童貞とイタチと缶ポタージュ

居間一葉

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仕事納めの職場にて

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「やっと今年の仕事も終わったっすね。年末は実家とか帰るんすか?」
 今日は仕事納めだ。明日から1月3日まで、6連休になる。誰だって休みは嬉しい。どことなく浮ついた職場の雰囲気に動かされてか、いつもは滅多に雑談を仕掛けてこない、後ろの席の同僚が、妙に気安く話しかけてきた。
 不意の問いかけに、こちらが返事に窮していると、向こうは勝手に合点したように頷いた。
「そうだ、確か、実家暮らしって言ってましたよね。それじゃあ、正月も帰るところはないか」
 実家暮らしというのは事実ではある。しかし、馴れ馴れしく話しかけてきておいて、余計なお世話も甚だしい。それに、帰るところがない、というのは誤りである。元から帰るべき場所に、生まれてこのかた住み続けているだけだ。よく、「いい歳した男の実家暮らしはみっともない。未熟さの現れだ」のような意見を耳にするが、愚かなことこの上ない。人間なら、まして家族なら、身を寄せ合って同じところにじっと住み続けるのが、あるべき姿なのだ。野鳥がねぐらで互いを温めながら夜を過ごす如く、と僕は思う。
 思うには思うが、それをこのギョロ目で小太りの同僚に語っても、理解は得られないだろう。「そっすね」という侮蔑の混じった軽薄な返事が予想できる。
 そうこうするうちに、ギョロ目は僕に対する興味を無くしたようだ。ちょうど、タバコ帰りの主任が姿を現したのを契機に、そちらへ声をかけに行った。
「主任、今年もお疲れ様っした。 今日一杯どうすか」
 主任は、50手前の顔色の悪いおっさんである。確か、バツイチで今は一人暮らしだったはずだ。
「悪い、今日、あれ、あれなんだよ」
 やや歯切れの悪い言い方をした主任に、ギョロ目はピンと来たようだ。
「ああ、サンバっすか。夜のサンバ」
 ギョロ目が薄ら笑いを受かべて腰を前後に揺らすと、主任も満足げにふんと鼻を鳴らした。
 サンバというのは、風俗のことだろう。僕にもそれくらいの洞察力はある。
 それにしても、こういう時に周りはどういう顔をすればいいのだろう。聞かなかったふりをするのも、夜のサンバとやらの意味を理解できなかったように受け取られる気がして、癪だ。かといって、誘われてもいないのに、自らゲロ水のような会話に加わっていくというのも、愚かであろう。ひとまず、当たり障りのない微笑みでも浮かべておくのが、良識ある大人の対応というべきか。
 かくして、目の前のモニターには、あいまいな薄ら笑いを浮かべた僕の顔が映し出された。
「ま、年が明けたら行こうや」
 そういうと、主任は席を立った。さっきまでタバコで席を外していたというのに、今度はトイレに向かったようだ。今日は仕事納めであるし、仕事がないのはむしろ好ましいことなのかもしれないが、それにしてもサボりすぎだろう。
「そっすね」
 その背中を、ギョロ目は声だけで見送った。真顔になっていた。
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