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5年前のメール…そして激痛の先にあるもの
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音がしたクローゼットに歩み寄って行った愛斗。
クローゼットを開けてみると、上の段にずっと置いたままにしてあった箱が落ちていた。
落ちた箱は中身が散らかっていた。
そして、古い携帯電話が転がっているのが目に入った。
折りたたみのシルバーの携帯電話には、小さな奇麗な石がついているキーホルダーのようなものがついていた。
散らかったものを箱の中にしまいながら、愛斗は携帯電話を手に取った。
怪我をした時は、この携帯電話を持っていた。
だが結婚する事で、加絵が愛斗名義の携帯電話に変えたいと言い出して新規契約をして機種交換をした。
ずっと箱の中に閉まったままの携帯電話を見ていると、愛斗は胸がキュンと鳴るのを感じた。
「この携帯電話は、怪我をする直前まで使っていた…。もしかすると、この携帯電話に何か手掛かりがあるかもしれない。5年前の何かが…」
携帯電話を持って戻って来た愛斗は、クッションに座って古い携帯電話を充電した。
形は違っても今使ている機種と古い携帯電話は、充電器が同じですぐに充電ができた。
赤いランプがつくと、愛とはちょっとだけ息を呑んだ。
携帯電話についている奇麗な石をみていると、また胸がキュンとなるのを感じた。
暫くして充電っが半分になると、愛斗は携帯電話の電源を入れた。
5年間ずっと放置されていた携帯電話。
その中にあるものは… …
電源が入ると、電波は入らない画面表示はそのままで待ち受け画面が出てきた。
初めはシンプルな背景模様だったが、しっかり電源が入ると写真に変わった。
「え? …」
映し出された写真に愛斗は息を呑んだ。
「この人は…」
映し出された写真は、5年前の愛斗とその隣には赤い瞳の髪の長い綺麗な女性が一緒に笑って写っていた。
背景は綺麗な水槽が写っていて、青い背景が2人の清楚感を引き立たせている。
愛斗は髪の長い女性をじっと見つめた…。
可愛い丸顔で鼻筋がスッと通ったプルっとした魅力的な唇…赤い瞳は神秘的で、目元はまるで女神のように優しく微笑ましい…笑っている表情は、とても幸せそうな表情で、隣にいる愛斗もとても幸せそうに微笑んでいる。
(名前教えて…)
(楓子です…藤宮楓子です…)
写真を見つめていると頭の奥のほうから、優しく聞こえてきた声に、ハッと我を取り戻した愛斗。
よく見ていると、写真の人は楓子に似ている。
この写真の楓子はちょっとふっくらしていて、髪が長いが、今の楓子はスッとほっそりした顔をしていて、髪はショートにしているが…優しい瞳は同じだ…。
写真を見ていた愛斗は、メールボックスに未読メールがある事に気づいた。
ちょとドキドキとしながら、愛斗は未読メールを開いて見た。
(待ち合わせは時計台で、間違っていませんよね? 楓子)
(時計台で待っています。大丈夫ですか? お仕事でしょうか? 楓子)
(やはり、私ではだめでしたか? 楓子)
(愛斗さん…私のような者と、一晩でも一緒にいてくれて有難うございました。愛斗さんの幸せを祈っております…楓子)
最後のメールは日付が変わってから送られていた。
メールを読んだ愛斗は、スッと頬に涙が伝った…。
(瑠璃さんじゃないって、知ってて誘ったから。…初めから、知っていたよ…)
不安そうに見つめている楓子に、愛斗は優しくキスをした。
(ずっと、瑠璃さんは君の話ばかりしていた。いつも、妹の楓子はとてもいい子で私よりも可愛いって話してくれていた。だからきっと、瑠璃さんは俺と君を引き合わせたかったんだと確信している…)
(そんな事ないです。…姉は、私なんかよりずっと優秀ですから…)
(そんな言い方しないで。…君は俺にとって最高の人だ、だって俺が初めて反応した人だから…)
