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雨の夜
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それからも、もさっとおじさんは、町長さんのすすめるままに、色々なお仕事をやってみました。
ほかの人もみんな、最初はおじさんに、こころよくお仕事を教えてくれました。
けれど、この町の人はみんな、お仕事には妥協しないカンペキ主義者です。
不器用で、ぼーっとしていて、力も弱いおじさんは、結局どのお仕事も、長続きはしませんでした。
りょう師さんと一緒に、鉄砲を担いで、りょうに行ったこともありましたが、おじさんは足が遅すぎて、えものをとることができませんでした。
音楽家さんに楽器を教わったこともありましたが、おじさんはおんちで、その演奏はひどいものでした。
やがて、おじさんにお仕事を教えてくれる人は、誰もいなくなりました。
そんな、ある雨の夜のことでした。
困り果てた町長さんが、おうちのだんろの前で深いため息をついていると、玄関のベルが鳴りました。
玄関のドアを開けると、そこには雨でびっしょり濡れた、もさっとおじさんが、胸にモフモフ犬を抱いて、立っていました。
驚いた町長さんは、だんろの前におじさんとモフモフ犬を案内しました。
もさっとおじさんは言いました。
「町長さん。よく考えたのですが、ぼくは今から、この町を出ていこうと思います」
「えっ。どうしたんだい、急に」
町長さんは驚いて、わけを聞きました。
「はい。ぼくはこの町の人が大好きです。町の人はみんな優しくて、お仕事にも一生懸命です。町長さんも、その一人です。町長さんのおかげで、ぼくは、色々なお仕事をすることができました。けれど、ぼくには何のとりえもなくて、ひとつもまともにできるお仕事はありませんでした。この町で、そんな人間は、ぼくだけです。ぼくは、ぼくみたいな人間が、この町にいるのは、恥ずかしいことだと思います。ぼくがいなくなれば、この町は、今よりもっといい町になるでしょう。だから、ぼくは、この町のために、この町を出ていきたいのです」
町長さんは、すぐにおじさんを止めようと考えました。けれど、おじさんがこんなに真剣に、自分のことを話すのは初めてだったので、しばらく黙っていました。
おじさんは、床のじゅうたんの上にモフモフ犬を置いて、続けました。
「でも、ひとつだけ心配なことがあります。それはこの犬です。今までは、町の人たちに可愛がってもらって、なんとか一緒にいられましたが、この町の外に連れて行ったら、どうなるかわかりません。だから、一つだけお願いがあります。僕が出て行ったあと、町長さんのおうちで、この犬の面倒を見てやってくれませんか」
町長さんは、座って、モフモフ犬の顔を覗き込みました。
モフモフ犬は、だんろの前があまりに暖かいのと、じゅうたんがフカフカで気持ちいいのとで、思わずあくびをしてしまいました。
それを見て、町長さんはモフモフ犬を優しく抱き上げて、言いました。
「そうか、わかった。きみが自分で決めたことなら、私は応援するよ。本当は、私は町長として、この町で、きみにあった仕事を探してあげたかったのだけど。もしかしたら、この町の外にこそ、きみにぴったりの仕事があるかもしれない。この犬のことは、万事心配いらないから、安心したまえ。うんとうんと大切にして、必ず、必ず、幸せにするから」
モフモフ犬は、さっきからなんだか難しい話をしているなあと思いました。そして、町長さんとおじさんの顔を、かわりばんこに見つめながら、首をちょこんとかしげました。
モフモフ犬のその姿を見て、おじさんは、ちょっとだけ笑いました。
町長さんは、その小さな笑顔を見て、これでいいのだ、と自分に言い聞かせました。
おじさんは、最後に町長さんにお礼を言うと、まだ雨が降っている中、外に出ていきました。
おじさんが町を出て行ったことは、しばらくの間、町の人の噂になりました。
ですが、おじさんがいなくなっても、この町は何も変わらないように見えました。
もともと、おじさんは何の仕事もしていなかったのですから、当たり前です。
やがて、おじさんの噂をする人は、誰もいなくなりました。
おじさんと別れたモフモフ犬は、町長さんのおうちで、飼われています。
モフモフ犬は最高にプリティでキュートでファンシーなので、すぐに町の人気者になりました。
モフモフ犬のお世話は、町の子供達がすすんで、かわりばんこでやってくれました。
モフモフ犬は、町の人に愛されて、それなりに幸せそうにしていました。
ただ、雨が降ると、モフモフ犬は、町長さんのおうちの玄関ドアの前に座って、じーっとしていました。雨が止むまで、ご飯もいっさい食べず、子供達とも遊ばず、寝ることもしません。
