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初めての日
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あの日、何が違ったんだろうか。
しつこく掛かってきた恵美さんからの連絡を拓郎は頑なに無視し続けていた。
とうとうお店の電話にも電話が掛かってきて、芳ニイは拓郎に電話の電源を入れるように促した。
電源を入れるとほぼ同時に拓郎の携帯は鳴り出して、私はもう今夜は拓郎とは過ごせないのだと割り切ろうとした。
一体何があったのだろう。
いつもならなんとか宥めていた拓郎はその日は何かにものすごく拘っていた気がする。
言い争いの挙げ句の果てに別れ話に発展してしまった拓郎と恵美さん。
一方的に離れようとする拓郎に、それを引き止めようとした恵美さんは、信じられない醜悪すぎる言葉で拓郎を引き留めようとした。
でも。それまでに幾度もそれを言われていた拓郎は取り合わずに、恵美さんを振り切ろうとした。
電話を切った拓郎は、これでいい、これがいいんだ、と、そう言って。
「行かないで。」
私はそう言ってしまった。ずっとずっと押さえ込んで見ないフリをしていた自分の本音を拓郎に曝け出してしまった。
翌朝、拓郎の家に恵美さんのご両親がやって来る。
「恵美が自殺を図った。」
と。
今の拓郎のスマホには職場関係と恵美さん以外の連絡先は登録されていない。
着信履歴も発信履歴もメールもLINEも全部見られている。
みんなが溜まりがちな居酒屋という家業が災いして、実家に帰ることも拓郎はなかなな許しては貰えない。
時々、本当にお店が忙しくって拓郎が気を利かせて帰ってくることもあったけど、それだって年に何日もなくて。
私達の連絡先は拓郎の頭の中にしか無い。
だからみんなが拓郎に連絡を取りたい時はワンギリして着信履歴だけ残す。
履歴を見て拓郎は公衆電話や職場の電話から折り返してくれる。そしてたまにどこかで少しだけ会って話す。
履歴を見た恵美さんに不審電話だと誤魔化せるから。
それが私達と拓郎の繋がり方になった。
「拓郎は優しすぎるから、本当に恵美さんが死んだりなんかしたらきっと罪悪感で苦しんで、拓郎は壊れちゃう。」
「それでも君たちは離れない。いっそのこと会わなければっては考えない。」
私が似合わないモデルを続けているのは、いつまでも実家の近くでアルバイトをして、実家に住んでいるのは、そうしないと拓郎にメッセージを送れないから。
「大丈夫。変わってないよ、元気だよ。」
家族と友達を切り離された拓郎に伝える手段は限られていた。
「それは考えたことがないです、私も健太達も。だって…仲間ですもん。
私の存在が恵美さんを苦しめている事は分かっています。それが回って拓郎を苦しめている事も。
でも完全に断ち切っちゃう事も拓郎を苦しめるんです。
それが恵美さんにはわかって貰えないんです。」
「拓郎くんと付き合おうとは思わないの?」
「思った事がないとは言えません。本気でそう思った時もありました。
でも、今はもう…。
恵美さんが生きている限りはきっと無理です。ううん、きっと死んでも無理なんです。
拓郎といると楽しいし気楽だし安心するんです。
でもしばらくすると私は不安になるんです。
今、恵美さん死のうとしてはいないか?って。
いつスマホが鳴るのか、いつ呼び出されるのか。
呼び出されたらきっと拓郎は私を置いて行っちゃうから。
もし恵美さんが本当に死んじゃったりしたら、拓郎といても私の我儘のせいでひとりの人の命が消えたんだ、って考えちゃうと思うんです。」
「厄介な関係なんだな。」
「でしょう?クソ面倒くさいですよね。」
ホント自分でもそう思う。
拓郎が他の人と一緒にいると捨てられるんじゃないか、って不安になる。
拓郎がいなくなったら生きていけない。
私が好きなら、他のモノはいらないでしょう?
私だけを見てて。私だけを必要としてて。
私のためだけに生きて。
…私がいればそれだけで十分でしょう?
