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第3章

信頼している人じゃないと気持ち悪いみたいな。

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通路を歩く私たち二人を見つけた使用人が小さくお辞儀する。

「流し場はこちらにございます。」

使用人は十字になる通路の左側に手を広げて案内を済ます。

私たちも小さく会釈しながらそっと示された通路を通り、そのすぐ奥にある扉を開ける。

流し場とは詰まる所トイレである。便所である。

日本の公衆便所にあるような個室が4つほどあり、その4つのうち窓に近い個室にリィーネと私たちで入る。誰かに見られればあらぬ疑いをかけられそうだが、私たちは決してそういうことをしたいから二人で入ったわけではない。

私たちが流し場に来た理由。それはこの流し場を利用して人目を避け、この館の中を探索するためである。

リィーネには私が注意をそらしている間の護衛をしてもらうことになる。

何しろ私たちは触手を伸ばして館中に視覚と聴覚を飛ばすために本体の方注意が散漫になってしまうのだ。

一度本体の視覚と聴覚をそのまま維持しながら探索しようとしたのだが、元々私たちが人間だったからか2倍になる情報量を処理しきれなくなってしまったのだ。

人格が2つあり、それぞれ分断されているとはいえ、あまりにも人間からかけ離れた感覚は習得しずらい。この2ヶ月あまりを過ごして色々検証した結果である。

ただし、なぜか触手を四方八方に伸ばしたりすることはできるため、まだまだ私たちが理解できていない法則があるのかもしれないけど。

何はともあれ、今はリィーネの護衛なしに館中を探索することができないため、何かあったときのためにリィーネと一緒に個室に入っているのである。

「それでは5分ほど探索してみます。何かあった場合は肩を数回叩いてください。」

「わかった。くれぐれも慎重にな。」

リィーネの言葉に頷くことで答えた私たちはすぐさま髪の毛にしている無数の細い触手を伸ばして個室の近くにある窓に伸ばす。

束になっていればすぐに気づかれるだろうが、色々な角度から束にならないように伸ばしているのでよくよく見ない限りは誰も気づかないだろう。髪の色も壁の色と同色にしているので普通ならわからないはず。

さて、ここからは触手を全方位に伸ばして目的の場所、カルミュット子爵の書斎や執務室を探す。

方々にひとしきり伸ばした触手の触覚を頼りにガラス窓の質感を探す。

触覚だけは他の感覚と違って全ての触覚で感じ取ることができる。それは結局1つの体であるために感じることができているということだろう。髪の毛一本一本に触れられた感覚があるというのはなんとも気色が悪いので、普段は髪の部分だけ感覚を弱めているのだが、今回は全開でやっているのでまるで無数の指を館全体に這いずり回せているような感覚である。

(これはガラス・・・キッチンか。)

(こっちは木だね・・・物置かな?)

探索を始めてはや2分。リィーネに約束していた時間が刻一刻と迫る一方、焦らずに視覚と聴覚を滑らせて覗き込んで行く。

(ここは・・・あった!)

なにやら大きな趣のある執務机の上に大量の紙や羊皮紙のようなものが山積していた。

私たちは触手を窓の隙間に滑り込ませて中に侵入。書類を確認する。

(めちゃくちゃいっぱいあるからどれが証拠になるのかわからない・・・。)

(大丈夫!のーちゃん。右の束から順に異次元ポケットに突っ込んでいって!)

私は美景に言われた通りに書類をポケットの中に突っ込んで行く。

やり方としては触手を膜のように薄く広く伸ばし、それを書類の上に被せるという方法である。

美景ポケット内に入った書類に次々と目を通していく。

(これじゃない。次!)

(あいよ!)

そうして束を戻して次の束をと順に目を通して行くが全くそれらしい書類が見当たらない。

(カルミュット子爵は関与してないの?)

(わからないけどこの書類の中にはないみたい。)

私たちは再びこの部屋の中を見渡す。

そしてふと目に入ったそれをポケット内に納め、目を通す。

(のーちゃん・・・お手柄!)

(今回は運が良かったね。)

私たちはすぐさま部屋から抜け出し、全ての触手を戻そうとしたその瞬間。本体の肩を叩かれる感覚がする。

(何かあった!?)

(とにかく早く戻ろう。)

私たちはすぐに視覚と聴覚を本体に戻しつつ、触手を戻していく。

そして視界いっぱいにリィーネの顔があったことに少し驚き、耳に届いた音を聞いて瞬時に理解が及ぶ。

木製の床を叩く金属の音。動くたびにカチャカチャとなる留め金の音。

それはまさしく武装した人間が歩く音だった。

「長いようなので少し様子を見にきたのですが・・大丈夫でしょうか?」

それは女性の声。剣呑とした調子ではなく、ただ心配する調子の声に冷静に対処するべく、リィーネに目で合図する。

リィーネもその意図を組んですぐさま動く。

リィーネは個室の扉を開けて外に出ると後ろ手にそっと個室の扉を閉めた。

「少し調子が悪いもので。もう大丈夫ですのでご心配なく。ライム!貴女も出られるわね?」

私たちはリィーネが出た個室の隣の個室から外に出ると苦笑する。

「お母様。そう声をかけられては出るものも出ませんわ。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」

私たちは軽装の女性兵士に対してお辞儀する。

「いえ、ご無事で何よりでございます。子爵より気にかけて置くようにとの命でしたので、お二人に何かあってはと思ったのです。失礼いたしました。」

そう言って女性兵士はすぐに流し場から出ていった。

私たち二人もそれについて行くように流し場を後にするのだった。
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