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「アー、あー、オ、オああーッ!」
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終わった、と思った。
僕はイタチに対して、どうしても隠しておきたいことを二つ、下半身に抱えていた。正直に言えば、法律がどうこうなんて、それを覆い隠すための浅薄な言い訳だ。無力だった。僕が履いている、ズボンのファスナーのように。
イタチの指先が、空いたファスナーの中から、ズボンの中に入ってきた。少し戸惑うように、右往左往している。
「も、モモヒキ、履いてるんだ。その、今日、寒いから」
僕にとって、モモヒキを履いていることは、とても恥ずべきことだった。少しだけ余談をするが、僕は、下半身にまつわることにかけては、どうも人より出遅れてきたようだ。幼稚園に通っていた頃は、オムツがまだ取れないことに悩んでいた。小学校の遠足では、おねしょが心配で夜に一睡もできず、そのため昼間はバスの中でずっと寝ていた。中学校では、トランクスを履きたいと母親に言い出せず、いつもブリーフの上に体操着のズボンを履いて隠していた。
大人になってからは、人前で服を脱ぐ機会は、自分が望む限り避けることができる。だから、モモヒキを履いていても、問題はないはずだった。こんなことにならない限りは。
僕は消え入りそうな声で、イタチに告白した。
「も、モモヒキ…その、いつもは履いてないんだ、今日は寒かったから、その」
母親に言われて履いてきた、とまでは、口が裂けても言えない。あまりに格好悪すぎる。
僕の訴えに、イタチは小首を傾げた。
「モモヒキって何? タイツのこと?」
イタチは事も無げに言った。全く気にしていないようだった。むしろ、そのことで狼狽えている僕を不思議がっているようだ。
モモヒキではなく、タイツ。イタチによってそう言い換えてもらっただけで、僕は一つ救われた気がした。つい直前まで感じていた劣等感が一つ、ふわっ、とかき消えていった。 体験したことのない、心地よさだった。
その間にも、イタチの指は、探り当てたモモヒキ改めタイツの股間の合わせ目から、更に中へ入ってきた。温まってきたとはいえ、まだ冷たさの残るイタチの指が、無邪気に僕のものを包み込んだ。
僕の中で、最後の葛藤が巻き起こった。僕にとって最大のコンプレックスを、イタチに知られたくないという思いと、逆にイタチにこそさらけ出したい、そして受け止めてもらいたいという思いと。
僕はこの期に及んで、まだ、猪口才な理性の方を働かせようとした。イタチの指先一つで、自由にされてしまう情けない自分を否定しようとした。
意識をイタチの指先から引き剥がそうと、頭の中で二人のおっさんを思い浮かべた。顔色の悪い職場の主任と、おでんの屋台の傍で放尿していた禿頭の団子虫である。主任のがさついた黄土色の顔に加齢臭。団子虫の禿頭と立ち小便の音。不快極まる絵面を頭の中で作り出して、イタチに歯向かおうとしたのである。一体何を守ろうとしているのか、自分でもよく分からない。歯を食いしばり、オリオンを見上げ、四肢を伸ばして突っ張った。
イタチは更に身体を寄せてくる。イタチの左胸が、僕の二の腕のあたりに押し付けられている。確かな柔らかさを感じて、僕は腰を浮かせた。股間の聞かん坊が、ムクムクと膨らんだ。
主任、お願いです。今だけでいいから仕事をしてください。
イタチの小さな頭が、僕の鼻先で揺れている。ぱさついた髪の毛先が、イタチの動きに合わせて揺れ、僕の顎から喉元のあたりをくすぐる。先ほどは微かにしか感じなかった、イタチの髪の匂いがする。正確には、黒く戻った髪の根元、頭皮の匂いなのかもしれない。イタチ本来の匂い。生まれて初めて嗅ぐ、生の女性の匂いだ。
僕の訴えもむなしく、頭の中では主任がトイレに向かい、団子虫は屋台に戻っていった。万事休すである。
「は、初めてなんだ」
僕は白状した。白状しながら、イタチの頭に自分から鼻を押し付けていた。寒さで漏れ出た鼻水が、イタチの頭についた。それを舐めとるくらいの勢いで、僕はイタチの髪の中に鼻先を突っ込んだ。たまらない。いい匂いがする。
「そうなんだ。それで?」
イタチは指を動かしながら、先ほどと同じように相槌を打ってきた。僕は困惑した。この話はこれが全てである。原因も過程も終わりも全部同じだ。僕が童貞だという事実だけがある。
「気にしてるの?」
イタチの問いかけに、僕は正直に、小さく頷いた。いたずらを告白させられる子供のように。
「ばかじゃん」
イタチは笑った。
「あのね、私もね、こういうこと、初めての人としかしたことない」
意外な事実だった。世の中に、そんなに大勢、童貞がいるのかと。童貞なんて、世間を見渡しても自分くらいのものだと思っていた。
イタチの左手が、僕の右手を掴んだ。そして、自分のトレーナーの中へと導いていく。柔らかく、優しい膨らみと、寒さの中で固く尖ったものとが、僕の手に触れた。アップリケのイタチが、笑っている。膨らんだ聞かん坊が、自ずから、下着とモモヒキの中から頭を覗かせた。
爆発の時が近づいている。僕は顔をしかめながら、夜空を見上げた。四肢を広げて、空に張り付いているオリオン座と、今の自分の姿が似ていると思った。
イタチの指が、僕のコートのボタンを一つ、外した。
「いいよ」
悪戯っぽい声と共に、不思議な感触を股間に感じた。何か固くて無機質なものが、僕の尖ったものを包んでいるようだ。
けれど、それが何なのか、確認する余裕は僕にはなかった。
