6 / 14
真正童貞心理
しおりを挟む
自分がなぜ童貞なのか、以前、長めに時間をとって考えたことがある。
僕は内気な性格だが、オタク趣味はそれほど持ち合わせていない。女性に興味がないわけでもない。学歴だって、収入だって、自慢できるほどには到底及ばないが、人と比べて一際劣っているわけでもない。身長だって、ぎりぎりMサイズの服を着ることができるから、そこまで低いとまでは言えないはずだ。
好きな女性がいたことも、勿論何度もある。そのうちデートするまで漕ぎ着けたことだって、両の手で数え切れないくらいある。しかし、楽しいと思えるデートは、一度だってなかった。
その原因について、思い当ることがある。
人は、好きな人にアプローチする時には、当然その人が喜ぶようなことをしようとする。何をしたら喜んでもらえるか、よくよく考える。その時に、一番参考にするのが、自分自身の好みではないだろうか。「自分がされて嬉しいことを、彼女にもしてあげよう」と。
そして、僕が他人に「してもらって嬉しいこと」は、「一人にしてもらう」ことなのである。
僕は子供の頃から、一人でいるのが何より好きだった。
人を好きになればなるほど、その人と距離を取りたい、むしろ取るべきだと考えてしまう。僕は自分のこの性格を、「真正童貞心理」と名付けている。童貞であり続けることをロジカルに宿命付けられた、呪われし性格だ。
僕は思った。もしかして目の前のこの女性も、「一人にしてもらいたい」のではないかと。
半分は僕の勝手な決めつけだが、あながち間違ってもなさそうな気がした。先ほども説明したように、僕の推理では、この女性は何らかの事情があって、この公園の近くにある自宅から、着の身着のままで飛び出してきたと思われる。原因は何だろうか。きっと、親か、夫か、恋人か、とにかく同居人と喧嘩をして、この公園に逃げ込んできたのだ。一人になりたくて。
それなら、気持ちは共有できる。僕は一人にしてもらうことにかけては、前述のとおり一家言持ち合わせている。こんな時にどうして欲しいかも、想像できる。
僕は缶ポタージュを置いた姿勢のまま、後ろにゆっくり、数歩、後ずさった。視線は女性に合わせたまま、手を広げて、缶ポタージュを勧める仕草をしながら。声には出さないが、目で訴える。「どうぞ、お受け取りください。そして、貴女が受け取ってくれたら、私はすぐいなくなりますから」と。この後段の部分が重要だ。
つくづく思う。この女性がブスで良かった。これが十人並みに魅力のある女性だったら、とてもとても、このような余裕は見せられなかった。
女性は更にしばらくの間、缶ポタージュと僕を交互に見ていた。が、やがて、ようやく、その左手を缶ポタージュへと、そっと伸ばしてくれた。彼女の指先が、まだ熱々の缶に触れる。小さく、艶のない、平べったい爪が印象的だった。
よかった。これで任務完了だ。僕は当初の作戦通り、彼女に背を向けて、その場を立ち去ろうとした。
しかし、次の瞬間、ゴン、という鈍重な音が僕を呼び止めた。缶ポタージュが、ベンチの上から、砂利混じりの地面へと落ちた、いや、落とされた音だった。
僕は内気な性格だが、オタク趣味はそれほど持ち合わせていない。女性に興味がないわけでもない。学歴だって、収入だって、自慢できるほどには到底及ばないが、人と比べて一際劣っているわけでもない。身長だって、ぎりぎりMサイズの服を着ることができるから、そこまで低いとまでは言えないはずだ。
好きな女性がいたことも、勿論何度もある。そのうちデートするまで漕ぎ着けたことだって、両の手で数え切れないくらいある。しかし、楽しいと思えるデートは、一度だってなかった。
その原因について、思い当ることがある。
人は、好きな人にアプローチする時には、当然その人が喜ぶようなことをしようとする。何をしたら喜んでもらえるか、よくよく考える。その時に、一番参考にするのが、自分自身の好みではないだろうか。「自分がされて嬉しいことを、彼女にもしてあげよう」と。
そして、僕が他人に「してもらって嬉しいこと」は、「一人にしてもらう」ことなのである。
僕は子供の頃から、一人でいるのが何より好きだった。
人を好きになればなるほど、その人と距離を取りたい、むしろ取るべきだと考えてしまう。僕は自分のこの性格を、「真正童貞心理」と名付けている。童貞であり続けることをロジカルに宿命付けられた、呪われし性格だ。
僕は思った。もしかして目の前のこの女性も、「一人にしてもらいたい」のではないかと。
半分は僕の勝手な決めつけだが、あながち間違ってもなさそうな気がした。先ほども説明したように、僕の推理では、この女性は何らかの事情があって、この公園の近くにある自宅から、着の身着のままで飛び出してきたと思われる。原因は何だろうか。きっと、親か、夫か、恋人か、とにかく同居人と喧嘩をして、この公園に逃げ込んできたのだ。一人になりたくて。
それなら、気持ちは共有できる。僕は一人にしてもらうことにかけては、前述のとおり一家言持ち合わせている。こんな時にどうして欲しいかも、想像できる。
僕は缶ポタージュを置いた姿勢のまま、後ろにゆっくり、数歩、後ずさった。視線は女性に合わせたまま、手を広げて、缶ポタージュを勧める仕草をしながら。声には出さないが、目で訴える。「どうぞ、お受け取りください。そして、貴女が受け取ってくれたら、私はすぐいなくなりますから」と。この後段の部分が重要だ。
つくづく思う。この女性がブスで良かった。これが十人並みに魅力のある女性だったら、とてもとても、このような余裕は見せられなかった。
女性は更にしばらくの間、缶ポタージュと僕を交互に見ていた。が、やがて、ようやく、その左手を缶ポタージュへと、そっと伸ばしてくれた。彼女の指先が、まだ熱々の缶に触れる。小さく、艶のない、平べったい爪が印象的だった。
よかった。これで任務完了だ。僕は当初の作戦通り、彼女に背を向けて、その場を立ち去ろうとした。
しかし、次の瞬間、ゴン、という鈍重な音が僕を呼び止めた。缶ポタージュが、ベンチの上から、砂利混じりの地面へと落ちた、いや、落とされた音だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる