上 下
104 / 329
第3章

ディランの推理

しおりを挟む
 地下牢から外に出ると、途端に先ほどまでの不調が元に戻った。魔法の効力を激減させる地下牢で異常をきたすということは、私たちの視界はもちろんの事、私たちの意識さえ魔法が関わっているという証明に他ならない。今後こういう場所に入る場合は十分注意しないといけないだろう。

 危険な場所でなくてよかったとそっと胸をなでおろす。

 一行は地下牢から出てすぐにある守衛所に赴き、そこの一室に入る。

 「それで。何が分かったのかね?」

 ディーレア王は全員が椅子に座ったところを見計らってすぐにディランに問いかける。

 ディランは鞄から地下牢でも取り出していた地図を取り出して机に広げる。

 「まず、フレートが言っていた重要な部分をまとめると、前金は全員ティレーズ貨で支払われており、依頼を受けたのはスティラー薬草店であるということです。そしてジダルはドナトル亭にて依頼を受けたと言っていました。」

 ディランは言葉を区切り、ポートから受け取った銀貨を机に置く。

 「ティレーズ貨とはアストル共和国が発行している貨幣であり、使用できる国はアストル共和国、レゼシア王国、カルガンド王国、そしてホーステリア帝国の4か国となります。」

 ディランは地図上にある4か国を順に指さして説明していく。

 「この中でイレーヌに直接介入できる国はホーステリア、アストル、レゼシアの3か国に絞られます。カルガンド王国はイレーヌに入るまで距離があり、わざわざイレーヌのエルフを狙うよりもアストル共和国との国境にあるエルフの自治区を狙う方が自然だからです。」

 カルガント王国はレゼシア王国の東側。ドルン山脈を越えた位置にあり、その北方にはアストル共和国がある。カルガンド王国からイレーヌへ行くにはアストル共和国を通る以外に方法はなく、アストル共和国との国境には小規模ながらもエルフの居住区があるため、わざわざイレーヌまで行くメリットがないのである。

 「次に彼らの服装ですが、どこにでもある凡庸なものであり、一人モルフォル領の服屋の印が押されたものもありますが、それを買った日付がわからない限り確定的な情報にはなりません。」

 前金をどれほど手に入れていたかはわからないが、依頼の性質上多額であったことはまず間違いないだろう。

 その金を使って服を仕立ててもらったとしてもおかしくはない。

「奴隷制度を廃止し、帝自ら厳しく取り締まるほど奴隷を否定しているホーステリア帝国の者が黒幕であるというのは考えにくいでしょう。」

 ホーステリア帝国は奴隷制度を廃止して100年経とうとしている国であり、平民貴族隔てなく奴隷を扱っていることが露見した時点で死罪が確定するらしい。

 少し関与していただけで牢に何年も閉じ込められる。それほどに厳しく取り締まっている帝国の貴族がエルフの子を攫うなど考えもしないだろう。あまりにもリスクが高すぎるのだ。

 「こうなるとアストル共和国とレゼシア王国のどちらかの貴族、あるいはそれに準じるものが黒幕であると考えられます。そこでカギとなるのはティレーズ貨です。ティレーズ貨はアストル共和国で発行されている貨幣であり、貨幣価値も共和国内ではほかの貨幣よりも上です。確かにレゼシア王国でもティレーズ貨は使用できますが、それは一部の領地、商店のみであり、貨幣価値もレゼシア王国で主に使われているロメリア貨に劣ります。」

 ディランは自身の財布袋の中からロメリア銀貨を出してティレーズ銀貨の隣に置く。

 「ということは、黒幕はティレーズ貨の価値が高いと考えるアストル共和国の貴族であるということか?」

 ディーレア王はディランの推論を聞いてそう答えるが、ディランは首を振ってそれを否定した。

 「いえ、違います。ここまでの推論は人間であるなら誰もが考え付くことであり、ほとんど一般常識の範疇です。ただ、その一般常識の範囲で考えたときに疑問が浮かび上がる部分があります。」

 ディランはティレーズ貨を指でいじりながら説明しだす。

 「そもそもティレーズ貨とはアストル共和国でのみ価値の高い貨幣であり、この大陸にある13か国のうち少ないながらも流通している国はたった4か国しかありません。報酬にティレーズ貨を出すという時点でイレーヌに隣接するもう一つの国であるアスタリア皇国が除外されるのです。」

 アスタリア皇国とはレゼシア王国北西、ホーステリア帝国南西に位置する国であり、イレーヌが隣接する4か国の最後の一つである。

 「報復を恐れて事を隠蔽しようと黒装束を身にまとう使いを出すような者がわざわざそんな特定されやすい貨幣を報酬に出す意図がわからない。隠したいならそれこそアスタリア皇国で発行されているワーグナー貨のほうがよっぽど合理的です。」

 ワーグナー貨とはこの大陸でもっとも流通している貨幣であり、レゼシア、ホーステリア、アストルでも自国の貨幣と同等の価値を持つ貨幣である。確かに流通量が多いワーグナー貨ではなく、一部の地域と共和国でのみ使うことのできるティレーズ貨を報酬に出すのは隠蔽するという観点では非合理的である。

