童貞とイタチと缶ポタージュ

居間一葉

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真正童貞心理

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 自分がなぜ童貞なのか、以前、長めに時間をとって考えたことがある。
 僕は内気な性格だが、オタク趣味はそれほど持ち合わせていない。女性に興味がないわけでもない。学歴だって、収入だって、自慢できるほどには到底及ばないが、人と比べて一際劣っているわけでもない。身長だって、ぎりぎりMサイズの服を着ることができるから、そこまで低いとまでは言えないはずだ。
 好きな女性がいたことも、勿論何度もある。そのうちデートするまで漕ぎ着けたことだって、両の手で数え切れないくらいある。しかし、楽しいと思えるデートは、一度だってなかった。
 その原因について、思い当ることがある。
 人は、好きな人にアプローチする時には、当然その人が喜ぶようなことをしようとする。何をしたら喜んでもらえるか、よくよく考える。その時に、一番参考にするのが、自分自身の好みではないだろうか。「自分がされて嬉しいことを、彼女にもしてあげよう」と。
 そして、僕が他人に「してもらって嬉しいこと」は、「一人にしてもらう」ことなのである。
 僕は子供の頃から、一人でいるのが何より好きだった。
 人を好きになればなるほど、その人と距離を取りたい、むしろ取るべきだと考えてしまう。僕は自分のこの性格を、「真正童貞心理」と名付けている。童貞であり続けることをロジカルに宿命付けられた、呪われし性格だ。
 僕は思った。もしかして目の前のこの女性も、「一人にしてもらいたい」のではないかと。
 半分は僕の勝手な決めつけだが、あながち間違ってもなさそうな気がした。先ほども説明したように、僕の推理では、この女性は何らかの事情があって、この公園の近くにある自宅から、着の身着のままで飛び出してきたと思われる。原因は何だろうか。きっと、親か、夫か、恋人か、とにかく同居人と喧嘩をして、この公園に逃げ込んできたのだ。一人になりたくて。
 それなら、気持ちは共有できる。僕は一人にしてもらうことにかけては、前述のとおり一家言持ち合わせている。こんな時にどうして欲しいかも、想像できる。
 僕は缶ポタージュを置いた姿勢のまま、後ろにゆっくり、数歩、後ずさった。視線は女性に合わせたまま、手を広げて、缶ポタージュを勧める仕草をしながら。声には出さないが、目で訴える。「どうぞ、お受け取りください。そして、貴女が受け取ってくれたら、私はすぐいなくなりますから」と。この後段の部分が重要だ。
 つくづく思う。この女性がブスで良かった。これが十人並みに魅力のある女性だったら、とてもとても、このような余裕は見せられなかった。
 女性は更にしばらくの間、缶ポタージュと僕を交互に見ていた。が、やがて、ようやく、その左手を缶ポタージュへと、そっと伸ばしてくれた。彼女の指先が、まだ熱々の缶に触れる。小さく、艶のない、平べったい爪が印象的だった。
 よかった。これで任務完了だ。僕は当初の作戦通り、彼女に背を向けて、その場を立ち去ろうとした。
 しかし、次の瞬間、ゴン、という鈍重な音が僕を呼び止めた。缶ポタージュが、ベンチの上から、砂利混じりの地面へと落ちた、いや、落とされた音だった。
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