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第二章

第78話 王女との婚約 レオン視点

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 **********[レオン視点]
「はー」
 どうして、こんなことになってしまったのだろう。思わず溜息が漏れる。
 姉さんやナターシャ王女殿下たちと創世の迷宮に向かっている途中で帝国軍に拐われ、姉さんに助け出されたら、王女殿下と婚約することになってしまった。
 おかしい。百歩譲って、姉さんと王女殿下を助けたのが僕ならば、助けられた王女殿下に好意を寄せられることがあるかもしれない。しかし、今回、僕は王女殿下と一緒に姉さんに助け出されたら側である。そればかりか、やむを得なかったとはいえ、王女殿下に「僕の所有物になってほしい」と言って白い目で見られていた。
 なのに、どうして王女殿下と婚約することになってしまったのだろう。

 大体、僕が好きなのは姉さんただ一人。姉さん以外の女性には興味がない。確かに姉さんとは姉弟だから結婚することはできない。だが、すぐ側で姉さんを助け、守りながら一生を過ごすことはできるはずだ。
 そう考え、姉さんの助けになれるよう日々努力を重ね、姉さんを守るために鍛練を欠かさなかった。だというのに、僕はなんの役にも立てなかったばかりか、情けない事に、逆に姉さんに守ってもらう始末。こんな情けない男は姉さんの側にいてはいけないのかもしれない。

 そんな僕と王女殿下は婚約すると言いている。白い目で見られるような発言をし、好きな女性を助けるどころか逆に助けられた情けない僕とだ。
「あの時の発言は、助け出すためのもので、本心ではない」といくら説明しても王女殿下は聞いてくれない。「王族たる者、一度結んだ約束を簡単には反故にできない」と、強引に話を進めていく。
 王女殿下はなにがなんでも第三王子への支援を得たいようだ。確かに貴族の婚姻はその大半が政略結婚だ。王族となれば尚更なのだろう。王女殿下は既に好きでもない男と結婚する覚悟ができているということだ。

 だが、僕が第三王子を支援してしまって構わないのだろうか。確かに第一王子を牽制するため、第三王子派との繋がりを得るようとナターシャ王女殿下に近付いていたのだが、完全に第三王子派となってしまったら、第一王子の婚約者としての姉さんの立場が悪くなってしまうかもしれない。僕たちを助け出したあの時、姉さんはそのことを気にした様子がなかったが、一度ちゃんと話し合った方が良いかもしれない。

 とはいうものの、創世の迷宮の表彰式から北の公爵邸に戻ってから、姉さんは自分の侍女と自室に篭りきりだ。僕は僕で、王女殿下のお相手でなかなか時間が取れない。
 本来なら創世の迷宮から王都まで、馬車で移動中のわけである。そのため、公爵邸から外に出るわけにはいかず、暇を持て余した王女殿下のお相手を一日中する破目になっている。今日も王女殿下と応接室で相対している。

「ナターシャ殿下、今日はなにをいたしましょう。なにかご希望がありますか」
 公爵邸に缶詰にされて既に一週間、屋敷の中を案内し、薬草園を案内し、本を読んだり、ゲームをしたり、薬の調合を見せたりといろいろやってきた。回りからは仲睦まじい婚約者同士とみられているようだ。

「レオン、婚約したのだから殿下はいらない。ナターシャと呼べと言っているだろう」
「そういうわけにはいきません。婚約しても殿下はまだ殿下です」
「硬いの。まあよい。それより今日なにをするかだったな。うーむ。そういえば、レオンの姉君はなにをしている。ここ最近見かけぬぞ」
「自室に閉じ籠っています。魔法の研究でもしているのではないかと思いますが」
「魔法の研究とな。例のカードか。妾も見てみたいぞ」
 僕も姉さんと話をしたいと考えていたところだ。丁度良い。
「そうですね。では、今大丈夫か聞いてきますので、少しお待ち下さい」
「わかった。待っておるぞ」

 僕は、王女殿下を応接室に残し姉さんの部屋を訪れた。

 トン、トン、トン。

「姉さんいる。僕、レオンだけれど」
 扉をノックし呼びかけると、中の侍女から返事があった。
「レオン様ですか。今、イライザお嬢様は手が離せません。差し障りがなければ私がご用件を伺い、お嬢様にお伝えしますが」
「そうかい。なら、王女殿下が魔法の研究を見せてもらいたいそうだと伝えてくれ」
「畏まりました。少々お待ち下さい」

 侍女は部屋の奥に引っ込み、何やら姉さんと話しているようだ。しかし、扉を開けようともしないとは、いったい中でなにをしているのだろう。試しにドアノブに手を掛け回してみる。鍵が掛けられている。怪しい。一週間も部屋に閉じ籠り本当になにをしているのだ。

「姉さん。中でなにをしているのです。中に入れてください」
 僕は再び中に呼びかける。
「レオン様、扉を開けてはなりません。イライザお嬢様は湯浴みをしようと着替え中です。湯浴みがすみましたらこちらからお伺いしますのでお部屋でお待ち下さい」
「そ、そうか。それは失礼した。では、応接室で王女殿下と待っている」
「畏まりました。そうお伝えします」

 湯浴み中では仕方がない。僕は、王女殿下が待つ応接室に戻る。

「ナターシャ殿下、姉さんは少ししたらこちらに来てくれるそうです」
「そうか、姉君はなにをされていたのだ。邪魔にならなかっただろうか」
「それが、扉に鍵が掛けられていて中に入れてもらえませんでした」
「なに、それはなにか怪しいな。自分たちだけでなにか楽しいことをしているのではないのか」
「楽しいことならまだいいのですが。危険なことでなければ」
「危険なこと。危険なこととはなんじゃ」
「前に部屋の中で魔法を発動して大変なことになったことがあります」
「なんじゃと。もう少し詳しく話してみよ」

 そんな感じで、姉さんたちが部屋でなにをしているのか、あれやこれや王女殿下と話していると、姉さんたちがやってきた。見たとこと確かに湯上りのようだ。熱った肌にほのかに石鹸の香りがしている。

「王女殿下、遅くなって申し訳ございません」
「いや、かまわん。急に声を掛けたにかかわらずよくきてくれた。それで姉君は部屋に閉じ籠ってなにをされていたのだ」
「えっ。勿論、魔法の研究ですが。王女殿下はそれが見たかったのではないのですか」
「まあ、それが見たかったのは確かなのだが、それ以上に姉君といろいろと話してみたかったのが本音だ」
「そうですか。それはかまわないのですが、先ほどから、その、『姉君』というのは少しどうかと」
「なぜじゃ。妾とレオンは婚約したのだ。そう呼んでもおかしくなかろう。それ以前に、第一王子と婚約した時点でそう呼んでもおかしくなかったのだ」

「まあ、結婚すればそうなのかもしれませんが。この後、本当に結婚するかもわかりませんし」
「ん? 否ことを申すな。妾はレオンと結婚するつもりでいるが、姉君は違うのか」
 姉さんの言葉に王女殿下が不思議な顔をし、疑問を投げかける。姉さんはその質問に困った顔をし、少し考えてからしゃべりだした。

「うーん。ここだけの話にしてくださいね。正直言って、第一王子が学院を卒業された時点で婚約が解消されるのではないかと、私は考えているのですが」
「どういうことですか姉さん」
「それはまたとんでもないことを申すな」
 僕は慌てた。そんな話は聞いていない。王女殿下も困惑しているようだ。そんな僕たちに姉さんは説明してくれた。

「もともと、第一王子が私を婚約者にしたのは、学院で女性に群がられるのを避けるためでしたし。よく、虫除けだと言われています。ですから、卒業したらお役目御免かなと思っているのです」
「姉さんに対してなんて失礼な。姉さんはそれに納得して婚約されたのですか」
 僕は第一王子に改めて憤りを覚える。そう、改めてである。初めから第一王子のことは気に入らなかったのだ。

「勿論、私もそれなりの見返りを求めたわ」
「それはなんじゃ」
 王女殿下は、自分も同じように見返りを求めて僕と婚約したために気になるのか、第一王子が提示した見返りが気になるのか、見返りの部分に食いついた。第一王子より良い見返りが用意できれば、姉さんも第三王子派に引き込めると考えているのかもしれない。
「聖剣の情報ですが、今となってはそれほど必要がなくなってしまったのですよね」

「王妃になりたかったわけではないのか?」
 王女殿下は、姉さんが王妃になることを見返りとして求めていると考えていたようだ。
「とんでもございません。逆に、王妃になんて頼まれてもなりたくありません」
「だが、周りは姉君が王妃になると思っているぞ」

 姉さんが王妃に相応しいという声は第一王子派に留まらず、あちらこちらから聞かれる。姉さんの婚約者ということで第一王子の株が上がるほどだ。
「それも変な話ですよね。第一王子本人は王位を継承する気がないのですから。間違ってこのまま私が第一王子と結婚しても王妃にはなりませんよね」
「第一王子は王位を継ぐ気がないのか?」
「はい、本人はそう言っています」
 姉さんは事も無げに話しているが、そんなこと言っていいのか。第一王子派にとっては一大事である。

「それが本当なら敵は第二王子だけか。それなら姉君も第三王子を支援してもらえぬか」
「うーん。どうでしょう。第三王子派はゲルプ大公家が首軸ですよね。トレス様は私をかなり警戒していますからね。私が支援すると言っても受け入れられないかもしれません。それに私自身、派閥争いには関わりたくありません」
「大公令嬢と仲が悪いのか?」
「仲が悪いというか、敵視されている感じですね。トレス様が目を掛けられているサーヤさんという同級生がいるのですが、そのサーヤさんを私が虐めていると勘違いされているようなのです。そんなことないのですけれどね」
「お嬢様は、目付きが悪いですからね。ただ見ているだけで睨んでいると勘違いされて、恐れられていますから」
「シリー、余計なことで口を挟まない」
「失礼しました」

「そうか、妾から大公令嬢に話してみてもよいが」
「いえ、結構です。先ほども言いましたが、派閥争いには関わりたくありません」
「それは残念じゃ」
 トレス様が姉さんを敵視ているのはサーヤさんという方のせいだけだろうか。もし、トレス様が王妃を目指しているのなら最大のライバルは姉さんだ。トレス様が王妃になるには、第三王子を王位につけ、その伴侶となるのが一番確実だ。姉さんを第三王子派に入れてしまうと、第一王子と婚約解消した姉さんと第三王子の婚約の可能性が出てしまう。そう考えるとトレス様が姉さんを第三王子派に迎え入れるとは思えない。
 トレス様が姉さんを敵視しているのならば、姉さんをトレス様から守るためにも、ナターシャ殿下の婚約者としての僕の立場は重要かもしれない。
 
「あ、そうそう。王女殿下がレオンと本当に結婚したいなら、レオンをサーヤさんに近付け過ぎては駄目ですよ」
「なんじゃ、それは、レオンをそのサーヤとかいう娘に取られるということか」
「有り体にいえばそういうことです。ですが、勘違いしないでください。サーヤさんが悪いわけではなく、彼女がそれだけ魅力的だというだけです」
「魔性の女というやつか」
「いえ、むしろ癒し系です」

「フワフワ、可愛い、守ってあげたい、癒し系。お嬢様とは正反対ですね」
「シリー」
「失礼しました」

「それと彼女は将来役に立ちますから、王女殿下がサーヤさんを毛嫌いしては駄目です。むしろ、今後のためには仲良くしてください」
「レオンからは遠ざけて、妾は近寄った方が良いのだな。なにか難しいが、わかった。できるだけ気をつけるようにしよう」

 なにか聞いたことがない女性の名前が重要人物としてあげられている。誰だろう。
「姉さん、そのサーヤさんというのはどこのお嬢様なのですか」
「ランドレース商会の令嬢よ……。しまった。話題に出すのではなかった。レオンに興味を持たせてしまったわ」
「姉君、大丈夫だ。妾とレオンはもう既に婚約しているのだ。レオンは妾を裏切ったりしない。そうだろう、レオン」
「そうですね、ナターシャ殿下」
 僕は一応頷いておく。まあ、僕が姉さん以外の女性の虜になることはないだろう。そういった意味で、利害関係で結ばれたナターシャ殿下との関係を裏切ることはない。

「ところで、部屋に閉じ籠って研究していた魔法とはどんなものだ」
「念話の魔法を改良して、いつでもどこでも言葉のやり取りができるようにしたものです。これがその試作品です」

 その後も姉さんと王女殿下の話は話題を変え続いている。
 そうか、姉さんも第一王子との婚約を利害関係と割り切っている。王女殿下もそうだ。僕も王女殿下との婚約を割り切ろう。それがきっと姉さんを守ることにつながるだろうから。


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