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第一章

第37話 隣国訪問

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 私は、王宮の庭園のガゼボで第一王子とお茶をしている。最近、王妃教育が一区切りついたこともあり、第一王子の予定を見て週に二三度はこういった時間が設けられるようになった。

「エルファンド神聖王国の第二王子が13歳になるそうだ」
 なぜ、今、この話題なのだろう。やはり第一王子は年下の男の子が好みなのだろうか。私は無難に王子が好きなレオンの話を振ってみる。
「13歳ですか、弟のレオンと同じ歳ですね」
 だが、第一王子はレオンの話に乗ってこなかった。
「その祝賀会に招待された。来週王都を出発し、隣国に向かう」
 ああ、そういう事務連絡なのか。暫く留守にするのですね。はいはい、行ってらっしゃい。
「そうですか。気をつけて行ってきてください」
「何を言っている。君も一緒に行くのだよ」
「私も、ですか?」
「君には私のパートナーとして一緒に行ってもらう」
「また、虫よけですか」
 第一王子は女性に付きまとわれるのが嫌で盾役として私と婚約している。

「それもあるが、これは君も望んでいたことだろう」
「祝賀会への出席ですか。確かに美味しいものを食べられるのは嬉しいですが」
「そうではない、創世の迷宮だよ」
「え、創世の迷宮に行けるのですか」
 予てから創世の迷宮に行く許可をお願いしていたが、こういった形で実現するとは思わなかった。

「そうだ。祝賀会の後に、視察ということで創世の迷宮に行く行程を組んだ」
「ありがとうございます。では、早速準備に取り掛かりますので、今日はこれで失礼しますわ」
 私は第一王子を残し、スキップで王宮の庭園を出て、準備に向かった。
「どれだけ楽しみにしていたのやら」
 第一王子のつぶやきは耳に入らなかった。


 二週間後、私は第一王子とともに、隣国エルファンド神聖王国の聖殿で行われる、第二王子の13歳の祝賀会に出席していた。
 祝賀会は、聖殿内の礼拝堂のようなところで行われている。

「随分と厳かな式なのですね」
 私は小声で隣に座る第一王子に耳打ちする。
「そうだな、無事に13歳になれたことを神に報告し、感謝する儀式だからな。神聖王国らしい、我が国にはない慣わしだ」

 国が変われば、慣習も変わるものらしい。

「心配しなくても、この後、君の好きなパーティーもあるから、存分に食べればいい」
「私を食いしん坊キャラにしないでください」
「あれ、違ったのかい」
「違います!」
「ちょっと声が大きいよ」
「すみません」

 周りの視線を集めてしまった。恥ずかしい。


 その後、会場を、聖殿内の大ホールに移し、祝賀会のパーティーが行われた。

 先程の第一王子との会話もあり、お淑やかにしていようと思っていたのであるが、いざ、見たこともない、美味しそうな料理を目の前にして、我慢などできるはずもなかった。
 皿に大盛りで料理を取り分けてもらい、口一杯に頬張っていると、一人の少年に声をかけられた。

「どうですか、料理の出来は、楽しんでいただけていますか」

 モグモグ、ゴックン。
「ゴホ、ゴホ」

「あ、これは失礼、急に話しかけてしまって。実に嬉しそうに食されていたものだからつい」
「ゴホ、ゴホ、いえ。こちらこそすみません、殿下。余りにも美味しかったもので、つい夢中になってしまって」
 声をかけてきた少年は、この国の第二王子だった。名前は……忘れた。と言うか聞いてなかった。

「そうですか。それは良かった。後で料理長を褒めておくことにしよう。ところで、お名前を伺っても」
「これは重ね重ね失礼しました。ファルベス王国、ロレック=ノース=シュバルツ公爵の娘、エリーザと申します」

「ということは、アインツ殿下の婚約者ですか。それは、残念」
「残念?」

「あ、いえ。アインツ殿下と婚約されていなければ、ぜひ、私が婚約者に立候補しようと思いまして」
「あら、殿下は随分とお口がお上手なのですね」

「そんなことはございません。本心からそう思っていますよ。もし、アインツ殿下と婚約解消されたら、私のところに来てください。喜んで迎え入れいたします」

 私が、どう返答したものか困っていると。
「殿下、私の婚約者を口説くのは止めていただきたいものです」
 第一王子がどこからか現れた。

「これは、アインツ殿下、こんな素晴らしい婚約者がいるとは羨ましい。放っておくと、私のような、不逞の輩に取られてしまいますよ」
「それは、ご忠告ありがとうございます。今後は、虫がつかないよう、手元から離さないことにします」

