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第3話 リング

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 魔術の名門アートランク伯爵家を勘当され屋敷を追い出されたボクは、メイドのミキと一緒に駅に向かった。本当ならこれからは一人でやっていくはずだったが、ミキが付いて来てくれたのは嬉しい誤算である。
 バラック兄さんが、ミキを連れ戻すために追って来ないとも限らないので急いだこともあり、駅には三十分とかからずに到着した。

「マレック様、駅に着きましたが、列車に乗るにはお金がかかるのですが……」
「ミキ、流石にボクでもそれくらいのことは知っているよ。だからほら、屋敷から少しコインをちょろまかしてきた」
 ボクはポケットから数枚の金貨を取り出して見せた。

「はぁー。まあ、こんなことだろうと思っていました」
 ミキは額に手をやると呆れたようにため息をついた。

「何か問題でも?」
「マレック様は買い物をされたことがないでしょうからご存じないのも仕方ございませんが、現在、コインは買い物などには使われておりません。屋敷にあったのは、魔術に使用するための物です」

「へー。このコインは魔術専用だったんだ。そうか、このコインは買い物に使えないのか……。て、ことは、今のボクは一文無し!」
「そういうことになりますね。と、いうか、現在買い物にコインは使われていないと申し上げましたが、それはそのコインに限ったことではありません。全てのコインが使われていないのです」

「え? それじゃあ、どうやって支払いをしてるんだい?」
「今は、お金の支払いにはこのリングを使用しています」
 そう言って、ミキは左腕を差し出し、そこにしている腕輪を右手で指し示した。

「それ一つでは困らないか?」
「ああ、このリングを渡すのではなく、リングでお店の機械に触れると自動で口座からお金が引き落とされる仕組みです」

「そんなことになっているのか! だが、困ったな。ボク、リングも口座も持ってないよ」
「口座は私の口座を使えばいいとしても、これからは、リングは持っていた方がいいかもしれませんね」

「ミキの口座を使うということは、ミキのお金だよね。そんなわけにはいかないよ」
「ですが、マレック様は一文無しですよね?」
 そうだった。自分でお金を稼ぐまではミキに頼るしかない。

「すみません。暫くお金を貸しておいてください。自分で稼げるようになったら返しますので」
「マレック様はそんなこと気にする必要はないんですよ。私が一生養って差し上げますから」

 それじゃあ完全にヒモじゃないか。
「できるだけ早く返すから」
「急がなくてもいいのに……。とりあえず、あそこのリングショップでマレック様のリングを用意しましょう」

「駅の中にそんな店まであるのか!」
 駅の中には土産物屋と立ち食いスタンドがあるくらいかと思っていたが、よく見ると色々な店が営業していた。

 ボクたちは先程目についたリングショップに入った。

「身につけるものですから、いろいろなデザインの物が売られているんですよ」
 店内には腕輪だけでなく、指輪やペンダントも並べられていた。あれもリングなのか?

「用途に合わせて、一人で複数個持っているのが普通です」
 まあ、女性なら服装に合わせてリングのデザインも変えたいだろう。

「そうなのか。それなら、ミキも他に持っているのではないのか?」
「はい、持っていますが」

「それならわざわざ買わなくても、それでいいぞ」
「あー。残念ながら、他人のリングは使えないんです。生体認証機能がありますから」

 つまり、盗んでも使えないということか。
「そんな機能まであるのか! なかなか高性能だな」

「マレック様、こちらの指輪などどうでしょう。先程気にされていたようですが」
「ああ、それもリングなのか気になっていたんだ」
 ミキはショーケースに並べられた指輪を勧めてきた。

「機能的にはこちらの指輪も、腕輪と変わりませんね」
「そうか、なら指輪の方が邪魔にならないかな?」

「指輪でよろしいのですか? でしたらこのペアの指輪がよろしいかと」
「二つも要らないぞ」

「一つは私用です。セットで買うとお安くなりますし」
「ミキはその指輪が欲しかったのか? それなら、それで構わないが」

「ありがとうございます」
「うん、いや、まあ」
 お礼を言われても、支払いをするのはミキなので、なんとも情けない状態だ。

「すみません。このペアの指輪をください」
「はーい。少々お待ちください」

 ミキが店員に声をかけ、ショーケースから指輪を出してもらった。
「こちらは、決まった相手がいらっしゃる方向けの商品ですが、よろしいですか?」
「決まった相手?」
「マレック様、私はマレック様の専属ですから、決まった相手ですよ」

「そうか。なら、問題ないな」
「それでは生体認証と口座の登録を行いますのでこちらにお越しください」

 ボクたちは別室に連れて行かれると、そこで登録作業が行われた。

 途中、口座登録の際に店員が「二つともミキ様の口座につけてよろしいのですね?」と言っていたが、ヒモのところが強調されていたように感じたのは、多分ボクの被害妄想だろう。

 そんなことを考えているうちに登録は終わったようだ。

「はい、これで終了です。ここで嵌めていかれますか?」
「はい、嵌めていきます」
 なくさないように指輪は常に嵌めて置いた方がいいだろう。それに、列車に乗るときに早速リングとして使うことになるはずだ。

「え! ここでハメるのですか?」
 ミキが何故か驚いた様子だ。

「何かまずかったか?」
「いえ、少し恥ずかしくて……」
 ミキはチラチラと店員の方を見ている。

 指輪を嵌めるということは、人に見られると恥ずかしいことなのだろうか?
 でもまあ、ミキが恥ずかしいと言うのなら仕方がない。

「少し席を外してもらっていいだろうか」
「わかりました。終わりましたらお声がけください」
 ボクは店員にお願いしてミキと二人だけにしてもらう。

「それでは嵌めるとするか」
「では少々お待ちください」

 なぜかミキが服を脱ぎ出した。

「ミキ! 何をしているんだ?」
「え? ハメるなら脱いだ方がいいかと……」

「いや、服を脱ぐ必要はないだろう」
「あっ。着衣のままがお好みでしたか?」

「指に嵌めるだけなのに着衣も何も関係ないだろう」
「ああ、指ハメですから。ならどうぞ」

 ミキはボクの手首を掴むと、もう片方の手でスカートをたくし上げ、その中にボクの手を誘い込もうとした。

「ちょちょ、ちょっと! 何するの?」
「指ハメされるのではないのですか?」

 ボクは必死に腕を引こうとしているが、ミキの力が強く引き戻すことができない。
 ミキが力持ちというのは本当のことだったようだ。

「指に指輪を嵌めるだけだから!」
「えー! それだけですか?!」

「当然だろう」
「そうですか。まあ、こんな所ではゆっくりできませんものね」

 ミクはやっとボクの手首を離してくれた。

「それではお願いします」
 なぜかミキが左手をボクの前に突き出した。

「えーと、これは?」
「薬指に嵌めてください」

「ああ、指輪をボクが嵌めればいいのか。薬指ね」
 ボクはミキ用の指輪を手に取ると、彼女の左手の薬指にそれを嵌めた。

「ありがとうございます。大切にします」
 ミキは涙を浮かべながら微笑んだ。
 そこまで嬉しいものだろうか?

「それじゃあ、マレック様には私が……」
 ミキはボク用の指輪を手に取ると、もう片方の手でボクの左手を取った。そして、やはり薬指に指輪を嵌めたのだった。

 指輪を嵌めただけなのに、なんだか凄く気恥ずかしい。店員に外に出てもらっていてよかった。

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