横浜駅のウンコ

居間一葉

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横浜駅のウンコ

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 横浜駅の改札口の手前に、ある朝、一本のウンコが放置されていた。
 犬のものにしては大きすぎる。おそらくガチの人糞であろう。大きさ、太さ、長さ、色艶の全てにおいて、100点満点の優等生ウンコであった。
 なぜその優等生が、こんな場違いな場所に迷い出てきてしまったのだろうか。
 無責任な想像は、何通りもできよう。夜中に催した酔客が、無人の改札口で放ったのかもしれないし、神経衰弱の文学青年が、梶井基次郎の檸檬になぞらえて茶色の爆弾を置いたのかもしれない。現実的なところでは、誰か・あるいは社会に向けた嫌がらせとして、何者かが罠を仕掛けたということだろうか。
 いずれにせよ、まずもって一番の被害者は、この優等生なウンコ君であろう。場違いな場所に無理に連れてこられ、自然と切り離された固く冷たい人工大理石の床の上で、群がる群衆に白い目で見られながら、ぶるぶると震えているように見えた。
 私は、この優等生ウンコ君に対して、同情を禁じ得なかった。
 本来の運命に従い、下水道の流れの中に投じられていれば、今頃はその逞しきbodyを、存分にうねらせて泳ぎ回っていただろう。そしていずれは、大海に注ぎ込み、そこで小海老の食事となり、さらには黒鯛の餌にでもなって、やはり大海原を力強く泳いで渡っていただろう。
 燦々と降り注ぐ日差し。心地よい磯の香り。刹那、さざなみを切り裂くように水面から飛び跳ねる見事な黒鯛の姿を、私は一瞬垣間見た気がした。
 しかし朝の横浜駅はせわしない。我こそは社会を動かす大事なパーツで、自分があと17分以内に桜木町駅に到着しなければ、日本が沈没すると本気で思っていそうな凡人達が、うじゃうじゃと行き交っている。
 安物の革靴の一つが、優等生の頭(尻かもしれぬが)を踏みつけた。その革靴は何も気づいていないようだった。そのまま歩き去る革靴の跡に、茶褐色のみずみずしい体の一部が点々と残されていく。
 そうやって広がりを見せたウンコゾーンの存在感が大きくなっていくにつれ、それまでどうにか乱れることのなかった群衆の流れが、明らかに動揺しはじめた。中にはあからさまに「ウンコだ!」と叫ぶ者もいる。
 いよいよ改札口は阿鼻叫喚の様相を呈してきた。立ち止まり靴裏を確かめようとする者がひとり。行く手を阻まれ、その者にぶつかる者もひとり。ふたりは仲良く倒れ込んだ。ウンコの上に。
 後者が手に持っていたスマートフォンが、弾みで手から離れて、床の上をウンココーティングを施されながら艶やかに滑り踊る。そして、主人を置いて一足先に改札口をパスしていった。ウンコに塗れながら慌ててそれを追いかける主人は、自動改札機の扉に下腹部を強打した。混乱しながら手元のかばんを探っている。お探しの定期券情報入りのスマートフォンは、前述の通りすでに改札を通り抜けている。卵が先か、鶏が先か。
 面白い。実に面白い。さっきまで日本沈没を阻止せんと引き締まった顔をしていた凡人達が、改札口のウンコ一つに戸惑い、取り乱している。このままでは数時間後には日本円の為替レートが暴落し、リーマンショック以来の経済危機が訪れるであろう。
 そういえば、為替レートや株価の乱高下を表す折れ線グラフは、どこか大海の荒波を思わせる。その波から威勢よく顔を出す黒鯛の姿を想像して、私はニヤニヤするのであった。
 優等生君、きみに幸あれ。



 
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