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happy birthday
お父さん
しおりを挟むお父さんに挨拶しようと歩き出したのは、ただの勢いで。
ゆっくりとお父さんに向かって歩いて行く。
バクバクと心臓が煩い。
勢いで来ちゃったけど、人と話してるしなぁ、邪魔しちゃ悪いかな。
…後回しにしたい気持ちがムクムクと湧いてきて、それに蓋をして溢れ出さないようにしたい俺もいて…。
…どうしよう。
チラリとお父さんがこっちを見た。
スッと視線を逸らされる。
そして話していた人に何かを告げて、歩き出した。
…なんか、負けたくない。どうすれば勝ちで、どうすれば負けるのかわかんねーけど。
このままは負ける…気がするから。
ええい!もう引き返せる訳ないじゃん!
追いかけよう!
お父さんはそのまま店の出入り口に向かってしまう。
通路を抜けて、そのまま外への扉に手を掛けたお父さんの背中に向かって声をかけた。
「あ、あの…おとうさん。」
ピタッとお父さんは立ちどまる。
「和津と言います。あのーそのー、俺、翠さんと…」
そこでお父さんはクルリとこちらを向いてくれた。
良かった、今度は無視されなかった。
「君はいつから俺の子供になった?」
と真顔で聞いてくる。
うわ、これ、「君にお父さんとよばれる覚えはない!」っとかって怒ってるパターンだ。
あるの?本当にこんな事言う人いるの?
「すみません、じゃ、翠さんのおとうさん。
翠さんとお付き合いさせて貰っています、和津と言います。」
遮れるのが嫌で慌ててここまで言って、後が続かないことに気付いてしまった。
…許してもらえますか?
は違う…。
…だってもう付き合ってるし、ダメと言われても困るし…。
「…よろしく…お願いします…。」
辛うじて言葉に出来たのはこれだけだった。
「よろしく?その意味わかってて言ってる?」
「…はい。多分。」
「多分?」
「あっ、いえ。わかります。よろしくお願いします。」
そこで翠のお父さんはにやりと笑った。
「言ったね。忘れないでよ。なかったことにはしないよ。」
…何を?
「よろしく頼むよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げた。
「大切な娘なんだよ。」
「…はい、わかります。だけど…」
「だけど?」
「俺にとっても、大切な人…なので。」
翠のお父さんはその時一瞬目を見開いて、笑った…ように見えた。
動いたのは目とちょっと綻んだ唇だけ、だけど。
「ましろ」
「ましろ?」
「俺の名前、真白。ついでに妻は朱里、だから…。」
「だから翠、なんですね。」
お兄さんは藍、色シバリだ。
「そう、お父さんはダメ。ましろと呼べ。」
「ましろさん。」
ふぅー、と溜め息をつきたいのをなんとか堪えた。
許された…のだと思ったら、身体から力が抜けていきそうだ。
「翠が君をどう思ってるかはわかっている。ただ翠は俺には何も言わない。
ずるいよな、凪砂は知ってるのに。翠はなんでもナギサには話すのに。」
…嫉妬?この人妹さんに嫉妬してるんだ。
「あれはたまたまです。翠の後輩指導に無理矢理くっついてきただけで。」
「…そうか。」
「はい。」
しばらくの沈黙。
それを破ったのは真白さん。
「まだ高校生だ、高校生らしい付き合いで、翠を頼む。」
「はい!もちろんです。よろしくお願いします!」
「…お願いされたくは…ない。
ないけれど…。」
ないけれど?
「携帯の…連絡先を教えておけ。」
はっ?
「翠は…ときどきわからなくなる。春頃、そう体育祭の前、翠はとっても元気がなくて。」
ああ、体育祭。あの頃翠はプレッシャーを感じていて…。
「またあんな事になったとき…君に話を聞きたい、と思う…かもしれない。」
はははっ、ただの心配症のお父さんだ。
「もちろんです。」
ポケットからスマホを出して…。
「何!これ何!?」
あっ、待ち受け。
嶋田さんが撮ってくれた、翠と俺のツーショット。
あれから何度か待ち受けを変えて、今は浴衣のツーショット。
「知り合いのカメラマンさんが撮ってくれたヤツで…。」
まさか、まさかとは思うけど…。
「要ります?」
と聞いてみた。
「くれ!」
即答だった。
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