熱い目で見つめられると、楓子の目が潤んできた。
(もう泣かないで。…俺、ずっと一緒にいるから。…いてもらわないと、俺も困るから…)
頭の奥の方から蘇って来る記憶に、愛斗は驚いて茫然となった。
しかし今までのような激痛はなく、穏やかに優しく覆いだされる事に逃げたい気持ちはなくなった。
「…俺は…彼女を愛したのに、深く傷つけてしまったのか…」
スッと愛斗の頬に涙が伝った…。
「そうか。俺が、彼女の事をあんなにむきになって秘書にしたのは。心の奥から愛しているからなんだ…父さんに盗られたくないって、そう思ったからだったのか…」
携帯電話を握りしめた愛斗は、悔しそうにギュッと唇をかみしめた。
「…許される筈ないけど…。この気持ちは、もう止められない…」
携帯電話をテーブルの上に置くと、愛斗はパソコンに向かった。
加絵から届いているメールを開き、返信を送った。
いつも加絵からのメールは返信してもアドレス不一致で戻ってきたり、読まれていない事が多い、だがそれでも伝えなくてはならないと愛斗は思った。
愛斗が加絵に送ったメールは、これ以上は夫婦でいられない事と離婚を申し出る内容だった。
自分から言い出した事である為、慰謝料が必要であれば支払う事も伝えた。
離婚に応じないなら裁判を申し出る事も伝えた。
メールを送り終えると、愛斗はカード会社に電話をかけ加絵が持っているクレジットカードを全て利用できないよに停止した。
携帯電話は連絡が取れる唯一の手段になる為、そのままにしておくことにした。
一通り終えた愛斗は一息ついた。
そして、藤宮瑠璃の事が気になり検索して見る事にした。
医師であったと聞かされた瑠璃。
金奈総合病院のホームページを見てみると、5年前に新米医師として瑠璃の事が紹介されていた
写真も載っていて、瑠璃の顔を見ると楓子と似ているがタイプは真逆で綺麗系のちょっとクールなタイプ。
長い髪を後ろで束ね、白衣を着ている姿はちょっと厳しそうに見えるが目元は優しい感じがする。
瑠璃の写真を見ると、この人なら会ってみたいと思うと確信した
新米医師として紹介文に瑠璃は「一人でも奥の人が希望を持って生きられるように全力でお力添えします。私には、足の悪い双子の妹がいます。小さな頃に事故で片方の足首より下を切断した妹は、パラリンピックにでて単距離ランナーとして金メダルを獲得しています。勇気をくれた妹にとても感謝しています」と書かれていた。
足首より下を切断…。
楓子も足を引きずって歩いている…
足が不自由な事で、自分に引け目を感じているのに、パラリンピックに出るなんてすごいなぁ…。
愛斗は胸がいっぱいになった。
5年前に本当に結婚の約束をした相手は楓子。
でも、怪我をして記憶を失ったとはいえ、待ち合わせの場所に行かず連絡もしないままだった事で、楓子は捨てられたと思っているに違いない。
「もしかして、あのメールは…彼女が? …」
きっとそうだろう。
加絵の本性を知らせるために、送り付けて来たのだろう。
宗田ホールディングに入社してきたのも、復讐するために来たのかもしれない…。
愛斗はそう思った。
断片的にしか思い出せていない事だが、愛斗は加絵に騙されていた事を確信した。
何も分からないまま騙されていたとしても、楓子を深く傷つけてしまった事は変わりない。
許される筈ないことをしたのだ。
何をされても甘んじて受けるしかない。
愛斗は楓子がはめていた指輪を思い出した。
(あんた、結婚しているのか? )
(…はい…)
そう答えた楓子。
「あんな良い女を、世の男性がほっとかないよな…」
そう思った愛斗だが、胸がチクリと痛んだ。
翌日。
愛斗が出勤準備をしていると、携帯電話にメールが受信された。
開いて見るとまた知らないアドレスからだった。
題名に昨夜の加絵と書かれていて、愛斗はメールを開いてみた。
