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双子の街
はしご湯
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ナタリアさんにお願いがあった。
「どうしても気になって確かめておきたい事があるんです。北の浴場に連れて行ってもらえませんか?」
最初に見た湯上がりの人から立ち昇る黒い湯気が忘れられなかった。
ひとつ想像していた事がある、それを確かめたい。
「南ではなくて?」
「ええ、北の、です。」
ただの大きな風呂だ、ナタリアさんはそう言ったけど、それでも連れて行ってくれた。
石畳の舗道にはガス燈の灯りが揺らめいていた。
「綺麗な街並みね。丁寧に街を作ったのがよくわかります。」
「ありがとう、主人も息子も喜びますよ。」
噴水が見えた。
その噴水に手を浸した。うん、そうだ。
「この水、とても「清浄」よ、ハマーン湖の水みたいに。」
「…ハマーン湖の水?」
散々飛び込んだ話をナタリアさんにした。
「諦められなくて一日中水に飛び込んだんだから、確かだと。浴場は同じ水を沸かしていたりはしませんか?」
「えっ?そうですけど…。」
ナタリアさんの話だと同じ水だそうだ。
「温泉欲しさに掘り当てたのですが、湧いたのは水でした。仕方なく沸かして湯にしていると、聞いています。
浴場で使わない分の水を噴水に流しています。」
やっぱりそうだ、湧き出たこの湧き水はおそらく教会の禊の泉と同じ効果を持つ水だ。
「ふふふ、楽しみだわ。大きなお風呂、私、大好きなの。」
脱衣所でナタリアさんの指導で湯着を纏う。白い湯着は前で合わせて紐で結ぶ、丈の短い浴衣のような手術着のようなものだ。
広さはさほどでも無い。一般的な日本の銭湯より広いくらい、だけどこれがいいような気がした。
石を積み上げた壁に上手に隙間を作ってあり、そこにランプが置いてある。揺らめく炎が出す光が、白い湯気と合わさるととても幻想的な雰囲気になる。
「…ステキ!」
人が入ってくる。白い湯気が一瞬で黒や灰色に変わる。
身体を洗い、髪を洗い、そして湯を掛ける。
皆同じだ。
白い湯気が身体に触れると湯気の色が変わる。
しばらくすると温まった身体から、もうもうユラユラとゆらめく陽炎みたいなものが立ち昇る。
「纏わせていたんじゃない、出て行っていたんだ…。」
「何がです?」
「禍よ。やっぱりこの浴場にも禍を洗い流せる効果があるわ。」
「本当に!?」
「ええ、あるわ。」
「…信じられません。」
「そうですか?でもそうなんですよ。」
こればっかりはどうしようもない。だって見えないし、感じられないんだから。
「…じゃあ、北の人が病がちなのはどうして?」
「だってって。信じてないからじゃないの?」
教会には隠し事をしている。
南の温泉には法律を犯して入っている。
この浴場では浄化されないと思っている。
他の理由は考えられないでしょう?
南の人が病にならないのは、堂々と効果がある温泉に入れる、きっとそれだけの違い。
「気持ちの問題が大きい、私はそう思いました。それに後数年の我慢じゃないでしょうか。治癒師が街に産まれるのだから、希望はあるもの。」
お風呂から上がって、ナタリアさんの手を握ってみたけれど、やっぱり禍はなかった。
「南にも行ってみましょ。」
南の温泉にも向かった。近いからとブランさんのお屋敷ではなく、酒場を通り抜けた。
何も言わずに店に入り、そのまままっすぐ歩いて、何も言わずに中庭に出た。
「見て見ないフリをする。あえてこちらから声をかけない。巻き込まれない為に巻き込まない為のマナーみたいなものです。」
ここにも罪悪感の芽がある。
「…無くしましょう。もうこんな事止めないと。」
南の温泉は北の浴場の比でないほど混雑している。相当数の北の人が集まっている気がする。
ナタリアさんも否定しない。
知り合いでもそうでなくても声は掛けない。
みんなわかってる、ここにいてはならない人が紛れ込んでいることに誰も触れないように気を付けている。
「すごーい!トロトロとしたお湯なのね。」
ツルっとしていく肌触りを楽しんで、私ひとりがはしゃいでいる。
南の温泉、浄化の作用にさほどの違いは感じられない。立ち上る陽炎に違いはない。
違うのは、湯の手触りとしっとりとしていく肌触り、だけ。
美肌のお湯だ。
はしゃぐ咲香を咎める人はいない、かといって一緒にはしゃぐ人もいない。
「せっかくの温泉なのに、勿体無いわ。楽しまないと、人生損なのに。」
ナタリアさんにそう言ってみたけれど、ナタリアさんは頑なだった。
「年寄りが温泉ではしゃぐなんて恥ずかしいだけです。」
と苦笑いだった。
本当に勿体ない!!
