レナお姉ちゃんに任せてよ!おいしい料理をたべたら元気出るかもしれないしね!」

 みんながみんな、笑顔で任せろと言ってくれる。私たちはそれにこたえるために、顔を上げてニコッと笑って見せた。

 私たちについての話が終わると、今度は今後の行動についての話し合いとなった。

 「とりあえず、王都に着くまでに人型になれなかったら、前と同じようにルーナのカバンの中に入っとくか?」 

 「そうなるだろうな。その姿話かわいらしくはあるが、やはりモンスター以外の何物にも見えないからな。せめて人と交流のある種族になれればいいが・・・。」

 「それはできないでしゅ。他種族で見たことのあるのはエルフとハーフリング、あとファラ(獣人)くらいでしゅ。ハーフリングは身長が低いから再現はしやすい方かもしれましぇんが、それができるにゃら前の少女の姿の方が簡単にできると思いましゅ。」

 人との交流のある種族はこの世界にはかなりいるけれど、ほとんどあったことがない。ハーフリングやファラなんかはラルゴス邸の地下に囚われていた奴隷しか見ていないし、その全員が大人だった。つまり、それを基に再現するならば、少女の姿が取れるようにする方が余ほど時間がかからないと思うのだ。

 「そうか。しかしそうなると、エレアとの話し合い話にした方がいいか。」

 ディランが私たちの方を見て、気遣うように言う。けれど、私たちは首を横に振って見せた。

 「いえ、会ってもなんの問題もにゃいはずでしゅ。」

 「いや、しかし、彼女はエスカートだ。勘も鋭いし、君が王城に入った途端に見つかってしまうかもしれないぞ。」

 そのアドバイスはかなり遅いんだよね。言うならカルミュット子爵のところに行く前に欲しかったよ。別にいいけどね。

 「だいじょふでしゅ。すでにスライムだとばれているので。」

 私たちの発言にみんなが驚きで目を見開いた。ただ、ルーナだけは少し驚きが少ないように感じる。

 「と、いうことは。エレアはライムの正体を知っていて、指輪を贈ったのか?」

 「そうでしゅ。」

 「・・・そうか。なら、エレアと会うことには何の問題もないな。あとは誰にも怪しまれずに最後まで済むかどうか・・か。」

 明日から馬車で向かえばおよそ2週間ほどで王都付近まで行ける。その間に私たちが人型になれるようになれば、問題はそれほど大きくはならない。

 つまりは私たちの頑張りにかかっているのだ。

 先程ディランには無理をしなくてもいいと言われたけれど、みんなに元気をもらったのだ。ここで頑張らなければいつ頑張るというのだろうか。

 (今夜は寝かさないよ美景!)

 (その言葉は日本にいた時に聞きたかったよ。)

 聞きたかった返答とは全く違う答えが返ってきたけど気にしない。

 私たちは眠らなくてもいい体を駆使して、調子を元に戻す努力をすることに決めた。
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