 「しかし、黒幕はあえてティレーズ貨を前金として渡した。特定されるのをおしてあえてそうしたのはなぜか。ここまで考えればお分かりになりましょう。」

 ディランはディーレア王に尋ねる。ディーレア王は馬鹿にするなというような表情になるが、すぐに元の冷静な表情に戻る。

 「なるほど。つまりアストル共和国の者が黒幕であると勘違いさせるためというわけか。」

 「そういうことです。黒幕は4か国のどの国の者が犯人なのか攪乱させることより共和国の者に疑いをかけ、自身への疑いを完全に逸らす方を選んだのです。大方、アストル共和国とイレーヌの間で揉めている間にもう何人か誘拐できればという考えもあったのではないかと思われます。もっとも、エルフは貨幣についての知識が乏しいということを知らなかったということもあって思惑通りにはいかなかったようですが。」

 ディーレア王はレゼシア王国のテラリクス領とモルフォル領に攻撃を仕掛ける予定だった。それは依頼を受けた場所がほとんどがその2つの場所で依頼されていたという理由であり、報酬に出された貨幣については調べることすらなかった。仕掛けた罠が全くの不発で終わってしまったのである。

 「それがわかれば後は簡単です。二人が依頼を受けた場所、それはスティラー薬草店とドナトル亭。スティラー薬草店のある場所はテラリクス領の北西部にある都市オーガス。ドナトル亭のある場所はモルフォル領の南西にある商業都市コーラル。その両都市の運営はカルミュット子爵とアスタリテ子爵という者が管理しているはずです。両方ともアストル共和国との交易があり、ティレーズ貨を得ることも容易いでしょう。その両子爵はある派閥にいるため、つながりもあります。二人が関与している確率は高いでしょう。」

 「なるほど。ならばそこから大元やほかに関与している者も洗い出せるということだな?」

 ディーレア王はニヤリとし、ディランに問いかける。

 ディランは少し困ったような表情になる。

 「それが、なかなか調査の難しい両名でして。特に私は。」

 「・・・あまり待てぬぞ。」

 「わかっております。なので1か月の猶予をいただきたい。」

 「・・・3週間だ。それ以上は待てん。」

 これ以上は譲歩しないという意味を持ってディーレア王は静かに目を閉じて不動の姿勢をとる。

 「わかりました。それでは今より3週間。その間にこの案件を解決しましょう。」

 「もし解決しなかった場合は・・・わかっているな?」

 「はい。わかっております。」

 ディランは軽く頭を下げると、すぐに席を立ち、エレアナとリィーネを引き連れて守衛所を後にした。
しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

チートをもらったはずなのに! 異世界の冒険はやわじゃない。  連れは豪腕姫勇者!

N通-
ファンタジー
(旧題)異世界は割とどうでも良かったけど地球もピンチらしいので行ってきます。但し相棒のおかげで胃がマッハです。(仮)  雅也はある日気がつくと白い世界にいた。そして、女神を名乗る存在に異世界へ行き魔王を討伐するように言われる。  そして問答無用で飛ばされた先で出会ったのは……。  たとえ邪魔者は神でも叩き切るほどの、豪腕お姫様だった!? しかもそれが異世界の勇者らしい。    これは一筋縄ではいかない多少性格のひねた主人公とその仲間の楽しくも騒がしい冒険譚。 ※小説家になろう様にて先行公開させて頂いております。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

帝国騎士団を追放されたのでもふもふ犬と冒険とスローライフを満喫する。~反逆の猟犬~

神谷ミコト
ファンタジー
カノン=リシャールは帝国騎士として戦場で無双の活躍していた。 停戦を迎えて、『無能で協調性のない親の七光り』と侮蔑され、ついには騎士団長エドガーの一存で帝国騎士団をそしてパーティを追放(クビ)されてしまう。 仕方なく立ち寄った田舎でゆっくりと過ごそうとするカノンであったが、もふもふのフェンリルに出会い共に旅をすることになる。 カノンを追放した団長は、将軍の怒りをかい騎士団での立場を徐々に悪くする。挙句の果てに、数多くの任務失敗により勲章の取り消しや団長の地位を失くしたりと散々の目に遭う。 カノンは旅をする中で、仲間を作りハーレム展開を楽しみながら、世界を救っていく。 これは騎士団一の戦闘能力を持った男がスローライフを望みながらも問題に巻き込まれ無双で解決!新たなペット犬(?)と旅と冒険を楽しみながら帝国将軍へと成り上がっていく物語である。 ※2500文字前後でサクッと読めます。 ※ハーレム要素あり。 ※少し大人向けの微ダークファンタジー ※ざまぁ要素あり。 ※別媒体でも連載しております。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

三人の精霊と俺の契約事情

望月 まーゆ
ファンタジー
三人兄妹の末っ子として生まれたアーサーは、魔法使いの家系に生まれたのにも関わらず、魔法が使えない落ちこぼれである。 毎日、馬鹿にされて来たある日、三人のおてんば娘の精霊と出逢う。魔法が使えなくても精霊と契約すれば魔法が使えると教えてもらう。しかしーー後から知らされた条件はとんでもないものだった。 原則一人の人間に対して一人の精霊しか契約出来ないにも関わらず何と不慮の事故により三人同時に契約してしまうアーサー。 おてんば娘三人の精霊リサ、エルザ、シルフィーとご主人様アーサーの成り上がり冒険記録!! *17/12/30に完結致しました。 たくさんのお気に入り登録ありがとうございます。 ☆160話以上書いてきて今更ながら自分の作品をどー思われているか気になります。感想頂けたら幸いです。2020/02/21 小説家になろう様でも同名作の続編を継続連載してますのでご愛読宜しくお願いします。

処理中です...