 二人の殿下は笑いながら会話をしている。これは、私をネタにしたジョークトークなのか。

「エリー、行くよ」
「え、あ、はい。御機嫌よう、殿下」
「そうですか。名残惜しいですが仕方ないですね。先程のこと考えておいてくださいね。ではまた」

 そのネタどこまで引っ張るの。
 私たちは、第二王子の元を離れた。

「エリー、虫よけに、虫がついては意味がない」
「そう言われましても」
「あれくらいは軽くあしらってもらわないと」
「そうですね。申し訳ございませんでした」
 私は第一王子に頭を下がる。

「あれくらいのネタで狼狽えてはいけませんよね」
「ネタ?」
 あれ、「ネタ」では意味が通じなかったのだろうか。庶民の言葉で、王子には通じなかったのかも。
「私、からかわれたのですよね。第二王子に」
「ああ、そうだね。ネタだな。ネタ。今度話し掛けられたら睨んでやればいい」
「そんなことして問題になりませんか」
「大丈夫だ。責任は私がとる」
「そうですか。ならば、そうさせていただきます」
「あ、死なない程度にね」
「……」
 そのネタはもう要りません。
 私は話題を変えることにした。

「それにしても、エルフ系の人が多いのですね」
「エルフ系の特徴が出た者は、優遇されているからね」
「そうなのですか」

「エルフ系の特徴が強く出た者は、国の重要ポストに優先して就けるらしい」
「そういえば、さっき礼拝堂で進行をしていた方もエルフ系でしたね」
「その代わり、制限も多いようだ。婚姻の自由がなかったり、国外に出ることも原則禁止らしい」
「あら、わたしが習っていた家庭教師は、エルフ系でしたけれど、この国出身でしたよ」

「原則だから例外もあるが、それは、珍しいね。しかも、公爵家の家庭教師とは」
「いまは、この国に戻っているはずですが」
「その辺でばったり出会うかもしれないね」
「そんなことあるわけないですよ」

「あれ、エリーザお嬢様ですか」
 噂をすれば何とやら。元家庭教師のニコラス=アウランが目の前に立っていた。よくよく考えれば、アウランは子爵だ。しかも、ニコラスはエルフ系がかなり強い。この会場にいても何ら不思議ではなかった。

「エリーザお嬢様、一年ぶりになりますか。久し振りですね。前回はろくに話もできず失礼しました」
「いえ、ニコラス先生、二年ぶりですよ。公爵家の屋敷で別れたきりですから」

「あれ、そうですか、創世の迷宮でお会いしましたよね?」
 ああ、やはり覚えていたか。だがここはとぼけとおすしかない。
「何か勘違いをされているのでは、私は創世の迷宮行ったことはありませんよ」

「ちょうど一年くらい前の話ですけど、エリーザお嬢様とメイドのシリーさんと、迷宮の中でお会いした気がするのですが」
「それはきっと幻ですわ。その頃は婚約が決まって忙しかったですし」

「そういえば、婚約されたそうで、おめでとうございます」
 よし、上手く話題を変更できた。
「ありがとうございます。こちらが婚約者のアインツ殿下よ」
「これは失礼しました。子爵のニコラス=アウランでございます。以前にエリーザお嬢様の家庭教師をしておりました」
「ファルベス王国第1王子のアインツ=セントラル=グリューンだ。ちょうど先ほど、そなたについて、話を聞いていたところだ」

「私の話ですか?」
「そうだ、エルフ系の者は、原則国外に出ることを禁止されていると聞くが、そなたはエリーの家庭教師をしていたという。不思議に思ってな」

「そうなのです。考古学に興味があるものですから、国外を含めあちこち回りたいのですが、この耳のせいで国外に出してもらえず大変です」
 元家庭教師は自分の耳を摘まみ苦笑いをする。

「特別に公爵家に伝わる魔剣を調べる。ということで許可をもらって国外に出たのですが。五年帰らなかったら、無理矢理連れ戻されてしまいました」
「魔剣が目的で公爵家の家庭教師になったのか」
「いえ、魔剣について教えてもらおうと伺ったら、家庭教師にスカウトされました」
 ニコラスが家庭教師をしていたのはそういった経緯なのね。知らなかったわ。

「それで、魔剣は見せてもらえたのか」
「いえ、話はいくつか伺えましたが。実物は見せてもらえませんでした」
「私も魔剣に興味があるのだ、その辺の話をもっと詳しく伺いたいのだが」
「構いませんよ。それでしたら、あちらに移動しましょう」

 私をほったらかしにして、男二人は魔剣談議に花を咲かせるのだった。

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