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近づく距離…
全てを受け止めるから
しおりを挟む北斗とトワがデートをしてから数週間の月日が流れた。
あれから北斗はトワにメールよりも、電話をかけてくることが多くなった。
仕事の都合で電話に出られない事が多いトワだが、折り返しかけ返してくることが多くなった。
時間が合えばご飯でもどう? と誘われても、都合が合わないと断って来るトワ。
それでも以前の比べ、電話にも出てくれてメールの返信もしてくれる事から北斗は会えなくてもなんとも思っていない。
まだトワは北斗に右手が義手になってしまったことは打ち明けていないが、距離はどんどん近くなっていた。
そんな中。
未希の取り調べは続いていた。
黙秘は観念したようで、少しづつ自供し始めていた。
野山愛を殺したのは、トワと間違えて殺したと言っている未希。
暗い夜道で似ている顔だから、トワだと思いこんで殺害したと。
そしてトワの家を放火して、家族ともども皆殺しにしてやりたかったと自供している。
「あの女が、私の婚約者を奪おうとしたからいけないのよ。突然現れて、北斗さんの事誘惑したのよ! 許せないわ」
取り調べを受けている未希は、黒い地味なブラウスに紺色のスラックスに黒い靴と地味な格好だ。
長い髪は後ろで束ね、とても疲れたような顔をしている。
逮捕されてから一挙に老け込んだような感じだ。
「だが、宗田北斗さんは婚約したのは怪我をした時、貴女が助けたと嘘をついて話した事を鵜吞みにしていたからであって。実際は交際していなかったし、結婚の約束もしていなかったと言っている。貴女が殺害相とした、野山トワさんと交際していて結婚の約束をしていたと証言しているぞ」
取り調べをしている男性刑事が言った。
「なに言っているの? そんな筈ないわ! 誰かに騙されているのよ北斗さん」
「宗田さんのご両親も、事故に遭うまで貴女との交際を聞かされたことはなかったと言われております。元々、取引先の関係者であり会社に出入りはしていたが深い関係はなかったと、宗田ホールディングの社員からも同じ証言があります」
「しょうがないでしょう? 秘密の交際していたんだもの。相手は社長の息子よ、オープンな交際なんてできるわけないじゃない。騒がれると大変だし、妬まれても困るもの」
「それでは、あくまでも宗田北斗氏とは交際していた。そして、結婚の約束をしたと言うのですね? 」
「ええ、そうよ。それが証拠に…」
未希はニヤッと怪しげな笑みを浮かべた。
「私ね…妊娠しているのよ」
ん? と男性刑事は未希を見た。
未希はお腹に手をあて、またニヤッと笑った。
「まだ三ヶ月だから、気づかなくても当然かもしれないわね。北斗さんにだけ、話していた事よ。2人の大切な子供だもの」
「そのような事は、宗田さんから聞いていませんよ」
「そう。まだ事故の後遺症があるから覚えていなかったのかしら? それとも恥ずかしいから、黙っていたのかもしれないわね。まぁ、嘘だと思うなら検査してもらっていいわよ。妊娠している事が、ちゃんと証明されれば納得するでしょう? 」
男性刑事は半分呆れた顔をしていた。
しかし、事実があるのかどうかは検査しなくてはならないと思った。
とりあえず取り調べ後、未希の妊娠検査が行われることになった。
先ずは検査薬で陽性反応が出るかどうかの検査が行われた。
尿検査だけで出来る検査では、ハッキリと陽性反応が出ていて妊娠している事実が証明された。
しかしお腹の子供が北斗の子供なのかどうかは不明である。
その点をハッキリさせるために、病院で血液検査をしてもらう事になった。
「北斗さんの子供の、間違いないわ」
と言い切る未希。
検査結果は2日後に出る事になっている。
未希の妊娠の事実はトワの耳にも入っていた。
検査薬では妊娠している事が判明したが、まだ、北斗の子供なのかどうかはハッキリ分からないと聞かされ、トワはモヤっとした気持ちになっていた。
離れていた半年がある。
その間にもしかしたら、北斗と未希が関係を持っていたとしても不思議ではない。
北斗は記憶がはっきりしておらず未希の言うままに動かされていたのだ。
しかし、トワと交際中の北斗は絶対に関係を求めてくることはなかった。
(そうゆう事って、本当に心が赦した時にしかダメだと思うよ)
と北斗は言っていた。
たまに
(ホテル行く? )
と、冗談交じりで言われた事はあったがすぐに笑って(嘘だよ)と言われるだけだった。
そんな誠実な北斗が未希と関係を持ってしまうとは考え難いのもある。
でも…
空白の時間がある限り絶対にそれがないとは言い切れないのも確かである。
夜になり。
トワは複雑な気持ちのまま一人歩いて駅まで向かっていた。
駅前まで来ると迎えの車を呼ぼうと、トワは電話をかけようとした。
すると…
「あれ? 今帰り? 」
後ろから声がして振り向くと、そこには北斗がいた。
今は会いたくない人に会ってしまった!
