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第4章

撤収

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被害状況を確認し、皇国の首都アイレライゼンに早馬を走らせ、増援要請を出してから5日が経った。

私たちは変わらず人の仕事を手伝ったりして、徐々に作戦参加者と馴染んでいった。

初めは小さいと言う理由で心配したり、仕事をさせてもらえなかったりと、あまり役に立てない状況が続いたけれど、任せられた仕事をきっちりとこなし、魔法の実力を見せることによって私たちへの認識を改めてくれたらしい。

ただ、力仕事に関してはどうしようもないので、今は食器洗いや洗濯、簡単な事務処理の手伝いなどを行なっている。

事務処理とはいっても食料品の在庫チェックや薪などの消耗品の管理をするくらいのもので、ある程度仕上がった書類の確認を行うだけの簡単なお仕事だ。

正直これくらいなら美景でなくてもできる。数量確認に関しては算数さえできればいいくらいだからだ。

だけど、この世界ではあまり教育水準が高くないらしく、冒険者や傭兵はほとんどできなかったり、兵士や騎士でも間違えが多かった。魔術師の人たちは流石にできるけれど、そもそも2人しか残っていないし、彼らに全て任せるのは酷な話だ。今回の作戦で一番被害があったのは魔術師だと聞いた。

ちなみにエレアナは全員できる。天才とまで言われているルーナは言うに及ばず、大商会の跡取り娘であるレナももちろん計算に強い。ポートも情報収集を生業としていたことからこういう事務仕事には苦労していないし、ディランは王族としての教養に加えて努力家であることが功を奏して全体的に苦手なものがない。

リングルイではリーノとニーナとエラルダが事務仕事をこなすことができ、メイリーンも一応できなくはない。やろうとしないだけで。

ランベル?あの人は飲んだくれなのであてにできない。

今は酒を飲まずにいるけれど、彼は男二人ぶん以上も働けるほどの力持ちだ。事務仕事が苦手という理由がなくとも是非力仕事で本領を発揮してもらいたいので、最初から数に入れていない。

こうしてみると、私たちの周りだけ明らかにレベルが違うことがわかる。伊達に英雄とか天才とかもてはやされているわけではないと思う。

ルーナに関しては魔法において未だに美景が勝てないのだ。あの天才美景が越えられない人がいることは驚くべきことである。

興味を持ってやろうと思ったことに関しては無類の強さを誇った美景だけれど、今のところ魔法の中で得意な光魔法以外に勝てているものがないのだ。胸さえ負けている。

(胸は関係ないでしょ!)

どちらかというと本人が一番気にしていることで、正直な話それほど大差がないのだけど。

それはともかく、そんなスーパーメンバーにかかればこの程度の事務処理はあっという間に終わるので、私たちがいない間奮闘していた騎士達には非常に感謝してくれた。

「流石はディラン王子とその仲間というやつですな。面倒な仕事があっという間に片付いていくのは非常にありがたい。」

そう言ってアスラも笑いながら感謝してくれる。

アスラやその側近も事務処理はある程度できるようだが、今は他の仕事にかかりきりでなかなか仕事が減らなかったそうだ。

欠けた人数は半分以上。約6割の人が亡くなったそうだ。

その中で最も被害が多かったのが騎士であり、次に兵士、傭兵、冒険者と続くそうだ。流石に自分の命を優先する傭兵や冒険者は早々と防御体制を整えつついつでも撤退できるように整えていたようで、一番被害が少なかったのだ。その中でも冒険者は最も鋭敏に危機を察知していたそうだ。

おかげでこの作戦のホスト側である騎士団の人員が数十人となっていて、その中でも指示を出せるものが圧倒的に足りない状況になったのだ。本来情報が挙げられるのを待ち、重要な決定だけを下すことが務めであるはずのアスラまで奔走している現状がどれだけ大変なのかが窺えるというものだ。

そうして徐々に余裕が出てきて、陣の中でも笑みを見せる者が多くなってきたところで、慌てて陣に戻ってきた伝令が、一目散にアスラの元に駆けていった。

「何があったんだろう。」

昼食の準備を手伝っていた私たちとレナで伝令が飛び込んだ指揮所を見て首をかしげる。

「何か良くないことでもあったのでしょうか。」

「突撃命令とか?」

「流石にそんな事を命令するようなことはないと思いますが。どうせ命令しても騎士団の方が圧倒的に数が少ない現状で、おとなしく命令を聞きにいくような人は少ないと思いますし。」

「まあそうだよね。」

手伝いをしつつちらちらと指揮所の方をうかがっていたけれど、結局すぐに事態が動くことはなかった。

昼食のために人が列をなし、大きな鍋で作られたシチューを各々が持つ器によそっていく。

そこにいつもは指揮所で食事を待つアスラがディランと小声で話しながら器を持って列に紛れ込んでいた。

「どうしたんですか?側近の方が持っていくはずでしたよね。」

レナも不思議そうにアスラとその後ろにいるディランを交互に見て問う。

「いや、少し事情があってな。すまんがこれによそってくれんか?」

そう言ってアスラは少し深めの器を差し出してきた。

不思議に思いながらも私たちはその器を受け取り、レナに渡す。レナが器にシチューを入れて私たちに渡してそれをアスラに渡す。

「ありがとう。」

アスラは穏やかな笑みを浮かべて私たちの頭を撫で、指揮所とは違う方に歩いて行った。

(あっちは騎士がいる方だよね?)

