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お風呂が沸きました

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野上さんは私が泣き止むのを辛抱強く待ってくれた。

「もう私達別れるんですよね?」
ともう一度聞いた。
「うん、別れるよ。拓郎くんと付き合えるようになったら。」

今、別れてもさすがに入院している彼女を放っては来れないだろうから、退院したら別れて会いに行けばいい。

「なんかおかしく無いですか?」
「そう?別に構わないよ、甘えてよ。」
「それ、甘えてることになるんですか?」

なるよ、と野上さんは言うけれど、私はなるとは思えない、それはただのワガママだ。
野上さんに対してあまりに失礼だ。

「俺さ、初めから知ってた訳じゃん。ユキが誰と付き合ってもフラれる事を願ってて、フラれたら速攻で拓郎くんに会いに行くって。」

ゔー。そうだけど、言葉にされるとなんか腹立つ。
それにそれだけじゃ…ない。

「まあ、そうなったらそうなったで仕方ないかなぁ、と思ってた訳。
それまででも良いかなぁ、とも。
でさ、実際付き合ってみると、これが結構ジワジワと響いて辛くなってきた訳。」

どこにも出掛けたがらない彼女。
何も欲しがらない彼女。
試合にも見にこない彼女。
好きか?と聞かれたら速攻で好きだと答えるけれど、日常の中にはそんな様子は微塵も欠片も出さない彼女。

「嫌われてはいないけれど、愛されてる自信はなかったなぁ。
なんで甘えてくれないのかなぁ、と。」

だって。好きになっちゃったら辛くなるだけ。好きにならないように、これ以上好意を持たれないように。
…言えないな。

そして、その時は最悪の時に訪れた。
まさに愛を確かめ合っているその時に。

「あー、こんな時でも行くのか。こんな形で終わるのか、って思ったんだけど。」
…だけど?

「あの時、ユキが言っただろ。」
「何を?」
「もうこれ以上甘えられない、って。」

「…そんな事言ってないですよ。」
「言ったよ。」

素っ裸で、拓郎のところに行かないとと泣いてて。
行かせたくはなかったけれど、行かせるしか無いなと気持ち切り替えて。
でも、さすがにこんな時間にひとりで外に出せるメンタルじゃないだろうと判断して、送ると言った。
その返事が、
「もうこれ以上甘えられない。」

「ふふ、あー、甘えてくれてたんだ、と思ったらさ、フッと楽になった。」

「言ってない!」
そんな恥ずかしいこと言ってない!断じて!!

「そう。でもユキにとっては俺といる事はフラれる事だけが目的じゃなかった、でしょう?」
「ち、が、い、ま、す!」

そう、なんでも良いや。野上さんはそう言って笑った。

「お風呂が沸きました。」
浴室から無機質な機械の音声がお風呂が沸いた事を伝えてくる。

「さあ、風呂入っておいでよ。それでとりあえず寝て、起きたらご飯食べて。
大切な事はこんな精神状態で決めちゃダメだ。」
「…野上さんだって。」
きっと野上さんだって寝てないし、寒い明け方にずっと外でわたしを待ってて。
「うん、そうだね。俺もだね。
俺も風呂入って、ちゃんと寝て、起きたらご飯食べるよ。
そうだ、ユキと一緒がいいな。
とりあえず一緒に風呂に入ろうか?」
「入りません!」

えー、残念だなぁ、と笑って野上さんは言うけれど、ちっとも残念そうには見えない。

結論が出ないまま、私は浴室へと追い立てられた。
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