どこかのホストクラブで加絵が豪遊している写真が添付してあった。
そして、動画も添付してある。
動画を開くと、加絵が高級レストランで若いホスト系の男と食事をしながら楽しそうに会話している様子が録画されている。
「やだぁ、私こう見えてもまだ28歳よ」
「え? そうなんだ。でも結婚しているんでしょ? 」
「ええ、そうよ。でもね、旦那は私を一度も抱いたことはないの」
「え? なんで? 」
「さぁ、なんでもEDらしいわ。全く使えないんだもの」
「ふーん。でも子供は? いるんでしょう? 」
「ああ、あの子はもらってきた子なの」
「もらってきた? 」
加絵は男を見てニヤッと笑った。
「だって、子供ができちゃったって言って結婚するように持っていたんだもの。そうしないと、旦那は腰をあげなかったから」
「そうなんだ。でも、勃たない人なのにどうやって妊娠した事にしたんだい? 」
「それはね…」
クスッと笑った加絵はまるで魔女のような目つきで男を見た。
「都合よく、旦那が怪我をしたの。それでね、記憶喪失みたいになったのよ。だから、都合よく言いくるめたの。貴方と婚約していて、お腹の子供がいるのよ。だから、早く結婚してって」
「へぇー、すごい偶然だね。そんな時に怪我をするなんて」
「そうでしょう? 都合の良い事はね、自分で作ればそうなるものよ。だから、今は旦那のお金使いたい放題で好き勝手やれるの。貴方がこうやって、高級レストランで食事できるのも。枕営業できるのも、この偶然の都合よさが通っているからなのよ」
勝ち誇ったように笑いだす加絵。
動画を見て愛斗はすっかり呆れてしまった。
自分からペラペラと白状して喋っている加絵は、すっかり開き直っているようだ。
しかし、この動画が証拠になり離婚裁判になっても愛斗が有利になる事を知らないのだろうか?
だが誰かがこの動画をとってくれたのだろうか?
(久東さんは、以前は法律事務所に勤務していたそうだよ)
そう言えば…楓子は法律事務所に勤務していたと昭夫が話していた事を愛斗は思い出した。
法律事務所なら、調査会社とも連携しているから加絵の事を調べているのだろうか?
今日もいつも通りの1日が始まる。
記憶をとりもどしつつある愛斗だが、いつもと変わらない様子で仕事していた。
楓子も特に変わりなく仕事をしている。
今日の楓子は清楚な白いブラウスを着て、グレーのジャケットを羽織っている。
だが、ブラウスのボタンが一つ多く外れているのか胸の谷間がチラチラと見えている。
角度によっては下に来ている白いキャミソールもチラッと見えるくらいだ。
愛斗は書類を取るために手を伸ばすと、チラッと楓子の胸の谷間が見えその隙間から白いキャミソールらしきものが見えたことでドキッとなった。
だが…。
「あっ…」
驚いたような目をした愛斗。
楓子はそんな愛斗に気づかないまま、仕事を続けている。
何かモソモソと体を動かした愛斗は、そのまま席を立ち副社長室を出て行った。
楓子は気に止めることなく仕事を続けている。
愛斗はそのまま男子トイレへとやって来た。
手洗い場の前で一息ついて、呼吸を整えるとハッとなり、そのまま個室へと入って行った。
個室へ入った愛斗は、そっと自分の股間に触れてみた。
「あ…」
触れてみたその場所には、とっても元気に反応している自分がいる事に愛斗は驚きつつも嬉しさを感じた。
(何よ、勃たないの? 私がここまでご奉仕しても何も反応しないなんて、信じられないわ! )
一也が産まれて入園式で帰国した加絵が、一度だけ愛斗に迫って来たことがあった。
正直言って愛斗は加絵の下着姿を見ても、何も欲情しないどころか、ただのぶよぶよとしたオバサン体系としか思えなかった。
下着から贅肉がはみ出しているだけではなく、お腹もたるんでいて3段腹と言ってもいいほどの体形で、ドキドキもしなかった。
加絵は無理やり迫ってきて、キスはしないが愛斗にご奉仕をしてきたが何も反応しない事に怒りを露にして、信じられないと言ってそのまま出て行ってしまった。
その時、愛斗は加絵に反応しない自分が悪いのだと罪悪感を感じでずっと自分を責めていた。
しかし…
楓子の胸元を見ただけで、こんなにも反応する事に喜びを感じた。
「そう言えば…俺は、彼女に初めて反応したんだっけ…。という事は、加絵には勃たなかったのか。…じゃあ、一也は俺の子供ではないというわけか…」
深呼吸をしたが、しばらく元気なままの自分に愛斗は爽快感を感じていた。
落ち着きを取り戻して愛斗は副社長室へ戻って来ると、楓子の傍へ歩み寄って行った。
「あの、久東さん」
呼ばれて楓子はゆっくりと愛斗を見た。
「ちょっと…言いずらいんだけど。ブラウスのボタン、一つ外れているから…」
恥ずかしそうに言う愛斗を見て、楓子はハッと驚き胸元を見るとボタンを1つかけ忘れている事に気づき慌ててボタンをかけた。
「す、すみませんでした…」
恥ずかしそうに謝る楓子は、あの時の楓子の目をしていた。
その目を見ると愛斗はまた、胸がキュンとなり愛しさを感じた。
「子育てしながらだと、慌てる事もあるだろうが。ちょっと気を付けた方がいい」
ちょっとぶっきらぼうに言い放った愛斗だが、耳を真っ赤にしていた。
俺、悪くなかったんだ…加絵に反応しなかったのは、本気で好きではなかったからだったんだ。
そうだよな、誰にも反応しなかったのに…彼女だけには反応したんだから…。
ちらっと横目で楓子を見た愛斗は、嬉しそうな表情を浮かべていた。
キラリと太陽の光が黒いサングラスに反射した。
宗田ホールディング自社ビルから、少し離れた場所から最上階の社長室を見ているサングラスをかけた女性がいる。
口元でニヤッと笑いを浮かべた女性は、サングラスで目を隠しているが、ほうれい線が目立ち口角も下がっている年増の女性。
胸元が大きく開いている派手な柄のワンピースに、真っ赤なハイヒールを履いている姿はどこかのホステスの様に見える。
「…私を捨てるなんて、許される筈ないでしょう? 愛斗さん」
愛斗の名前を呟いて、サングラスをずらして目を見せた女性の素顔は、結婚式の写真で愛斗の隣に写っていた加絵だった。
クローゼットを開けてみると、上の段にずっと置いたままにしてあった箱が落ちていた。
落ちた箱は中身が散らかっていた。
そして、古い携帯電話が転がっているのが目に入った。
折りたたみのシルバーの携帯電話には、小さな奇麗な石がついているキーホルダーのようなものがついていた。
散らかったものを箱の中にしまいながら、愛斗は携帯電話を手に取った。
怪我をした時は、この携帯電話を持っていた。
だが結婚する事で、加絵が愛斗名義の携帯電話に変えたいと言い出して新規契約をして機種交換をした。
ずっと箱の中に閉まったままの携帯電話を見ていると、愛斗は胸がキュンと鳴るのを感じた。
「この携帯電話は、怪我をする直前まで使っていた…。もしかすると、この携帯電話に何か手掛かりがあるかもしれない。5年前の何かが…」
携帯電話を持って戻って来た愛斗は、クッションに座って古い携帯電話を充電した。
形は違っても今使ている機種と古い携帯電話は、充電器が同じですぐに充電ができた。
赤いランプがつくと、愛とはちょっとだけ息を呑んだ。
携帯電話についている奇麗な石をみていると、また胸がキュンとなるのを感じた。
暫くして充電っが半分になると、愛斗は携帯電話の電源を入れた。
5年間ずっと放置されていた携帯電話。
その中にあるものは… …
電源が入ると、電波は入らない画面表示はそのままで待ち受け画面が出てきた。
初めはシンプルな背景模様だったが、しっかり電源が入ると写真に変わった。
「え? …」
映し出された写真に愛斗は息を呑んだ。
「この人は…」
映し出された写真は、5年前の愛斗とその隣には赤い瞳の髪の長い綺麗な女性が一緒に笑って写っていた。
背景は綺麗な水槽が写っていて、青い背景が2人の清楚感を引き立たせている。
愛斗は髪の長い女性をじっと見つめた…。
可愛い丸顔で鼻筋がスッと通ったプルっとした魅力的な唇…赤い瞳は神秘的で、目元はまるで女神のように優しく微笑ましい…笑っている表情は、とても幸せそうな表情で、隣にいる愛斗もとても幸せそうに微笑んでいる。
(名前教えて…)
(楓子です…藤宮楓子です…)
写真を見つめていると頭の奥のほうから、優しく聞こえてきた声に、ハッと我を取り戻した愛斗。
よく見ていると、写真の人は楓子に似ている。
この写真の楓子はちょっとふっくらしていて、髪が長いが、今の楓子はスッとほっそりした顔をしていて、髪はショートにしているが…優しい瞳は同じだ…。
写真を見ていた愛斗は、メールボックスに未読メールがある事に気づいた。
ちょとドキドキとしながら、愛斗は未読メールを開いて見た。
(待ち合わせは時計台で、間違っていませんよね? 楓子)
(時計台で待っています。大丈夫ですか? お仕事でしょうか? 楓子)
(やはり、私ではだめでしたか? 楓子)
(愛斗さん…私のような者と、一晩でも一緒にいてくれて有難うございました。愛斗さんの幸せを祈っております…楓子)
最後のメールは日付が変わってから送られていた。
メールを読んだ愛斗は、スッと頬に涙が伝った…。
(瑠璃さんじゃないって、知ってて誘ったから。…初めから、知っていたよ…)
不安そうに見つめている楓子に、愛斗は優しくキスをした。
(ずっと、瑠璃さんは君の話ばかりしていた。いつも、妹の楓子はとてもいい子で私よりも可愛いって話してくれていた。だからきっと、瑠璃さんは俺と君を引き合わせたかったんだと確信している…)
(そんな事ないです。…姉は、私なんかよりずっと優秀ですから…)
(そんな言い方しないで。…君は俺にとって最高の人だ、だって俺が初めて反応した人だから…)
熱い目で見つめられると、楓子の目が潤んできた。
(もう泣かないで。…俺、ずっと一緒にいるから。…いてもらわないと、俺も困るから…)
頭の奥の方から蘇って来る記憶に、愛斗は驚いて茫然となった。
しかし今までのような激痛はなく、穏やかに優しく覆いだされる事に逃げたい気持ちはなくなった。
「…俺は…彼女を愛したのに、深く傷つけてしまったのか…」
スッと愛斗の頬に涙が伝った…。
「そうか。俺が、彼女の事をあんなにむきになって秘書にしたのは。心の奥から愛しているからなんだ…父さんに盗られたくないって、そう思ったからだったのか…」
携帯電話を握りしめた愛斗は、悔しそうにギュッと唇をかみしめた。
「…許される筈ないけど…。この気持ちは、もう止められない…」
携帯電話をテーブルの上に置くと、愛斗はパソコンに向かった。
加絵から届いているメールを開き、返信を送った。
いつも加絵からのメールは返信してもアドレス不一致で戻ってきたり、読まれていない事が多い、だがそれでも伝えなくてはならないと愛斗は思った。
愛斗が加絵に送ったメールは、これ以上は夫婦でいられない事と離婚を申し出る内容だった。
自分から言い出した事である為、慰謝料が必要であれば支払う事も伝えた。
離婚に応じないなら裁判を申し出る事も伝えた。
メールを送り終えると、愛斗はカード会社に電話をかけ加絵が持っているクレジットカードを全て利用できないよに停止した。
携帯電話は連絡が取れる唯一の手段になる為、そのままにしておくことにした。
一通り終えた愛斗は一息ついた。
そして、藤宮瑠璃の事が気になり検索して見る事にした。
医師であったと聞かされた瑠璃。
金奈総合病院のホームページを見てみると、5年前に新米医師として瑠璃の事が紹介されていた
写真も載っていて、瑠璃の顔を見ると楓子と似ているがタイプは真逆で綺麗系のちょっとクールなタイプ。
長い髪を後ろで束ね、白衣を着ている姿はちょっと厳しそうに見えるが目元は優しい感じがする。
瑠璃の写真を見ると、この人なら会ってみたいと思うと確信した