「アー、あー、オ、オああーッ!」
産声にも似た奇声と共に、僕は射精した。
クスノキのカラス達が、何事かと驚いて一斉に飛び立った。
僕はイタチに対して、どうしても隠しておきたいことを二つ、下半身に抱えていた。正直に言えば、法律がどうこうなんて、それを覆い隠すための浅薄な言い訳だ。無力だった。僕が履いている、ズボンのファスナーのように。
イタチの指先が、空いたファスナーの中から、ズボンの中に入ってきた。少し戸惑うように、右往左往している。
「も、モモヒキ、履いてるんだ。その、今日、寒いから」
僕にとって、モモヒキを履いていることは、とても恥ずべきことだった。少しだけ余談をするが、僕は、下半身にまつわることにかけては、どうも人より出遅れてきたようだ。幼稚園に通っていた頃は、オムツがまだ取れないことに悩んでいた。小学校の遠足では、おねしょが心配で夜に一睡もできず、そのため昼間はバスの中でずっと寝ていた。中学校では、トランクスを履きたいと母親に言い出せず、いつもブリーフの上に体操着のズボンを履いて隠していた。
大人になってからは、人前で服を脱ぐ機会は、自分が望む限り避けることができる。だから、モモヒキを履いていても、問題はないはずだった。こんなことにならない限りは。
僕は消え入りそうな声で、イタチに告白した。
「も、モモヒキ…その、いつもは履いてないんだ、今日は寒かったから、その」
母親に言われて履いてきた、とまでは、口が裂けても言えない。あまりに格好悪すぎる。
僕の訴えに、イタチは小首を傾げた。
「モモヒキって何? タイツのこと?」
イタチは事も無げに言った。全く気にしていないようだった。むしろ、そのことで狼狽えている僕を不思議がっているようだ。
モモヒキではなく、タイツ。イタチによってそう言い換えてもらっただけで、僕は一つ救われた気がした。つい直前まで感じていた劣等感が一つ、ふわっ、とかき消えていった。 体験したことのない、心地よさだった。
その間にも、イタチの指は、探り当てたモモヒキ改めタイツの股間の合わせ目から、更に中へ入ってきた。温まってきたとはいえ、まだ冷たさの残るイタチの指が、無邪気に僕のものを包み込んだ。
僕の中で、最後の葛藤が巻き起こった。僕にとって最大のコンプレックスを、イタチに知られたくないという思いと、逆にイタチにこそさらけ出したい、そして受け止めてもらいたいという思いと。
僕はこの期に及んで、まだ、猪口才な理性の方を働かせようとした。イタチの指先一つで、自由にされてしまう情けない自分を否定しようとした。
意識をイタチの指先から引き剥がそうと、頭の中で二人のおっさんを思い浮かべた。顔色の悪い職場の主任と、おでんの屋台の傍で放尿していた禿頭の団子虫である。主任のがさついた黄土色の顔に加齢臭。団子虫の禿頭と立ち小便の音。不快極まる絵面を頭の中で作り出して、イタチに歯向かおうとしたのである。一体何を守ろうとしているのか、自分でもよく分からない。歯を食いしばり、オリオンを見上げ、四肢を伸ばして突っ張った。
イタチは更に身体を寄せてくる。イタチの左胸が、僕の二の腕のあたりに押し付けられている。確かな柔らかさを感じて、僕は腰を浮かせた。股間の聞かん坊が、ムクムクと膨らんだ。
主任、お願いです。今だけでいいから仕事をしてください。
イタチの小さな頭が、僕の鼻先で揺れている。ぱさついた髪の毛先が、イタチの動きに合わせて揺れ、僕の顎から喉元のあたりをくすぐる。先ほどは微かにしか感じなかった、イタチの髪の匂いがする。正確には、黒く戻った髪の根元、頭皮の匂いなのかもしれない。イタチ本来の匂い。生まれて初めて嗅ぐ、生の女性の匂いだ。
僕の訴えもむなしく、頭の中では主任がトイレに向かい、団子虫は屋台に戻っていった。万事休すである。
「は、初めてなんだ」
僕は白状した。白状しながら、イタチの頭に自分から鼻を押し付けていた。寒さで漏れ出た鼻水が、イタチの頭についた。それを舐めとるくらいの勢いで、僕はイタチの髪の中に鼻先を突っ込んだ。たまらない。いい匂いがする。
「そうなんだ。それで?」
イタチは指を動かしながら、先ほどと同じように相槌を打ってきた。僕は困惑した。この話はこれが全てである。原因も過程も終わりも全部同じだ。僕が童貞だという事実だけがある。
「気にしてるの?」
イタチの問いかけに、僕は正直に、小さく頷いた。いたずらを告白させられる子供のように。
「ばかじゃん」
イタチは笑った。
「あのね、私もね、こういうこと、初めての人としかしたことない」
意外な事実だった。世の中に、そんなに大勢、童貞がいるのかと。童貞なんて、世間を見渡しても自分くらいのものだと思っていた。
イタチの左手が、僕の右手を掴んだ。そして、自分のトレーナーの中へと導いていく。柔らかく、優しい膨らみと、寒さの中で固く尖ったものとが、僕の手に触れた。アップリケのイタチが、笑っている。膨らんだ聞かん坊が、自ずから、下着とモモヒキの中から頭を覗かせた。
爆発の時が近づいている。僕は顔をしかめながら、夜空を見上げた。四肢を広げて、空に張り付いているオリオン座と、今の自分の姿が似ていると思った。
イタチの指が、僕のコートのボタンを一つ、外した。
「いいよ」
悪戯っぽい声と共に、不思議な感触を股間に感じた。何か固くて無機質なものが、僕の尖ったものを包んでいるようだ。
けれど、それが何なのか、確認する余裕は僕にはなかった。
「アー、あー、オ、オああーッ!」
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