その姿を見て、町長さんは、いつも小さなため息をつくのでした。
ほかの人もみんな、最初はおじさんに、こころよくお仕事を教えてくれました。
けれど、この町の人はみんな、お仕事には妥協しないカンペキ主義者です。
不器用で、ぼーっとしていて、力も弱いおじさんは、結局どのお仕事も、長続きはしませんでした。
りょう師さんと一緒に、鉄砲を担いで、りょうに行ったこともありましたが、おじさんは足が遅すぎて、えものをとることができませんでした。
音楽家さんに楽器を教わったこともありましたが、おじさんはおんちで、その演奏はひどいものでした。
やがて、おじさんにお仕事を教えてくれる人は、誰もいなくなりました。
そんな、ある雨の夜のことでした。
困り果てた町長さんが、おうちのだんろの前で深いため息をついていると、玄関のベルが鳴りました。
玄関のドアを開けると、そこには雨でびっしょり濡れた、もさっとおじさんが、胸にモフモフ犬を抱いて、立っていました。
驚いた町長さんは、だんろの前におじさんとモフモフ犬を案内しました。
もさっとおじさんは言いました。
「町長さん。よく考えたのですが、ぼくは今から、この町を出ていこうと思います」
「えっ。どうしたんだい、急に」
町長さんは驚いて、わけを聞きました。
「はい。ぼくはこの町の人が大好きです。町の人はみんな優しくて、お仕事にも一生懸命です。町長さんも、その一人です。町長さんのおかげで、ぼくは、色々なお仕事をすることができました。けれど、ぼくには何のとりえもなくて、ひとつもまともにできるお仕事はありませんでした。この町で、そんな人間は、ぼくだけです。ぼくは、ぼくみたいな人間が、この町にいるのは、恥ずかしいことだと思います。ぼくがいなくなれば、この町は、今よりもっといい町になるでしょう。だから、ぼくは、この町のために、この町を出ていきたいのです」
町長さんは、すぐにおじさんを止めようと考えました。けれど、おじさんがこんなに真剣に、自分のことを話すのは初めてだったので、しばらく黙っていました。
おじさんは、床のじゅうたんの上にモフモフ犬を置いて、続けました。
「でも、ひとつだけ心配なことがあります。それはこの犬です。今までは、町の人たちに可愛がってもらって、なんとか一緒にいられましたが、この町の外に連れて行ったら、どうなるかわかりません。だから、一つだけお願いがあります。僕が出て行ったあと、町長さんのおうちで、この犬の面倒を見てやってくれませんか」
町長さんは、座って、モフモフ犬の顔を覗き込みました。
モフモフ犬は、だんろの前があまりに暖かいのと、じゅうたんがフカフカで気持ちいいのとで、思わずあくびをしてしまいました。
それを見て、町長さんはモフモフ犬を優しく抱き上げて、言いました。
「そうか、わかった。きみが自分で決めたことなら、私は応援するよ。本当は、私は町長として、この町で、きみにあった仕事を探してあげたかったのだけど。もしかしたら、この町の外にこそ、きみにぴったりの仕事があるかもしれない。この犬のことは、万事心配いらないから、安心したまえ。うんとうんと大切にして、必ず、必ず、幸せにするから」
モフモフ犬は、さっきからなんだか難しい話をしているなあと思いました。そして、町長さんとおじさんの顔を、かわりばんこに見つめながら、首をちょこんとかしげました。
モフモフ犬のその姿を見て、おじさんは、ちょっとだけ笑いました。
町長さんは、その小さな笑顔を見て、これでいいのだ、と自分に言い聞かせました。
おじさんは、最後に町長さんにお礼を言うと、まだ雨が降っている中、外に出ていきました。
おじさんが町を出て行ったことは、しばらくの間、町の人の噂になりました。
ですが、おじさんがいなくなっても、この町は何も変わらないように見えました。
もともと、おじさんは何の仕事もしていなかったのですから、当たり前です。
やがて、おじさんの噂をする人は、誰もいなくなりました。
おじさんと別れたモフモフ犬は、町長さんのおうちで、飼われています。
モフモフ犬は最高にプリティでキュートでファンシーなので、すぐに町の人気者になりました。
モフモフ犬のお世話は、町の子供達がすすんで、かわりばんこでやってくれました。
モフモフ犬は、町の人に愛されて、それなりに幸せそうにしていました。
ただ、雨が降ると、モフモフ犬は、町長さんのおうちの玄関ドアの前に座って、じーっとしていました。雨が止むまで、ご飯もいっさい食べず、子供達とも遊ばず、寝ることもしません。
その姿を見て、町長さんは、いつも小さなため息をつくのでした。
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