この街の人が、心から笑ったり楽しんだり出来ないのは、ただただ勿体ない事、なんだと思う。
「どうしても気になって確かめておきたい事があるんです。北の浴場に連れて行ってもらえませんか?」
最初に見た湯上がりの人から立ち昇る黒い湯気が忘れられなかった。
ひとつ想像していた事がある、それを確かめたい。
「南ではなくて?」
「ええ、北の、です。」
ただの大きな風呂だ、ナタリアさんはそう言ったけど、それでも連れて行ってくれた。
石畳の舗道にはガス燈の灯りが揺らめいていた。
「綺麗な街並みね。丁寧に街を作ったのがよくわかります。」
「ありがとう、主人も息子も喜びますよ。」
噴水が見えた。
その噴水に手を浸した。うん、そうだ。
「この水、とても「清浄」よ、ハマーン湖の水みたいに。」
「…ハマーン湖の水?」
散々飛び込んだ話をナタリアさんにした。
「諦められなくて一日中水に飛び込んだんだから、確かだと。浴場は同じ水を沸かしていたりはしませんか?」
「えっ?そうですけど…。」
ナタリアさんの話だと同じ水だそうだ。
「温泉欲しさに掘り当てたのですが、湧いたのは水でした。仕方なく沸かして湯にしていると、聞いています。
浴場で使わない分の水を噴水に流しています。」
やっぱりそうだ、湧き出たこの湧き水はおそらく教会の禊の泉と同じ効果を持つ水だ。
「ふふふ、楽しみだわ。大きなお風呂、私、大好きなの。」
脱衣所でナタリアさんの指導で湯着を纏う。白い湯着は前で合わせて紐で結ぶ、丈の短い浴衣のような手術着のようなものだ。
広さはさほどでも無い。一般的な日本の銭湯より広いくらい、だけどこれがいいような気がした。
石を積み上げた壁に上手に隙間を作ってあり、そこにランプが置いてある。揺らめく炎が出す光が、白い湯気と合わさるととても幻想的な雰囲気になる。
「…ステキ!」
人が入ってくる。白い湯気が一瞬で黒や灰色に変わる。
身体を洗い、髪を洗い、そして湯を掛ける。
皆同じだ。
白い湯気が身体に触れると湯気の色が変わる。
しばらくすると温まった身体から、もうもうユラユラとゆらめく陽炎みたいなものが立ち昇る。
「纏わせていたんじゃない、出て行っていたんだ…。」
「何がです?」
「禍よ。やっぱりこの浴場にも禍を洗い流せる効果があるわ。」
「本当に!?」
「ええ、あるわ。」
「…信じられません。」
「そうですか?でもそうなんですよ。」
こればっかりはどうしようもない。だって見えないし、感じられないんだから。
「…じゃあ、北の人が病がちなのはどうして?」
「だってって。信じてないからじゃないの?」
教会には隠し事をしている。
南の温泉には法律を犯して入っている。
この浴場では浄化されないと思っている。
他の理由は考えられないでしょう?
南の人が病にならないのは、堂々と効果がある温泉に入れる、きっとそれだけの違い。
「気持ちの問題が大きい、私はそう思いました。それに後数年の我慢じゃないでしょうか。治癒師が街に産まれるのだから、希望はあるもの。」
お風呂から上がって、ナタリアさんの手を握ってみたけれど、やっぱり禍はなかった。
「南にも行ってみましょ。」
南の温泉にも向かった。近いからとブランさんのお屋敷ではなく、酒場を通り抜けた。
何も言わずに店に入り、そのまままっすぐ歩いて、何も言わずに中庭に出た。
「見て見ないフリをする。あえてこちらから声をかけない。巻き込まれない為に巻き込まない為のマナーみたいなものです。」
ここにも罪悪感の芽がある。
「…無くしましょう。もうこんな事止めないと。」
南の温泉は北の浴場の比でないほど混雑している。相当数の北の人が集まっている気がする。
ナタリアさんも否定しない。
知り合いでもそうでなくても声は掛けない。
みんなわかってる、ここにいてはならない人が紛れ込んでいることに誰も触れないように気を付けている。
「すごーい!トロトロとしたお湯なのね。」
ツルっとしていく肌触りを楽しんで、私ひとりがはしゃいでいる。
南の温泉、浄化の作用にさほどの違いは感じられない。立ち上る陽炎に違いはない。
違うのは、湯の手触りとしっとりとしていく肌触り、だけ。
美肌のお湯だ。
はしゃぐ咲香を咎める人はいない、かといって一緒にはしゃぐ人もいない。
「せっかくの温泉なのに、勿体無いわ。楽しまないと、人生損なのに。」
ナタリアさんにそう言ってみたけれど、ナタリアさんは頑なだった。
「年寄りが温泉ではしゃぐなんて恥ずかしいだけです。」
と苦笑いだった。
本当に勿体ない!!
この街の人が、心から笑ったり楽しんだり出来ないのは、ただただ勿体ない事、なんだと思う。
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