(やっぱり何か指示があったんだね。でも急ぎでもなさそうだし、本当にどうしたんだろう。)

私たちはすぐにディランに向き直って器を受け取る。

「何を話していたのですか?」

レナに器を渡してからディランに聞いて見たが、少し難しい顔になって周りを見る。

「今は話せない。レナ、ライム。二人はそこそこ人が落ち着いたらテントの方に戻ってきてくれ。」

私たちからシチューを受け取ったディランはあまり周囲に聞こえないように気をつけてそう指示を出すと、すぐに私たちのテントが張ってある場所に向かっていった。

しばらくして列に並ぶ人が少なってきたので、手の空いた人たちに代わってもらい、自分たちのぶんのシチューをよそってもらってからテントに戻る。すでにポートとルーナが戻ってきていたが、リングルイはいない。

「お待たせ。リングルイは?」

「先に俺たちだけで情報を共有しておきたい。後でリーノには伝えておくが、すぐ関係があるのは俺たちだからな。」

ディランは座るように促して早速本題に入ろうとする。

「全員の昼食が終わり次第、アスラから現状の報告とともに一時撤収の指示が下る予定だ。」

「撤収?増援が来れないのか?」

「そうだ。伝令が持ってきた話には、増援をすぐに送ることができない状況下であること、そしてエレアナと、正確には俺と交渉したいために部隊を撤収させてほしいということらしい。」

「ディランと交渉ということは、レゼシア王国と交渉したいということでしょうか?」

「おそらくこちら側から人員を寄越して欲しいということだろうな。そのために王子である俺と交渉し、王国と皇国で共同作戦としたいのだろう。」

「でも、ディランは今冒険者で、国政からは退いてるんだよ?それは皇国だって知ってるはずなのに、どうしてディランと交渉を?」

「俺の影響力と性格を考えてのことだろう。国を動かすことができなかったとしても、俺なら自分で人をかき集められるだろうし、そうしてくれると考えてのことだろうな。実際、頼まれれば俺もその通りに動くだろう。」

ディランが苦笑いになって、みんなも納得の顔で頷く。

「しかし、つまりは人が集まるまでドラゴンを放置するということですよね?大丈夫なのでしょうか?」

私たちの疑問に、ディランは表情を引き締め直す。

「最低限の見張りは残し、ドラゴンの動向を監視しておくらしいが、実質的にはライムの言った通り、山に放置しておくことになる。増援が難しく、王国と協力し、人員を集め、部隊を再編し、もう一度ドラゴンのもとに向かうまでにはかなりの時間がかかる。正直なところ、それまでドラゴンがおとなしくしている保証は全くないし、大きな被害が出る可能性も否定できない。」

ディランはそこまで息を吐き、腕を組んで目を伏せる。

「だが、今のままドラゴンに戦いを挑んでも負けるのは目に見えている。十分な戦力を整えられていない現状で最悪級のドラゴンに勝てるほど、甘くはない。」

ディランがそう言って顎をさする。

皇国に何があったのかは知らないけれど、しばらくドラゴンを置いてでも増援を認められないなら、やはり放置する以外に道はないのだろう。

私たちはちらりと左手の中指嵌めた指輪を見る。

「あの・・エスカートは動けないのでしょうか?」

私たちの言葉にディラン達は揃って遠い目をした。予想だにしていなかったリアクションに戸惑う。

「アスタリア皇国のエスカートは少々変わり者でな。皇国の保護下にありながら、与えられた自宅には帰らず、今は放浪の旅に出ているらしい。」

「放浪の・・旅?」

私たちが首を傾げて見せると、ため息をつきながらも教えてくれた。

アスタリア皇国のエスカート、ハルフリート=マグナライナーは、歴代のエスカートの中でも一番の変人と言われ、急な行動が多く、誰にも相談をすることなくあちらこちらへ行ってしまうため、よく見失うらしい。

そして、エレアナが偶然にも皇国内で遭遇した際、彼は旅をしていると言っていたそうだ。

その後で知った話だが、ハルフリートが旅に出て当時既に3年が過ぎており、偶然出会ったと皇国の騎士に話したら皇様に呼び出され、礼を述べられたらしい。

エスカートである限り他国へ行くことはできないらしく、特殊な魔法によって駆けつけるように命じることもできるらしいのだが、生死の確認はできないらしい。

それほど心配いらないくらいには強いが、それでも絶対ではない。もしも死んでいた場合は新たに目覚めたエスカートを探さねばならず、かなり面倒なことになるらしい。

「アーデル皇は人がいいからな。エスカートにもかなり自由にさせているらしいが、ハルフリートに関しては縛り付けて置いた方がちょうどいい気がする。」

国によってエスカートの扱いもずいぶん変わるらしいことを知って、ふとエレアのことを思い出した。

彼女も、皇国や他のエスカートに寛容な王の下でいたなら、もっと別の思いを抱いたのだろうか。

エスカートとして縛られていることに暗い表情を見せた彼女を思い出すと同時に、もう1つの案も出てくるが、それは言葉に出さずにおいた。

(何を考えているか読めないアース連合に貸しを作るのはあんまり良くないよね。)

(エレアのメモに書いてあることの真意を確かめないまま協力を申し込むのは確かに良くないね。)

向こうから言ってきた場合はその限りではないけれど、今のところそんな兆しもない。あてにしない方がいいだろう。

首都に入った後はすぐに謁見することになり、それから王国に戻って王を説得するという予定を話し合ったあと、事前に言われていたようにアスラから全員召集の声がかかり、撤収する旨を告げられた。
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