新米医師として紹介文に瑠璃は「一人でも奥の人が希望を持って生きられるように全力でお力添えします。私には、足の悪い双子の妹がいます。小さな頃に事故で片方の足首より下を切断した妹は、パラリンピックにでて単距離ランナーとして金メダルを獲得しています。勇気をくれた妹にとても感謝しています」と書かれていた。
足首より下を切断…。
楓子も足を引きずって歩いている…
足が不自由な事で、自分に引け目を感じているのに、パラリンピックに出るなんてすごいなぁ…。
愛斗は胸がいっぱいになった。
5年前に本当に結婚の約束をした相手は楓子。
でも、怪我をして記憶を失ったとはいえ、待ち合わせの場所に行かず連絡もしないままだった事で、楓子は捨てられたと思っているに違いない。
「もしかして、あのメールは…彼女が? …」
きっとそうだろう。
加絵の本性を知らせるために、送り付けて来たのだろう。
宗田ホールディングに入社してきたのも、復讐するために来たのかもしれない…。
愛斗はそう思った。
断片的にしか思い出せていない事だが、愛斗は加絵に騙されていた事を確信した。
何も分からないまま騙されていたとしても、楓子を深く傷つけてしまった事は変わりない。
許される筈ないことをしたのだ。
何をされても甘んじて受けるしかない。
愛斗は楓子がはめていた指輪を思い出した。
(あんた、結婚しているのか? )
(…はい…)
そう答えた楓子。
「あんな良い女を、世の男性がほっとかないよな…」
そう思った愛斗だが、胸がチクリと痛んだ。
翌日。
愛斗が出勤準備をしていると、携帯電話にメールが受信された。
開いて見るとまた知らないアドレスからだった。
題名に昨夜の加絵と書かれていて、愛斗はメールを開いてみた。
どこかのホストクラブで加絵が豪遊している写真が添付してあった。
そして、動画も添付してある。
動画を開くと、加絵が高級レストランで若いホスト系の男と食事をしながら楽しそうに会話している様子が録画されている。
「やだぁ、私こう見えてもまだ28歳よ」
「え? そうなんだ。でも結婚しているんでしょ? 」
「ええ、そうよ。でもね、旦那は私を一度も抱いたことはないの」
「え? なんで? 」
「さぁ、なんでもEDらしいわ。全く使えないんだもの」
「ふーん。でも子供は? いるんでしょう? 」
「ああ、あの子はもらってきた子なの」
「もらってきた? 」
加絵は男を見てニヤッと笑った。
「だって、子供ができちゃったって言って結婚するように持っていたんだもの。そうしないと、旦那は腰をあげなかったから」
「そうなんだ。でも、勃たない人なのにどうやって妊娠した事にしたんだい? 」
「それはね…」
クスッと笑った加絵はまるで魔女のような目つきで男を見た。
「都合よく、旦那が怪我をしたの。それでね、記憶喪失みたいになったのよ。だから、都合よく言いくるめたの。貴方と婚約していて、お腹の子供がいるのよ。だから、早く結婚してって」
「へぇー、すごい偶然だね。そんな時に怪我をするなんて」
「そうでしょう? 都合の良い事はね、自分で作ればそうなるものよ。だから、今は旦那のお金使いたい放題で好き勝手やれるの。貴方がこうやって、高級レストランで食事できるのも。枕営業できるのも、この偶然の都合よさが通っているからなのよ」
勝ち誇ったように笑いだす加絵。
動画を見て愛斗はすっかり呆れてしまった。
自分からペラペラと白状して喋っている加絵は、すっかり開き直っているようだ。
しかし、この動画が証拠になり離婚裁判になっても愛斗が有利になる事を知らないのだろうか?
だが誰かがこの動画をとってくれたのだろうか?
(久東さんは、以前は法律事務所に勤務していたそうだよ)
そう言えば…楓子は法律事務所に勤務していたと昭夫が話していた事を愛斗は思い出した。
法律事務所なら、調査会社とも連携しているから加絵の事を調べているのだろうか?