だが、歩み寄てくる北斗に怒りが込みあがって来るのを感じた。
何故そんな気持ちになるのかトワ自身も分からない状態だった。
「仕事の帰りか? 俺も帰りなんだ。どう? ご飯でも行かない? 」
話しかけながら歩み寄って来る北斗に、トワは何も言わずにムッとした表情を浮かべ歩き出した。
「おい、どうしたんだ? 」
早歩きで去ってゆくトワを、北斗は追いかけた
早歩きのまま、トワは駅近くの公園まで歩いて来た。
夜の公園は誰もいなく、とても静かである。
「おい、ちょっと待てよ! 」
追いついてきた北斗が、トワの肩を掴んで引き留めた。
「なに怒っているんだ? 」
「別に、怒ってなんかいません」
「その顔は怒ているじゃん」
「こうゆう顔です! ほっといて下さい! 」
北斗を振り払うとトワは歩きだした。
「ちょっと、どうしたって言うんだ? 」
追いかけてくる北斗に、トワは苛立ちを感じ歩くを早めた。
「おい、待てって! 」
再びかを掴まれ、トワはビシッ! と、北斗の手を振り払った。
「いってぇ! なんなんだよ! 言いたいことがあるなら、言えよ! 」
「別に…」
ムスっとしてトワは俯いた。
北斗が悪いわじゃないのは分かっている。
でも気持ちが納得できない。
トワはムッとして俯いた。
「何かあったのか? いつも、そんなに怒ったりしないだろう? 」
「だから、怒っていないって言っているじゃないですか! 」
つい、ムキになってしまいトワはハッとなった。
そんなトワを見て、北斗はきょんとなったが、すぐにクスッと笑った。
「やっぱり、君の名前って愛って名前じゃないよね? 」
「はぁ? 」
「だって…変わらないもん。俺がずっと好きな人と」
なに? もしかして思い出しているの?
もしかして、私がトワだって気づいているの?
トワはギュッと唇を噛んだ。
「ねぇ。そろそろ、本当の名前教えてくれないか? 」
「だから私は…」
「愛って名前は、君のお姉さんだろう? 」
何で知っているの? と、トワは北斗を見た。
「やっぱりそうなんだな? 半年前に亡くなった、お姉さんだろう? 」
「…知ってたの? 」
ぼそりとトワが言った。
「野山愛…。俺が事故にあった翌日、刺殺された人だ。…」
トワはフッと笑った。
「良く知っているんですね」
「俺の兄貴は弁護士で、探偵事務所もやっているから。調べてもらったよ」
「そうですか…。じゃあ、もう私に関わらないで下さい! 」
と、トワは走り出した。
「わぁ、また走るのか? 」
北斗はトワを追いかけた。
トワは全速力で走った。
駅を通り越して…ずっと…ずっと…
北斗はトワを追いかけた。
走って来たトワは駅から少し離れた噴水広場にやって来た。
追いかけてくる北斗を巻くために、物陰に隠れたトワ。
隠れたトワに気づかないまま、北斗は走り去って行った。
物陰からそっと覗いて、北斗がいなくなったのを確認したトワはそっと姿を現した。
見えなくなった北斗に向かって、トワはムッとした表情を浮かべた。
全力で走って来たトワは息が上がっていた。
ちょっと一息つくために、噴水のはしに腰かけたトワは空を見上げた。
空には満面の星が広がりとても綺麗だった。
「…そう言えば…ここって、よく一緒に星を見ていた場所だったなぁ…」
北斗が事故に遭う前。
2人で会うのは夜の時間が多かった。
ご飯を食べて夜景を見るために、よくこの場所で満面に広がる夜空を見上げていた。
雨の日は傘をさして曇っている夜空を見上げて、雲があるのも悪くないと2人で笑っていた。
ある雨が降る日。
トワは傘を忘れて、北斗が持っていた傘で2人で一緒に入って雲が多い夜空を見ていた。
「トワ。…ずっと、一緒にいたいんだ」
そう言われてドキッと胸が高鳴ったトワ。
「トワの事、俺が全力で幸せにするって約束するから。だから…」
寄り添う傘の中で、北斗は真剣な眼差しでトワを見つめた。
トワも恥ずかしい気持ちの中、真剣に見つめてくる北斗をじっと見つめた。
「俺と、結婚して下さい」
北斗からのプロポーズ。
それはトワにとって心から嬉しい事だった。
しかしトワはこの時まだ、自分が警察官である事も、そして出世して刑事になった事も何も話していなかった。
その事が気にかかりトワは…
「少し考えさせて下さい。…」
と答えた。
北斗はトワの答えに断られたと一瞬思ったが、ここで引き下がらないぞ! と思った。
「前向きに考えてくれるのか? 」
そう尋ねれると、トワは小さく頷いた。
その頷きに北斗はちょっと安心した。
「それなら待っている、トワの心の準備ができるまで」
「すみません…」
小さく謝るトワを見ていると、ちょっと臆病なのかと北斗は感じた。
プロポーズされた日の事を思い出して、トワはフッとため息をついた。
「…あの時、すぐに返事をしていれば。こんな事に、ならなかったかもしれないなぁ…」
そう呟いてそっと達がったトワ。
「あ! いた! 」
北斗の声が聞こえてびっくりして顔を上げたトワ。
遠くから走ってきた北斗は近寄って来るのが目に入ると、トワはまた走り出そうとした。
だが…
バシャッ!!
