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第一章

第36話 第一王女

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 **********[第一王女ナターシャ視点]
 今まで中立を保っていた、四公爵家の一角が崩されてしまった。北の公爵家が第一王子についてしまったのだ。
 普段から王位などはいらないと、うそぶいているくせに、第二王子派が狙っていたイライザ令嬢をあっさりと奪っていった。

 このまま、みすみす、第一王子や第二王子に王位を渡すわけにはいかん。
 指を咥えて、手を拱いている場合ではないのだ。
 たとえこの身がどうなろうとも、いかなる辱めを受けようと、アリアお母様のため。そしてまだ見ぬドライク兄様のため。妾はこの身を投げ打ってでも、公爵家の支持を得なければならん。

 幸い、今日の国王謁見後のパーティーはチャンスである。普段領都から出てこない公爵令息と顔を合わせる、またとない機会だ。
 女の武器を使ってでも、公爵令息を第三王子派に引き入れなければなるまい。

 妾が覚悟を決めてパーティー会場に入った時には、公爵令息は既に沢山の女の子に囲まれておった。
 王族であることが仇となり、先手を取ることが出来なんだ。王族は偉そうに最後に入場しなければならん。

 妾は遠くから公爵令息の様子を伺う。
 茶色の髪に端正な顔立ち、少し華奢にもみえるすらっとした長身。あれは女の子受けがよいだろう。
 あの容姿なら女の子を好き放題出来そうなものだが、どうも公爵令息は周りの女の子に関心がないようだ。
 やがて、集団から離れ、食べ物を取りに移動した。
 今がチャンスだ。妾も急ぎそちらに向かう。

「変わった食べ物だな。それは何だ?」
 見慣れぬ食べ物を嬉しそうに自分の皿に取り分けている公爵令息に後ろから声をかける。
「王女殿下!」
 絶世の美女である妾に声をかけられて驚いておるぞ。掴みはOKだな。

「これは、フライドポテトですね。よろしければお取りしましょうか」
「そうしてもらえるか。えーと」
 まあ、誰であるか知っていて近づいたのだが、狙って近づいたことを悟られないためにもここは知らないふりだな。
「失礼しました。北の公爵家嫡男のレオンといいます」
「そうか。レオンか。妾のことは、ナターシャと呼んで構わん」
「では、ナターシャ殿下、こちらをどうぞ」

 妾は、公爵令息から渡されたフライドポテトをフォークで刺し、口に入れる。
 今まで食べたことのないものだ。ほくほくして美味しい。

「これはどこの食べ物なのだろう? 妾は初めて食べるが」
「これの材料は馬鈴薯といって、北の公爵領の特産品になります。最近は王都でも食べられるようになったようですね」
「ああ、これが馬鈴薯か。レオンの姉君がいろいろな料理法を広めているみたいだな」
「姉さんがそんなことを」
「この前ポテトチップというものをいただいたぞ。同じ油で揚げたものだろうが、あれとは食感がまるで違うな」
「そうですね。姉さんが作ってくれたポテトサラダも絶品でした」

「ほう。姉君の手料理か。レオンは姉君と仲が良いのか」
「そうですね。普通の姉弟と比べれば仲が良い方だと思います」
「そうか、では離れ離れでは寂しかろう」
 公爵令息の手を取り握りしめた。

「妾で力になれることがあれば、何でも言ってくれ。レオンのためなら何でもしよう」
「ナターシャ殿下。真に畏れ多いお言葉、感謝の念に堪えません」

 よし、落ちたな。妾が手を繋いでやったのだ。落ちない男はおるまい。
 これで公爵令息は妾の虜だ。北の公爵は第三王子派に決定だな。


 **********[レオン視点]
 国王謁見とその後のパーティーを終え、屋敷に戻るとその足で僕は父上の執務室に向かった。
「父上、魔剣について教えて頂きたいのですが」
「レオン、どうした藪から棒に。と言っても大体予想はつくがな。第一王子から何か言われたか」
「ご存知でしたか。今日、第一王子と会い、魔剣のことを聞かれました」
「そうか、前から探りを入れてきていたからな、エリーを婚約者にしたのもそれが目的だろう」
「姉さんはそのために婚約させられたのですか!」
「まあ、そればかりではないだろうがな」

「それで、第一王子が狙っている魔剣には一体何があるのですか」
「公爵家に代々伝わる秘宝だが、その秘密については、公爵家の家長のみが知ることができる重要事項だ、今のお前に教えるわけにはいかん」

「姉さんは知っているのですか?」
「知らん」
 父上は一度否定してから、考え込むようにして言葉を続けた。
「いや、もしかすると知っているかもしれない。私は話していないが、エリーに懇願されて、一度だけ魔剣を見せている」

 姉さんは魔剣を見ているのか、そうなると秘密を知っているとみておくべきだろう。姉さん鑑定魔法は万能だ。
「第一王子の婚約者となるなら、見せるべきではなかったかも知れん。今となっては後の祭りだがな」
 父上は苦笑いを浮かべている。

「第一王子はなぜ魔剣を狙っているのでしょう」
「それは分からん。だが、詳しくは話せんが、世界がひっくり返るほどの秘密だ、欲しくなっても不思議ではない」

「世界がひっくり返る。それほどですか」
「そうだ、魔剣の秘密が表沙汰になれば、国家間の戦争にもなりかねん」
「戦争に」

「よいか、私にもしものことがあり、第一王子と魔剣のことで敵対することになったら、第二大公を頼れ」
「第一大公のおじい様でなくてですか?」
 第一大公、オラク=セントラル=グラウは前王の弟で母上の父親だ。
 一方、第二大公、ヒューレ=セントラル=ゲルプは現王の弟で、娘のトレス様は姉さんと同じ歳だ。

「第一大公はお前と血の繋がった祖父になるが、第二王子派だ」
「第一王子を牽制するには、その方が都合が良いのでは?」
「あまり知られていないが、実は、第一王子と第二王子、本人同士は仲が良い。第二王子では第一王子の牽制にならん」
「第一王子と第二王子は仲が良いのですか、てっきり対立しているものと思っていました」
「あくまで、本人同士の話だ、周りはお互いの排除に動いている。特に第一側室のイリス様と第二側室のグレタ様の仲は険悪そのものだ」

「そうですか。それでなぜ第二大公なのですか」
「第二大公は第三王子を推している」
「第三王子ですか。あの行方知らずの」
「そうだ、第一王子に対抗できるのは、第三王子だけだ」

 今日会った第一王女は、第三王子と同じ、正妻アリア様の子だ。あちらもこちらと繋がりを持ちたい様子だった。念のため結びつきを確保しておくべきか。

「とはいっても、もしも第一王子と敵対した場合の話だ。現状、エリーのせいで、うちは第一王子派だとみなされている。王子も強引には魔剣を奪いには来ないだろう」
 姉さんを強引に奪っていった第一王子が、魔剣を強引に奪いに来ないとは決していえない。充分に用心しなければ。


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