今日もいつも通りの1日が始まる。
記憶をとりもどしつつある愛斗だが、いつもと変わらない様子で仕事していた。
楓子も特に変わりなく仕事をしている。
今日の楓子は清楚な白いブラウスを着て、グレーのジャケットを羽織っている。
だが、ブラウスのボタンが一つ多く外れているのか胸の谷間がチラチラと見えている。
角度によっては下に来ている白いキャミソールもチラッと見えるくらいだ。
愛斗は書類を取るために手を伸ばすと、チラッと楓子の胸の谷間が見えその隙間から白いキャミソールらしきものが見えたことでドキッとなった。
だが…。
「あっ…」
驚いたような目をした愛斗。
楓子はそんな愛斗に気づかないまま、仕事を続けている。
何かモソモソと体を動かした愛斗は、そのまま席を立ち副社長室を出て行った。
楓子は気に止めることなく仕事を続けている。
愛斗はそのまま男子トイレへとやって来た。
手洗い場の前で一息ついて、呼吸を整えるとハッとなり、そのまま個室へと入って行った。
個室へ入った愛斗は、そっと自分の股間に触れてみた。
「あ…」
触れてみたその場所には、とっても元気に反応している自分がいる事に愛斗は驚きつつも嬉しさを感じた。
(何よ、勃たないの? 私がここまでご奉仕しても何も反応しないなんて、信じられないわ! )
一也が産まれて入園式で帰国した加絵が、一度だけ愛斗に迫って来たことがあった。
正直言って愛斗は加絵の下着姿を見ても、何も欲情しないどころか、ただのぶよぶよとしたオバサン体系としか思えなかった。
下着から贅肉がはみ出しているだけではなく、お腹もたるんでいて3段腹と言ってもいいほどの体形で、ドキドキもしなかった。
加絵は無理やり迫ってきて、キスはしないが愛斗にご奉仕をしてきたが何も反応しない事に怒りを露にして、信じられないと言ってそのまま出て行ってしまった。
その時、愛斗は加絵に反応しない自分が悪いのだと罪悪感を感じでずっと自分を責めていた。
しかし…
楓子の胸元を見ただけで、こんなにも反応する事に喜びを感じた。
「そう言えば…俺は、彼女に初めて反応したんだっけ…。という事は、加絵には勃たなかったのか。…じゃあ、一也は俺の子供ではないというわけか…」
深呼吸をしたが、しばらく元気なままの自分に愛斗は爽快感を感じていた。
落ち着きを取り戻して愛斗は副社長室へ戻って来ると、楓子の傍へ歩み寄って行った。
「あの、久東さん」
呼ばれて楓子はゆっくりと愛斗を見た。
「ちょっと…言いずらいんだけど。ブラウスのボタン、一つ外れているから…」
恥ずかしそうに言う愛斗を見て、楓子はハッと驚き胸元を見るとボタンを1つかけ忘れている事に気づき慌ててボタンをかけた。
「す、すみませんでした…」
恥ずかしそうに謝る楓子は、あの時の楓子の目をしていた。
その目を見ると愛斗はまた、胸がキュンとなり愛しさを感じた。
「子育てしながらだと、慌てる事もあるだろうが。ちょっと気を付けた方がいい」
ちょっとぶっきらぼうに言い放った愛斗だが、耳を真っ赤にしていた。
俺、悪くなかったんだ…加絵に反応しなかったのは、本気で好きではなかったからだったんだ。
そうだよな、誰にも反応しなかったのに…彼女だけには反応したんだから…。
ちらっと横目で楓子を見た愛斗は、嬉しそうな表情を浮かべていた。
キラリと太陽の光が黒いサングラスに反射した。
宗田ホールディング自社ビルから、少し離れた場所から最上階の社長室を見ているサングラスをかけた女性がいる。
口元でニヤッと笑いを浮かべた女性は、サングラスで目を隠しているが、ほうれい線が目立ち口角も下がっている年増の女性。
胸元が大きく開いている派手な柄のワンピースに、真っ赤なハイヒールを履いている姿はどこかのホステスの様に見える。
「…私を捨てるなんて、許される筈ないでしょう? 愛斗さん」
愛斗の名前を呟いて、サングラスをずらして目を見せた女性の素顔は、結婚式の写真で愛斗の隣に写っていた加絵だった。
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物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。
どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。
その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」
春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。
「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」
お願い。
今、そんなことを言わないで。
決心が鈍ってしまうから。
私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。
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東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家
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