上 下
92 / 329
第3章

孤児院での密会

しおりを挟む
 「まずは・・・君たちに謝らなければいけないことがある。」

 私たちが孤児院の中にある使われていない部屋に通されて楽にしたところを見計らって、リィーネさんはそう話を切り出した。

 「謝りたいこと・・・ですか?」

 「そうだ。」

 リィーネさんはそう言うと、非常に言いにくそうな苦々しい表情になり、一瞬口ごもる。

 ただ、それは本当に一瞬の事で、すぐに元のキリッとした表情に戻して口を開いた。

 「君たちに送ったあの手紙には、重要なことをほとんど書かなかったね。それは、詳細を書いてしまえば、君たちが来ない可能性があると考えて、あえて書かなかったのだ。」

 「・・・それは、つまり王族であるディランや貴族のポートたちには頼みにくいこと。そういうことですか?」

 「端的に言えばそうなる。」

 リィーネさんはヴァンの瞳をまっすぐ見据え、ヴァンもリィーネさんから目をそらさない。まるでお互いの腹の内を探るような、そんな時間がしばし流れた。

 「駆け引き無しで要点を言おう。今この国の子供たちがレゼシア王国の貴族連中に狙われている。いや、もう手を出されている。」

 リィーネさんの言葉に、ディランは目を細め、レナとルーナは驚きの表情になる。ポートは何かを察していたのかあまり表情は変わらなかった。

 「そうか。だから孤児院の周りがこんなにもピリピリしてたんだな。」

 ポートは部屋にある唯一の窓からちらりと外を見る。

 「やはりわかるか。まだまだ訓練が足りないな。」

 「いや。かすかにそんな感じがするってだけで、どこにどれだけいるのかはわからねえけどな。よっぽどの精鋭をつけてるみたいだな。」

 ポートは少し表情を緩めてそう言うと、しかし単なる孤児院にこれだけの精鋭をつけられるということに舌を巻く。

 「この孤児院は特に街から離れているからな。外から来た連中が狙うには都合がいい。だからこの孤児院に一番腕の立つ者たちを何人かひそませているんだ。」

 リィーネさんは正直にそのことを告げる。ポートもその言葉から嘘は感じなかったらしく、むしろ正直に言ってしまっていいのかと心配になるほどだった。

 「君たちの事は信用しているからな。国防面での情報漏洩はないと思っているよ。」

 「・・・それで。レゼシア王国の貴族が子供の誘拐を引き起こしているという根拠は?」

 ヴァンが話を戻すと、リィーネもまた真剣な表情でそれに合わせる。

 「捕らえた複数の侵入者から話を聞いた。事が大きいためにある程度の薬品や魔法を行使した尋問だったため、彼ら自身が嘘を言っているわけではないだろう。」

 ヴァンはこのリィーネの返答を聞いて、何かに感づいたかのように納得の表情になる。

 「なるほど。あなたが何を依頼したいのかはおおよそ理解しました。」

 「話が早くて助かるよ。」

 ヴァンはそう言うと、しばらく目を伏せて考え込み、1分くらいたつ頃には考えをまとめてしまった。

 「条件がいくつかあります。それを飲んでくださるならば、この話の続きを聞きましょう。」

 リィーネは無言で話の続きを促すと、ヴァンではなくディランとしてとでもいうかのように、おもむろにメガネと帽子を目の前の机の上に置く。

 「まず一つ目。俺がこの件に関わっているということをどうか内密にしていただきたい。」

 「それもうしているのでは?」

 「再度、この場で。そしてエルフ王の名にかけて誓っていただきたい。これは下手をすれば内政干渉とも反逆行為ともとれるとても危険な内容だ。どちらに傾いてもこちらの被害は計り知れないだろう。」