トワは足が絡んで噴水の中に転倒してしまった!
「あ! 大丈夫か? 」
びっくりした顔で北斗が近づいてくるのが見え、トワはそのまま噴水の中に逃げて行った。
「お、おい! 何しているんだ! 濡れちゃうじゃないか! 」
言いながら北斗も噴水の中に入って来た。
「来るな! 近づくな! 」
近づいてくる北斗に噴水の水をかけて、反撃しているトワ。
「な、なんだよ。俺が何したって言うんだ? 」
かけられる水を避けながら近づいてくる北斗に、よけい向きになり水をかけながらトワは噴水の外に逃げてった。
噴水の外に出ると、トワはまた走り出した。
北斗も噴水の外に出てきて、トワを追いかけた。
どんどん走って行くトワに、必死で追いつこうとする北斗だが距離が離れて行く…。
「ちょっと! 待てって! 」
北斗が声をかけてもトワは走るスピードを落とそうとはしない。
「待ってって! もういいから! もう、俺。全部思い出したから、戻て来い! トワ! 」
え?…
トワと呼ばれて自然と足を止めて立ち止まった。
なんで? 記憶もどったの?
驚いているトワに駆け寄って来た北斗は、ちょっと潤んだ目をして見つめてきた。
「…ごめん…」
トワの傍に来ると北斗は頭を下げて謝った。
「…俺が忘れていたから。…お前の事、すごく苦しめて傷つけた…。記憶を無くしていたとはいえ、心から愛する人の事を忘れるなんて俺は最低だと思う。でも…許してほしい…」
そう言って頭を上げてトワを見つめた北斗の目から涙が溢れてきた。
そんな北斗を見ると、トワの目も潤んできた。
「記憶を無くしてどうしたらいいのか、ぜんぜん分からなくて。俺のことを知っていると言う、あの女の言葉を鵜呑みにするしかなかった。…だけど…何も分からなかったけど…時々、トワの顔が思い浮かんできていた。…誰なのか判らなかったけど、思い浮かぶと心がとっても温かくなって。何も分からないけど、生きていて良かったと思えたり。このまま頑張っていたら、この人にきっとまた会えるんじゃないかって思えて元気になれたから。…あの時、あの女との結婚を止めてくれて本当に嬉しかった。…」
話している北斗の頬に涙が伝った…。
「どうして? …どうして思い出したの? …忘れていてくれて、良かったのに私の事なんて…」
スッとトワの頬にも涙が伝った。
泣いてはいけないと分かっていても…溢れる想いが止まらなくて…。
そんなトワを北斗はそっと抱きしめた。
「…もういい…。俺を赦さなくてもいい…嫌いなままでもいい…。だけど、トワのことを愛する事は許してほしい。受け入れてくれなくて構わないから。ずっと愛していたいんだ…」
北斗の言葉から感じる想いは半年前と同じだった。
とても素直で誠実な北斗。
頭で考えるよりも、気持ちで動いていた。
予測できない事ばかりで驚く事も多かったが、それが面白いとトワは感じていて会う度に北斗に惹かれて行った。
隠し事があるからポロポーズされても、すぐに返事が出来なかったのは事実。
今の現実はすぐに返事をしなかった自分にも責任はあると、トワは思っていた…。
「ごめん、一人で背負わせて苦しめてしまって。…でももういいから…戻って来てくれ…トワ…」
トワと再び呼ばれると、さっきまで感じていた怒りがスーッと引きてい行くのをトワは感じた。
トクン…トクン…。
北斗の鼓動が伝わって来るのを感じると、トワは落ち着きを取り戻した。
「謝るのは私です。…ごめんなさい、名前…嘘ついていました…」
「…お帰り、トワ…」
そっと体を離して北斗はトワを見つめた。
お帰りなんて言われると、くすぐったい気持ちを感じるトワだったが、北斗の目を見ると嬉しくて涙が触れてきた。
「気づいたよ。港で会った時に、トワだって。名前なんてどうでもいいって、言っただろう? 俺には、トワしか見えていなかったから」
「…あんな酷い事、思い出してほしくなかった…。忘れていて、貴方が幸せになれるならそれでいいって思っていたのに…」
話しているトワの声がちょっと震えていた。
噴水で濡れてしまったトワは、ちょっと寒そうにしている。
「話しは後にしよう。それより…」
北斗は辺りを見渡した。
目に入ったのは駅前のシティーホテルだった。
「とりあえず一緒に来て」
ギュッとトワの手を握った北斗。
握ったトワの手はとても冷たかった。
そのまま北斗に引っ張られてトワは駅前のシティーホテルに行った。
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