117 / 167
第二部 皇王就任編
第117話 ちょっと前カイトは、バッタ討伐
しおりを挟む 先月の三月で三年が経った今でも、夢にまで見るあの日の出来事。
その頃は奈穂がまだ小さくて、今とは別の意味でバタバタとはしていたけれど、それなりに平穏に暮らしていたと思う。
──あの事故が、起こるまでは……。
それは、中学一年生の三学期の終業式を終えた帰り道でのことだった。
桜のつぼみが膨らみ始める中。珍しくその年の春に風邪を引いてしまった私は学校帰りに病院に寄って帰ろうと、下校時、学区外のいつもと違う道を歩いていた。
病院を目前とした十字路にある、花町三丁目交差点を渡ろうとしたとき、悲劇は起こった。
「──ちょ、危ないっ!」
歩行者の信号が青なのを確認して横断歩道を渡り始めた私の背後から聞こえたのは、切羽詰まったような男の人の声。
その声に驚いて後ろをふり返ろうと顔を上げたとき、視界の隅にとんでもない光景が飛び込んだ。
大型のトラックが、こちらに向かって前進してきていたんだ。
歩行者の信号は、確かに青だった。
風邪を引いて頭がぼんやりしていた私は、信号は見ていたものの、信号無視の車に気づけなかった。
逃げなきゃ……っ。
そうは思うけれど、突然の出来事に足は地に張り付いたように動かなくて、その一瞬の間に死を覚悟した。
次に聞こえたのは、ドンと何かが弾け飛んだ鈍い音と女の人の甲高い悲鳴。
私の身体は後方から何かに突き飛ばされるように、思いっきり前方に吹っ飛んだ。
それから少し離れたところで、ガシャンと何かが衝突する音が響く。
あれ、私、生き、て……る?
どういうわけか無事だったことに安堵する中、状況を確認しようとアスファルトに打ち付けられた身体を動かす。
目の前、数メートル先にある電信柱には、正面からトラックが突っ込んで、その破片が路上に散らばっているのが見えた。
間違いなく、先ほど私の方へと突っ込んで来たトラックだ。
そして次第に大きくなる喝采の方へ振り返ったとき、私は助けられた身なんだと把握した。
さっきまで私のいた場所には、思わず目をそらしたくなるくらいに痛々しい姿の男の人と、その傍に立つ青ざめた女の人の姿があったのだから。
一目見て、その血まみれの男の人が私の背中を押して助けてくれた代わりにトラックにはねられたんだということが、嫌でもわかった。
「大丈夫か!?」
「おい、しっかりしろ!」
通りすがりの男性が二人、血まみれのお兄さんの傍へ駆けていく。
「ダメだ。全く反応がない。救急車だ!」
一人の男性が電話をかける中、もう一人の男性が、絶望に染まる表情で事故に遭ったお兄さんを見つめていた女の人に声をかけた。
「きみは、この兄ちゃんの知り合い?」
女の人は、お兄さんを見つめたまま力無くうなずいた。
「……はい。私の彼氏です」
自分でもよく聞き取れたと思うくらいに小さな声で、女の人は確かにそう言った。
「そっか。辛いだろうけど、この兄ちゃんのご家族に連絡お願いしてもいいかな?」
「はい……」
そのとき、鞄に手をやる女の人が、ようやく視線をお兄さんから外した。涙がこぼれ落ちる二つの瞳が、偶然なのかこちらに向けられる。
綺麗なストレートの長い黒髪の下に見える瞳は私を捉えるなり細められて、まるで恨みがましく睨んでいるようだった。
私はそれ以上身体が動かなくて、目眩が激しくなる中、その光景を見ていることしかできなかった。
「あなたは、大丈夫?」
そのとき、また別の年配の女の人が私の方へ来るのが見えた。それが、私が事故当時の最後の記憶だった。
というのも、私はその直後に意識を手放してしまったからだ。
恐らく、転んだ弾みで頭を打ったのだろうと、意識が回復した数日後に聞かされたが、特別脳に異常はなかった。
あとは、私は膝元に大きな傷を負った。
その頃は奈穂がまだ小さくて、今とは別の意味でバタバタとはしていたけれど、それなりに平穏に暮らしていたと思う。
──あの事故が、起こるまでは……。
それは、中学一年生の三学期の終業式を終えた帰り道でのことだった。
桜のつぼみが膨らみ始める中。珍しくその年の春に風邪を引いてしまった私は学校帰りに病院に寄って帰ろうと、下校時、学区外のいつもと違う道を歩いていた。
病院を目前とした十字路にある、花町三丁目交差点を渡ろうとしたとき、悲劇は起こった。
「──ちょ、危ないっ!」
歩行者の信号が青なのを確認して横断歩道を渡り始めた私の背後から聞こえたのは、切羽詰まったような男の人の声。
その声に驚いて後ろをふり返ろうと顔を上げたとき、視界の隅にとんでもない光景が飛び込んだ。
大型のトラックが、こちらに向かって前進してきていたんだ。
歩行者の信号は、確かに青だった。
風邪を引いて頭がぼんやりしていた私は、信号は見ていたものの、信号無視の車に気づけなかった。
逃げなきゃ……っ。
そうは思うけれど、突然の出来事に足は地に張り付いたように動かなくて、その一瞬の間に死を覚悟した。
次に聞こえたのは、ドンと何かが弾け飛んだ鈍い音と女の人の甲高い悲鳴。
私の身体は後方から何かに突き飛ばされるように、思いっきり前方に吹っ飛んだ。
それから少し離れたところで、ガシャンと何かが衝突する音が響く。
あれ、私、生き、て……る?