 「・・・わかった。王には私が後で話をつけるとしよう。」

 「では次に、私たちにも捕らえた者たちと話をさせてもらいたい。」

 「こちらの尋問結果を信用できないと?」

 「そうではないが、もしかしたら私たちが気付けることもあるかもしれないからな。」

 「ならば明日尋問官に話をつけて侵入者に会えるようにしよう。」

 「最後に・・・リィーネはどう動くつもりなんだ?」

 「この話がどう転ぶとしても、私は動くつもりでいる。真偽はともかくとして、すぐにでも動かねばならぬ事態であるからな。」

 「そうか・・・リィーネ。最後の条件・・・というよりも、これは願いだな。どうか、ライムと友人になってほしい。」

 そこでしばしの沈黙。見ればリィーネさんは頭の上にハテナマークが浮かんでいるような表情になっており、先ほどまでの真剣な表情がやや崩れていた。

 「それは・・・別に構わないが。いったいどういうことだ?」

 「そうだな・・・これは説明するのがなかなか難しい。だから先に条件を飲むかどうかを聞いてから話そうと思う。」

 ディランも少し迷うというか困った表情をする。

 リィーネさんはそんなディランと私たちを交互に見て少し怪訝は表情になった。

 「事情を説明せずに条件を飲めというのは無理があるのではないかな。」

 「詳細も書かずによこした手紙に応じて我々は来たんだ。そちらも誠意を見せる必要があるのでは?」

 「それはまた違う話だと思うが・・・まあいい。悪かったと思っていることは事実だしな。」

 一つため息をついてから少しの間私たちを見つめてきた。それに対して私たちは満面の笑みで迎えると、リィーネさんは少し顔を赤らめて咳払いをしつつ、そっとディランに視線を戻した。

 「良いだろう。どんな秘密があるかはわからないが、害意はなさそうだしな。」

 「ありがとう。では話を続けてくれませんか?」

 条件を飲んだと見てすぐにまたメガネと帽子をつけてヴァンを演じる。

 「そうはいっても、もう君の中では見当がついているのだろう?」

 「ですが、まだ詳細は窺っておりませんので。」

 「そうだな。ではしばらくかかるが、今の現状から話していこうと思う。」

 そうして私たちはイレーヌの現状、そして今後の動向についてリィーネさんが知っている限りすべてを聞くことになった。

 「・・・やはり、あなた方が私たちに依頼することは・・・。」

 「そうだ。これは君たちにとってかなりリスクの大きいことだ。万が一黒幕がレゼシア王国の貴族だった場合、そのつながりによっては君たちはかなり辛い立場に立たされることになるかもしれない。」

 「だが、指をくわえてみてりゃルーナとレナの故郷が戦火に包まれるかもしれねえ。」

 「それに子供の誘拐はすでに起きている。どちらにしろ見て見ぬふりはできない。」

 「たとえ誰であっても容赦しないよ!」

 「・・・ライム。お前はどう思う?」

 ふぇ!?

 ここで私たちに振りますが!?

 ええっと?つまりはエルフじゃ潜入できないから代わりにエレアナで調べて親玉を探し出すってことだよね。

 ただ、もしその親玉が王国の貴族だった場合ディラン達が今後動きにくくなると・・・なんで?

 (たぶんディランのお兄さんたちが関わっている可能性も出てくるからじゃないかな。直接はないかもしれないけど、友好を結んでいた人だった場合、ディランが動きにくくなるように手をまわしてくるかもしれないし、逆に担ぎ上げたいってひとたちならすぐにディランの功績を称えて王に据えるための動きを始めるかもしれない。民衆からの評判もいいディランだったら本当になりかねないし。)

 (え?でもそれっていいことなんじゃないの?)

 (ディランがずっと冒険者を続けているのは自由なのが好きだからってことだと思うし、そんな勝手気ままに見える王子をよく思わない人もいると思うし、どちらにしてもディランに得はないんじゃないかな。)

 (ふむ。だったら私たちからいえることはこれしかないかな?)

 (そうだね。これしかない。)

 私たちは考え終えるとディランの目を覗き込むようにして見上げ、そしてゆっくりと口を開いた。

 「したいほうをえらんで!」

 確かにこのまま引き下がればディランは面倒ごとに巻き込まれずに済む。モルフォル領が戦争に巻き込めれるかもしれないけれど、裏で手を回せば市民やモルフォル家は無事に済むかもしれない。

 けれど、ディランが一番したいことが、もう心の中で決まっているはずなのだ。なら、私たちはしたい方へ、行きたい方へ支援する。

 その意図を汲んでかくれたのかどうかはわからないけれど、ディランは私たちの言葉に一つ頷き、再びリィーネに向き直る。

 「俺も身内だからと言って甘やかすつもりはないからな。いや、そもそもそんなものは身内ですらない。リィーネ。この依頼、引き受けさせてもらう。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

ざまあ~が終ったその後で BY王子 (俺たちの戦いはこれからだ)

mizumori
ファンタジー
転移したのはざまあ~された後にあぽ~んした王子のなか、神様ひどくない「君が気の毒だから」って転移させてくれたんだよね、今の俺も気の毒だと思う。どうせなら村人Aがよかったよ。 王子はこの世界でどのようにして幸せを掴むのか? 元28歳、財閥の御曹司の古代と中世の入り混じった異世界での物語り。 これはピカレスク小説、主人公が悪漢です。苦手な方はご注意ください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...