そう言って恵美さんは過度に拓郎を束縛し、そんな恵美さんに別れ話どころかウンザリすることも許しては貰えなくなった拓郎。
そんな拓郎を視界の隅に追いやって私は生きている。
いっそのこと吹っ切れたら…とは思わない。
そう出来たら楽になれるのがわかっていても。
しつこく掛かってきた恵美さんからの連絡を拓郎は頑なに無視し続けていた。
とうとうお店の電話にも電話が掛かってきて、芳ニイは拓郎に電話の電源を入れるように促した。
電源を入れるとほぼ同時に拓郎の携帯は鳴り出して、私はもう今夜は拓郎とは過ごせないのだと割り切ろうとした。
一体何があったのだろう。
いつもならなんとか宥めていた拓郎はその日は何かにものすごく拘っていた気がする。
言い争いの挙げ句の果てに別れ話に発展してしまった拓郎と恵美さん。
一方的に離れようとする拓郎に、それを引き止めようとした恵美さんは、信じられない醜悪すぎる言葉で拓郎を引き留めようとした。
でも。それまでに幾度もそれを言われていた拓郎は取り合わずに、恵美さんを振り切ろうとした。
電話を切った拓郎は、これでいい、これがいいんだ、と、そう言って。
「行かないで。」
私はそう言ってしまった。ずっとずっと押さえ込んで見ないフリをしていた自分の本音を拓郎に曝け出してしまった。
翌朝、拓郎の家に恵美さんのご両親がやって来る。
「恵美が自殺を図った。」
と。
今の拓郎のスマホには職場関係と恵美さん以外の連絡先は登録されていない。
着信履歴も発信履歴もメールもLINEも全部見られている。
みんなが溜まりがちな居酒屋という家業が災いして、実家に帰ることも拓郎はなかなな許しては貰えない。
時々、本当にお店が忙しくって拓郎が気を利かせて帰ってくることもあったけど、それだって年に何日もなくて。
私達の連絡先は拓郎の頭の中にしか無い。
だからみんなが拓郎に連絡を取りたい時はワンギリして着信履歴だけ残す。
履歴を見て拓郎は公衆電話や職場の電話から折り返してくれる。そしてたまにどこかで少しだけ会って話す。
履歴を見た恵美さんに不審電話だと誤魔化せるから。
それが私達と拓郎の繋がり方になった。
「拓郎は優しすぎるから、本当に恵美さんが死んだりなんかしたらきっと罪悪感で苦しんで、拓郎は壊れちゃう。」
「それでも君たちは離れない。いっそのこと会わなければっては考えない。」
私が似合わないモデルを続けているのは、いつまでも実家の近くでアルバイトをして、実家に住んでいるのは、そうしないと拓郎にメッセージを送れないから。
「大丈夫。変わってないよ、元気だよ。」
家族と友達を切り離された拓郎に伝える手段は限られていた。
「それは考えたことがないです、私も健太達も。だって…仲間ですもん。
私の存在が恵美さんを苦しめている事は分かっています。それが回って拓郎を苦しめている事も。
でも完全に断ち切っちゃう事も拓郎を苦しめるんです。
それが恵美さんにはわかって貰えないんです。」
「拓郎くんと付き合おうとは思わないの?」
「思った事がないとは言えません。本気でそう思った時もありました。
でも、今はもう…。
恵美さんが生きている限りはきっと無理です。ううん、きっと死んでも無理なんです。
拓郎といると楽しいし気楽だし安心するんです。
でもしばらくすると私は不安になるんです。
今、恵美さん死のうとしてはいないか?って。
いつスマホが鳴るのか、いつ呼び出されるのか。
呼び出されたらきっと拓郎は私を置いて行っちゃうから。
もし恵美さんが本当に死んじゃったりしたら、拓郎といても私の我儘のせいでひとりの人の命が消えたんだ、って考えちゃうと思うんです。」
「厄介な関係なんだな。」
「でしょう?クソ面倒くさいですよね。」
ホント自分でもそう思う。
拓郎が他の人と一緒にいると捨てられるんじゃないか、って不安になる。
拓郎がいなくなったら生きていけない。
私が好きなら、他のモノはいらないでしょう?
私だけを見てて。私だけを必要としてて。
私のためだけに生きて。
…私がいればそれだけで十分でしょう?
そう言って恵美さんは過度に拓郎を束縛し、そんな恵美さんに別れ話どころかウンザリすることも許しては貰えなくなった拓郎。
そんな拓郎を視界の隅に追いやって私は生きている。
いっそのこと吹っ切れたら…とは思わない。
そう出来たら楽になれるのがわかっていても。
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