どういうわけか無事だったことに安堵する中、状況を確認しようとアスファルトに打ち付けられた身体を動かす。
目の前、数メートル先にある電信柱には、正面からトラックが突っ込んで、その破片が路上に散らばっているのが見えた。
間違いなく、先ほど私の方へと突っ込んで来たトラックだ。
そして次第に大きくなる喝采の方へ振り返ったとき、私は助けられた身なんだと把握した。
さっきまで私のいた場所には、思わず目をそらしたくなるくらいに痛々しい姿の男の人と、その傍に立つ青ざめた女の人の姿があったのだから。
一目見て、その血まみれの男の人が私の背中を押して助けてくれた代わりにトラックにはねられたんだということが、嫌でもわかった。
「大丈夫か!?」
「おい、しっかりしろ!」
通りすがりの男性が二人、血まみれのお兄さんの傍へ駆けていく。
「ダメだ。全く反応がない。救急車だ!」
一人の男性が電話をかける中、もう一人の男性が、絶望に染まる表情で事故に遭ったお兄さんを見つめていた女の人に声をかけた。
「きみは、この兄ちゃんの知り合い?」
女の人は、お兄さんを見つめたまま力無くうなずいた。
「……はい。私の彼氏です」
自分でもよく聞き取れたと思うくらいに小さな声で、女の人は確かにそう言った。
「そっか。辛いだろうけど、この兄ちゃんのご家族に連絡お願いしてもいいかな?」
「はい……」
そのとき、鞄に手をやる女の人が、ようやく視線をお兄さんから外した。涙がこぼれ落ちる二つの瞳が、偶然なのかこちらに向けられる。
綺麗なストレートの長い黒髪の下に見える瞳は私を捉えるなり細められて、まるで恨みがましく睨んでいるようだった。
私はそれ以上身体が動かなくて、目眩が激しくなる中、その光景を見ていることしかできなかった。
「あなたは、大丈夫?」
そのとき、また別の年配の女の人が私の方へ来るのが見えた。それが、私が事故当時の最後の記憶だった。
というのも、私はその直後に意識を手放してしまったからだ。
恐らく、転んだ弾みで頭を打ったのだろうと、意識が回復した数日後に聞かされたが、特別脳に異常はなかった。
あとは、私は膝元に大きな傷を負った。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
転生してテイマーになった僕の異世界冒険譚
ノデミチ
ファンタジー
田中六朗、18歳。
原因不明の発熱が続き、ほぼ寝たきりの生活。結果死亡。
気が付けば異世界。10歳の少年に!
女神が現れ話を聞くと、六朗は本来、この異世界ルーセリアに生まれるはずが、間違えて地球に生まれてしまったとの事。莫大な魔力を持ったが為に、地球では使う事が出来ず魔力過多で燃え尽きてしまったらしい。
お詫びの転生ということで、病気にならないチートな身体と莫大な魔力を授かり、「この世界では思う存分人生を楽しんでください」と。
寝たきりだった六朗は、ライトノベルやゲームが大好き。今、自分がその世界にいる!
勇者? 王様? 何になる? ライトノベルで好きだった「魔物使い=モンスターテイマー」をやってみよう!
六朗=ロックと名乗り、チートな身体と莫大な魔力で異世界を自由に生きる!
カクヨムでも公開しました。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福無双。〜メシ作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜
西園寺わかば🌱
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。
転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。
- 週間最高ランキング:総合297位
- ゲス要素があります。
- この話はフィクションです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる