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第4章

ディーレア王への報告

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 遭難する3か月前。赤の月の末。私たちは報告のためにイレーヌへと帰還した。

 言われた依頼を完了したのかと言えば、何とも微妙な結果に終わった。首謀者と目されるクライフ王子へと至る証拠を見つけ出すことはかなわなかったし、捕らえられていた奴隷たちからも有力な証言を得ることはかなわなかったのだ。

 けれど、ディーレア王と約束した期限が過ぎようとしていたので、とりあえずしばらくの間は動きがなくなるだろうということで、戦争を避けようと考えた。

 フロア商会の件で飛び出す前にリィーネと話し合い、先に王に話を通してもらっていたおかげで、帰還してすぐに王城に向かうことになった。

 ちなみに奴隷はリィーネがイレーヌに帰るついでにオーランド男爵に引き渡しておいてくれた。レーンも一緒に連れて帰ってもらったのだが、その時に少し変えるのを渋ったと聞いている。

 余程アイレインと気が合ったようだが、アイレインはオーランド男爵の忠臣であり、気軽にイレーヌに行くことができない。母親が奴隷時代の記憶がほとんど消えているおかげで今の状況に全くついていけず、基本的な記憶も一部欠損していることから当分イレーヌの外に出ることはできず、そんな母親の事が心配なレーンは渋々といった形で帰還したのだそうだ。

 城に入るとすぐ謁見の間に通され、洗いざらい話すこととなった。部屋の中には必要最低限の文官と武官しかおらず、特殊な魔法によって盗聴を防いでいるようだが、秘密裏に話した部分はここでは他言しないようにしている。

 「なるほど。つまり王子の手腕によって敵に痛手を負わすことはできたわけだな?」

 表情では少し不満そうにしているが、瞳はディランの報告に一応の満足は得ているようだった。声のトーンも厳格そうに聞こえるが、気分がよさそうな感じがするのは気のせいではないだろう。

 「はい。王との約束を完全に果たすことはかないませんでしたが、事態の収束はかなうかと思われます。ただ、やはり片付いていないだけあり、また同じ問題が浮上する恐れもございます。」

 「そうか。それは王子の耳でも聞こえぬことか?」

 王の遠回しな質問が私にはすぐにわからなかった。どういう意味だろうか?

 (たぶん、オーランド男爵のことじゃないかな。オーランド男爵はディランの情報提供者だし。)

 (なるほど納得。)

 一人で納得していると、ディランは王に対して少し肩を竦めて見せる。

 「あれは耳ではありません。どちらかというと本でしょうか。私は鍵付きの分厚い本の一部に閲覧許可が出ているだけです。」

 ディランの言葉にディーレア王は僅かに眉を顰めるが、特に追及すこともなく次の話題に切り替えた。

 「まあ、よかろう。誘拐の件も今は矛を収めておくことにする。ただ、次があればどうなるかは覚悟しておくように。王にも進言してもらいたい。」

 「必ずお言葉をお届けします。」

 「さて。それはそうと、今回処断したラルゴスとかいう男は大量の毒薬を倉庫に抱えていたというが、それが全て幻覚作用と中毒作用の強いものであったというのは本当か?」

 「はい。その全てをこちらのライムが確認しました。」

 ディーレア王の質問が来ると、それに答えつつ私を前に出させる。ディランの後ろにいた私はそっと背中を押されながらディランと並ぶように立った。

 「そうか・・・。どのように確認を取ったのだ?」

 ディーレア王の質問に、私たちはどう答えようか戸惑う。

 本当の事を話せばいいんだろうし、嘘なんか吐いたら処罰されてもおかしくない。けれど、「全て毒とわかっていながらかじってみました」なんて言っても信じてくれないだろう。いや、王とその両脇にいる人なら私の正体を知っているし、信じるかもしれないけれど、この場には私の正体を知らない人が数人いる。そんな中で私の無茶苦茶な回答をしてもダメだろう。

 さて、どうしたものか。

 「私は冒険の道すがら、多くの経験を経て毒草の見分けができるようになりました。それで、倉庫を調べる際に検分したところ、全て毒草であると判断したのです。」

 それっぽい話で説得を試みる。一応間違ってはいない。ルーナやレナに毒草の扱いや、所持してはいけないものなどを教えられたし、ポートにも適切な解毒法などを教えてもらっている。流石にあの倉庫内の半分ほどの種類しか確認はできなかったけれど、それでも見て判断できたものがあることに変わりはない。

 ・・・ただ、ちょっと自信がないものもあったから全部試してみたけれど。

 美景も流石に絵や外見の特徴を教えてもらうだけでは確証を得られず、毒草かなとは思いつつも試さずに判断することはできなかった。それでも全ての毒草を確認する必要はなかったかもしれないけど。

 私の答えに王は納得してくれた。ただ、私の正体を知っている分、検分方法について追及がなかっただけだと思うが。その証拠に私たちの正体を知っている者以外は返答に疑問があるのか少し納得がいっていない表情をしている。

 王の御前で不用意な発言や許可なき行動は身分が厳格でないエルフにとっても同じく軽くない罪であり、そのために王が納得しているならと口を噤んでいるが、きっと機会があれば追及されるだろう。

 「全てがそのような危険毒物であるとなれば、それほど大量に所持していた狙いを突き止めねばならないが・・・報告がないということは、難しいのであろうな。」

 「おっしゃる通りです。ラルゴスは記憶を歪められているようで、関係者に至ることが困難です。」

 「予想はたっておるのか?」

 「それをこの場で発言することはできません。」

 しばらくお互いが探り合うように視線を交わし、これ以上は無駄と諦めてディーレア王は腰掛けている椅子の背もたれに体を預け、座りなおす。

 「ふむ。それに関しては外の同胞や他の森に問い合わせ、こちらでも調べてみることにしよう。」

 「恐れ入ります。」

 「では、最後になるが、この度は我らの同胞を救い出し、癒しを施してくださったことに、深く感謝する。ありがとう。」

 王は静かに立ち上がり、少し頭を下げながら礼を述べた。王にならって周りにいたエルフも頭を下げ、全員に感謝される。

 人間の国では王族や貴族がおいそれと頭を下げることはなく、ありえないものとしているが、身分というものに疎いエルフではこのように同胞を助けてもらったというだけで王直々に感謝の言葉を述べ、頭を下げるのが当たり前であるようだ。

 ディランやエレアナの面々はそれを理解しているようだけれど、基本が人間社会であるために、少しやりにくそうだ。身分制度自体がこの世界とは全く違う私たちの方がまだ違和感は小さい。

 「礼には及びません。こちらこそ彼らの悪行を今まで野放しにしてきたことを謝罪したい。それに、危険な場所にリィーネを共にしていただき、非常に助かりました。礼を言います。」

 ディランに従って私たちもエルフと同じように頭を下げる。

 こうして、エルフ関連の問題は一応の解決を見て、私たちはイレーヌを後にした。
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