上 下
57 / 80
第二章

第56話 バグ

しおりを挟む
 **********[ヒロイン、サーヤ視点]
 大きく音を立てて開かれた扉に、講義室内に居た新入生全員の視線が私に刺さります。
 13回目です。この扉を開いたのは。

 せめてあとほんの僅かでも戻る時間が早ければ、この扉を開けないという選択もあったかも知れないのに。
 私は思わず心の中で愚痴ります。

「おい、お前何者だ」
 騎士さんが私の右腕を掴んで詰問します。

 私は力任せに、無理矢理拘束から逃れます。何度も生き返って能力が上がっていますから、これくらい楽々です。
 と、思ったのがいけなかったのでしょう。私は、反動でそのまま仰向けに転んでしまいます。

 そこに、私たちを止めようと、踏み出していた公爵令嬢の侍女の足が踏み下ろされます。

「グエ」

 私はお腹を踏まれ、変な声を出してしまいます。

 周りからボソボソと、ひそひそ話をする小声が聞こえてきます。
「うわー。足蹴にしているよ」
「公爵令嬢の侍女か」
「主人に命令されたのかしら」
「見ろ、あの令嬢、目つき悪」
「最初の犠牲者か」
「可愛そう」

「はー」
 深い溜息と共に辺りが静まり返りました。
「リココ足を退けなさい」
「あ、すみませんでした」
 私を踏みつけていた侍女が、公爵令嬢の言葉に我に返り、私に謝ってくれます。

 公爵令嬢は、こちらには興味がないといった感じに視線を前に向け「これがイベント強制力かあ」と小さな声で意味の分からないことを呟いていました。

「大丈夫か」
 私が立ち上がれないでいると、第二王子が歩み寄り、手を引いて立たせてくれます。今まで静まり返っていた講義室に今度は黄色い悲鳴が響きます。

「君、可愛いね。名前は何て言うの」
「え、えーと、サーヤ=ランドレースと言います」
「サーヤね。俺はツヴァイト=セントラル=グリューン第二王子だ、気軽にツヴァイトと呼んでくれて構わない」
「助け上げて頂いてありがとうございました」
 私は深々と頭を下げます。
「そうだ、サーヤもここに座るがいい」
 自分が座っていたソファーを指し示す王子様。途端に再び響き渡る黄色い悲鳴。そんな中、私は眼前の空中に、いつものように選択の文字列が映し出されます。

 1 王子と座る
 2 前の席に孤独に座る
 3 大公令嬢と仲良くなる
 4 公爵令嬢を蹴飛ばす

 この選択も13回目です。今まで2と3は選んだことがありますが、1と4についてはまだ選んだことがありません。

 今回、私は、一つの勝負に出てみることにしました。

 4は流石に無理なので、畏れ多いですが、1の王子と座る。を選ぶことにしました。

 1 で。

 ビー、ビー、ビー

 私が、1を選択した途端に頭の中でサイレンが鳴り響きます。
 続いて、目の前の空中に文字列が流れていきます。

 バグ発生。
 システムエラー。
 修正が必要です。
 デバッグモードに移行します。
 バグ内容、公爵令嬢が第二王子の婚約者ではない。
 修正内容、公爵令嬢の役割を侯爵令嬢が行うように変更。

 実行しますか。

 はい
 いいえ

 これは、よくわからないけれど実行した方がいいのよね。

 はい。実行で。

 サイレンの音が止みました。
 目の前の空中に文字列が浮かびます。

 バグの修正に成功。
 通常モードに戻ります。

 これで、公爵令嬢からの虐めから解放されたのかしら。

 ホットしたのも束の間、第二王子の隣に座っていた、金髪縦ロールのご令嬢様がこっちを睨んでいます。
 公爵令嬢に比べれば全然だけど、それでも怖いです。


 **********[侯爵令嬢、マリー視点]
 私の名前は、マリー=フラウム、誇り高きフラウム侯爵家の長女。
 巷では、私のことを、金髪縦ロール、などと嘲笑する者もいますが、この髪型は、フラウム侯爵家に伝わる、格式高い、伝統の髪型なのです。

 それに、ツヴァイト第二王子殿下に褒めていただいた、大切な思い出の髪型でもあります。そう簡単に変えるわけにはいきません。

 あれはそう、もう7年前になります。7歳になる私は母に連れられて、初めて王宮のお茶会に参加していました。
 子供たちも何人か参加していましたが、皆さん私より年上で、初めて参加した私は、なかなか会話の輪に入れませんでした。
 その時話しかけてくださったのが、ツヴァイト様でした。

「お前はフラウム家のものか」
「はい、フラウム侯爵家のマリーといいます」

「そうか、その髪型ですぐにわかったぞ。貴族の伝統に則った、素晴らしい髪型だ。今では、フラウム家の者以外滅多に見ないが、お前はその髪型がよく似合っているな」
「ありがとうございます。殿下」
「俺のことは、ツヴァイトでよい」

 それまでの私は、この古臭い髪型が好きではありませんでした。しかし、ツヴァイト様に褒めてもらってからは、常にこの髪型にすることにしたのです。

「お前の髪型は目立つな。パーティー会場でもすぐ見つけられる」
「ツヴァイト様、お目を掛けていただきありがとうございます」

 ツヴァイト様は、私を見つけるとすぐに話し掛けてくださいます。
 私が、ツヴァイト様の虜になるまでには然程時間がかかりませんでした。

 それからというもの、私はツヴァイト様のため、生きて来たと言っても過言ではありません。
 ツヴァイト様を狙う雌豚がいれば、ある時は侯爵家の権力で、また、ある時は裏から手を回し、全て排除してきました。
 幸いなことに、最大のライバルと見ていた公爵令嬢が、ツヴァイト様に全く関心がなく、今では第一王子の婚約者です。
 それに関しては、とりあえずは一安心ですが、もし、第一王子と組んでツヴァイト様の王位継承を邪魔するようであれば、全力で捻り潰します。

 そして、今日、新たな雌豚が現れました。
 平民の分際で、ツヴァイト様に話しかけ、事もあろうに隣に座るなんて、信じられません。
 その場で串刺しにしてやろうかと思いましたが、知識のない平民なので、事の重大さに気づいていないのでしょう。後でゆっくりとその身に覚えさせてあげるとしましょう。

 さて、明日から忙しくなりそうです。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

処理中です...