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ばかじゃん

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 いけない。このままではいけない。せっかく僅かに温まってきたイタチの体が、再び急激に冷たくなっていくのが、すぐ傍にいる僕には痛いほど伝わってきた。
「可愛い。イタチは可愛い」
 僕は不自然なほど唐突に、イタチを褒めた。我ながら貧困な語彙力で泣きそうになる。だが、イタチはイタチなのだ。オコジョではない。本当に寒く冷たい場所では生きていけないはずだ。誰かが、どうにかして、温めなければ。なりふりなど構っていられなかった。
「イタチものすごく可愛い。イタチの国に住みたい」
 けれど、僕の必死の呼びかけも、イタチの心には届いていないようだった。遠い目をしたまま、スマホに表示された「関連キーワード」を見つめている。
 今の僕は、余りに空っぽで、無力な存在でしかなかった。まるで缶ポタージュの空き缶のように。
 自分の無力さに打ちひしがれると共に、僕は無性に苛立ってきた。無神経で、お節介で、人に媚を売りながらも内心では馬鹿にしながら、余計な一言を無責任に放り投げてくる。僕の頭の中で、「関連キーワード」が、あのうっとうしい小デブの声で再生された。
 突き動かすような無力感と、絶望的な苛立ちに、僕は我を忘れた。イタチの手の中にあるスマホをむしり取ると、ベンチから立ち上がり、夜空を見上げた。
 空には、変わらずオリオン座が輝いていた。そのオリオンへ感情をぶつけるように、僕は力いっぱいスマホを放り投げた。
 スマホは放物線を描き、公園のクスノキの枝葉をくぐり抜けていった。触れたクスノキの葉が、さわっと細やかな音を立てた。それから更に僅かな沈黙を置いて、公園の外の、続く線路の辺りから、カシャンとひ弱な乾いた音がした。
 イタチはそんな僕の様子を目の当たりにして、さすがに面食らっていた。閉じかけていた両目を、再び僅かに開いている。
「僕はイタチが好きだ。一緒にいたい。傍にいて欲しい」
 僕は呼吸を使い果たした。ベンチに再び深く腰掛けると、オリオンを見上げて、荒く息をついた。
 その僕の右手を、イタチの両手が包み込んだ。
「ばかじゃん。スマホ、困るでしょ」
 困らない。明日からは6連休だ。それに、僕に連絡を寄越すような、知り合いはいない。皆無とは言わないが、可能性は極めて低い。そんな曖昧な可能性と、それを考慮に入れた小賢しい利便性などより、今、目の前にいるイタチの心の方が、ずっと何倍も価値のあることだと、僕は思った。
 手から、イタチの体温が伝わってくる。イタチと僕の、お互いの体温が交わって、少しずつ増幅されて、僕たちの冷たかった手が、少しずつ温まってくる。
 よかった。一安心だと、僕は思った。
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