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突然

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その夜、私は春季キャンプ前の野上さんと一戦交えていた。

記事が出てから可能な限り行われる野上さんとの「試合」は長く深くなり始めた。
どこか思い詰めたようにただひたすら私を抱きしめる野上さんに強い違和感があった。
だけど私はそれを見ないフリをしていた。

仰向けに横たわった私の肩をがっしりと掴んで、拡げた私の脚の間に身体を入れ込んだ野上さんの荒々しい呼吸が耳元で轟音となって鳴り響いていた。

その瞬間は突然訪れた。なんの兆候も警告もなかった。

トゥルー

テーブルに放置されていたわたしのスマホが一回だけ鳴動して切れた。

私の身体は恐怖に支配されてしまう。
「やだ!やめて!」
私は野上さんの身体を押し返した。その瞬間野上さんの動きも止まる。

「ユキ?」
唖然とする野上さんから身体を離して、裸のままテーブルのスマホを取り上げた。
誰からか確認する。

拓郎!!

私は慌ててその番号に折り返し通話を掛けた。

トゥルー、ガチャ。
ワンコール、拓郎がスマホを握りしめていた証。

「拓郎!!」
ーゆぅきぃー、ごめん。連絡しちゃった…
「うん、いいよ、わかってる。直ぐ行くね。いまどこ?」
ー鷹野大の救急…
「うん、鷹野大の、うんわかった。タクシーで行くからどのくらいかはわからないけど、必ず行くから。待ってて。」
ーゆぅーきー、ごめん、俺、俺…
「わかってるから、大丈夫だから、すぐに行くから。そこで待ってて。」

拓郎と話しながら脱ぎ散らかした服を集め始める。

「ユキ!どうした、ちょっと待て!」
「行かなきゃ!行かなきゃ!」
涙が溢れ出した。早く行かないと!急いで行かないと!

「どこに行くんだ、こんな時間に、こんな時に。」
「…ごめんなさい。拓郎が、拓郎が呼んでる。行かないと拓郎壊れちゃう。
私のせいで、拓郎が!」

カッっと野上さんの目の色が変わる。
殴られるかもしれない、罵られるかもしれない。
きっとここを出て行ったら全部が終わる。
それでも私は拓郎のところに行かなきゃいけない。

野上さんは私を殴りもしなかったし、罵ったりもしなかった。
ただギュッと私のことを抱きしめた。

「行くなよ。」
その一言が私を過去に引き摺り込んだ。
「…行かないで。」
そう言ってしまったために、たった数時間一緒にいてもらうために…取り戻せない過ちを犯した事を思い出させた。

「いやーー!
お願い、離して!行かなきゃなの!私、行かなきゃならないの!」
「行ったらダメだ!」

自分でも自分が自分じゃなくなっているのはわかるから、きっと野上さんもそうなんだろう。
でも行かなきゃいけない!

「行かなくちゃ!離して!!行かなきゃなの!」
折れたのは野上さんの方だった。
「わかったから、落ち着けよ。ちゃんと送るから。ほら早く着替えて。ひとりでは行かせられない、俺も一緒に行くから。」

意味がわからない。
セックスの最中に他の男に呼び出された彼女を、その男に送り届ける?
日本中の人が知っている、若手の有能な野球選手が!?

「いい!そんなことさせられない!もう甘えられない!私は、これ以上甘えられない!!」
「いいから。わかってるから。大丈夫だから。早く服を着て。俺の車で送る。
言い争いしてる時間が勿体ない、違うか、ユキ?」
「わかってない!野上さんは何もわかってない!」

瞳から涙が溢れる、これで終わる、全部壊れる。
野上さんが私をギュッと抱きしめてくれる。
温かい温もりがじわっと染みそうになる。

「行くんだろう?拓郎くんが待ってる。
着替えて。早く行ってあげないと。そうなんだろう?」

…そうだ。
早く行かないと!拓郎が壊れちゃう前に。

私は野上さんの手を借りて服を着始めた。
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